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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
21/122

ヴィント・ウルケの闘争の記録

ヴィント・ウルケは直情的な男である。

彼自身も、それを悪癖であることは自認していた。

幾度となく治そうとしたのも確かだ。

だが、ここに主君の仇が居る。直接手を下した者と、その指示を出した者が居る。

そう思った瞬間、ヴィントの頭は沸騰していた。



「雑兵どもは退けぇぇぇ!」


愛馬テンペストを駆るヴィントの槍捌きは、少なくとも王国内では屈指である。

薙ぎ払い、突き通し、文字通り敵兵を蹴散らしながら、瞬く間に敵陣を引き裂いていく。

テンペストはヴィントの意のままに駆け抜ける。魔術や弓矢はその後ろを虚しく飛んで行くだけで、決して当たらない。

ヴィントはその速さに慣れているし、理解している。

最高速に乗った彼らを止められる者は居ない筈だった。


「行くぞテンペスト!このままフォンクォードを討つ!」


ひたすら真っ直ぐに。あの自尊心ばかりが肥大した王兄は、自らの小心を『全軍を睥睨出来る』という建前で塗り固めている。

間違いなく本陣のど真ん中に居る。

そう確信を持って突貫出来る程度には、ヴィントはフォンクォードという人物を知っていた。

見知った将を突き抜いて更に駆ける。これで知った顔は三人目だ。

後方からは迫って来る味方の気配。自分を包囲しようとする軍の動きよりも速く、こちらに合流するだろう。

見えた。

王家の威厳など微塵もない、しかしどことなく他の王族と共通するものを感じさせる、その顔立ち。


「見つけたぞ逆賊ぅぅぅっ!」


吼えた。



ヴィント・ウルケとテンペストという渾身の槍は、確かにフォンクォードの喉笛に槍を突き立てる寸前まで到達した。

それでもその場でそれ以上の突撃を懸けられなかったのは。

吼えた事でわずかに冷静さを取り戻した頭が、耳が。

背後からの悲鳴を聞き取った為である。

憤怒に全てを振り切ってしまった事を理解し。

後悔を覚えつつも、冷静さを取り戻し。

テンペストを反転させようと槍を振り回して周囲の敵兵を薙ぎ払い。

やっと後ろを向いたところで。

後続の味方が全員、その愛馬ごと上下左右のいずれかに斬り分けられたのが目に入った。


「な…」


そこに立つ、一人の男。

両手に一振りずつの刀を携えた、東国人。

門を出る前に数えた騎馬は、確かに百騎はいた筈だ。

突撃を敢行してから殆ど時間は経っていない筈だ。

だが、男の後ろ、生きて立っている騎馬は一騎とて居なかった。


「見事な手腕だ、将軍。己が戻って来なくてはならない程の苛烈な突撃、賞賛に値する」

「…貴様の姿には、見覚えがある」


顔つきではなく、気配と、その両手の刀。


「陛下を襲った刺客は、貴様だな」

「応、その場に居たか。全員斬り捨てたと思っていたが」

「…王子殿下を逃す為、私は貴様に背を向けたからな」

「成程、将軍が居なければこれ程大層な事態にはなっていなかったという事か。素晴らしい忠義と働きだな」

「東国では貴様のような者を業剣士というらしいな。私では貴様を斬る事は出来るまい。だが…」


最も重大な責務を果たせず、それでも次善の役目に殉じた近衛の仲間達。

その忠義と、命を懸けた働きこそが賞賛されるべきものだ。

そして。


「仲間達の忠義と無念に賭けて、せめて貴様に一槍くれてやらねばならん!」


前にはハンジ、後ろには敵軍。

ここは即ち、死地である。

覚悟を決める。

突出したのは自分の不明。あたら有能な味方を喪ったのも己の激情が引き起こした。

一命を賭さねば、この失点は取り返せないだろう。

するべき事は分かっていた。

ショウの来るまで、ここに彼を縫い留めておく事。

激怒の感情はそのままに、ヴィントは冷静に自分の役目を知覚していた。

このような事は、初めてだった。




と、ハンジは発言を聞きとがめたらしく、声をかけてきた。


「己を業剣士と知るという事は、時雨殿の関係者か」

「おう、三番弟子だ!」


闘志を乗せて答える。


「弟子?」

「おう、その腕前に感銘を受けてな、弟子にしていただいた!」

「そうか、弟子か…」


と、ハンジの気配の質が変わった。


「貴公、業剣は?」

「まだ使えん!弟子にしていただいてまだ日も経っておらんからな!」

「…それもそうか」


自然体だった刀を構え、こちらに右手の刀の切っ先を向けてくる。


「ならば、業剣の何たるかを知る事もなく死ね」

「死なぬ!」


その言に応えるかのように、テンペストが駆け出した。


「ぬうぉぉぉおっ!」


穂先を地面すれすれまで振り下ろしてから振り上げる。

ヴィント渾身の一撃を、ハンジは避けなかった。


「腕力だけはそれなりにあるか」


右手の刀で受ける。ぎしりと、テンペストの突進ごと止まった。


「まだまだぁっ!」


ヴィントはそのまま、ぐっと穂先に力を込めた。


「ずぇぇい!」


地面に縫い込むように、足を狙っての一撃。

しかしそれも半身になる事で避けられる。


「では今度はこちらから行くぞ」

「ぐぅっ!?テンペストッ」


軽く薙ぎ払われた右の一撃を、辛うじて戻した槍で防ぐ、が。重すぎて止まる気がしない。

声に応じてテンペストが大きく横へ跳ねてくれたので事なきを得たが、振り抜かれれば終わっていた。


「良い馬だ。…主の意向に全力で応えようとしているな。だが、主がそれに追いついていない」

「何をっ」

「感情を発露し過ぎる。それでは雑兵は斬れても達者は斬れぬ」

「貴様に当てる事さえ出来ないようではな」


少なくとも一当てしただけで、相手と自分との力量差は理解できた。


「その通りだ。将来性に期待してこの場は見逃してやっても良いが…」


と、怖気の走る気配を発し始めるハンジ。

これが鬼気か。


「時雨殿の弟子と名乗ったな。貴公が如き未熟者が名乗って良い程、それは軽い肩書ではない」


取った構えは先程と同じ。

しかし、全身を覆う緊張感は比ではなかった。


「その無礼は己が墓まで持って逝ってやろう。二度とそのような言葉を吐かなくて済む様、痛みの無いよう両断してくれる」


ともすれば叫び出してしまいそうな、何もかもふり捨てて逃げ出してしまいたくなるような恐怖。


「では参る」


とん、とひどく軽い音を立ててハンジが地を蹴った。

一瞬で視界から掻き消える。

慌てて周囲を見回すが、居ない。

ヴィントは直感の働くままに、槍を頭上に掲げてみせた。

刹那。

何かが槍に激突する音を聞いたような気がした。

が、音が聞こえたと頭が理解するより早く。

押し潰されるような重圧がヴィントを襲った。


「ぐ、あ、あああっ…」

「受け止めるか、良い槍だ」


みしみしと音を立てて、槍がひしゃげる。

見上げると、二刀を平行に槍に叩きつけているヴィントの姿。


「槍も良い、馬も良い。それを使う貴公だけが然程良くはない、か」


勢いの強さとは裏腹に、ハンジの語り口には力が籠っていない。

まだまだ本気には程遠いらしい。

こちらと言えば、槍は完全にひしゃげてしまい、槍としての体を為していない。

だが、これは先王陛下から賜った名槍だ。これでなくば、今頃ヴィントの命は槍と共にまさしく両断されていたことだろう。

さて。暫く拮抗していたヴィントだが、ハンジの一撃は受けているだけで体力を一気に消耗する。

そう思っていると、ふいに圧力が消えた。


「次は防げないだろう。さらばだ」


ハンジはヴィントの槍―お世辞にももう槍とは言えそうにないが―を蹴ると、空中で一回転してみせた。

来る、と思った。

次の一撃は槍では防げないだろう。テンペストが上手く衝撃を逃がしてくれるか、あるいは受け止められずに命を刈り取られるか。

次は薙いでくるようだ。

槍ごと首を刈られるか、そのまま首を飛ばされるか。

全身は既にガタガタだ。

もう、手はないか。

諦めが脳裏を僅かによぎった時。


「よく防ぎ切った、ヴィント」


ヴィントは、考えるまでもなく自分の仕事が果たされた事を理解した。


「遅くなって済まない。あとは任せるといい」


この言葉を聞いた直後、ヴィントの意識は闇に消えた。


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