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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
19/122

ランド・ウルケ大いに怒る

ウルケ城は、イセリウス王国では唯一の城郭じょうかく都市である。

北方大陸から時折飛来する魔獣を討伐する事を目的に建造された為、堅固な城壁と多数の兵器をようし、豊富な鋼材を最大限活用した甲冑に身を包んだ領軍は歴戦の強者揃い。

王国の鎧を大河の長砦とするならば、王国の楯こそはウルケ城と断じて良いだろう。

事実、王城イセリウス陥落の際は、落ち延びた王族はウルケへと集結し再起すべし、との指針があるのだと言う。

ザフィオ・ウルケを初代とするウルケ家は王国では新参の貴族だが、王家への忠誠は『一切の利を求めず』『その理非りひを問わず』『ただ信義のみを以て為す』最上のものと称された。

クネン山地ウルケ領は、ウルケ家の統治以前にはどの貴族もが管理しきれず、王家直轄とされていた土地である。

ウルケ城はザフィオが城主であった時分にその基盤が完成し、現在のランドの下で現在の形になった、今もって成長中の都市なのである。




「大きな城壁だな」


まず最初に、見えてきた城門が近づくにつれて、その高さに。

そして門に『入った』時にその奥行きが非常に長い事に気づく。


「城壁は三つあるのだと聞いております」

「それぞれに建造目的が違う事で有名なんですよ!」


セシルとテラン、とラネルに対して名乗った二人は、『ヴィントの弟弟子』振りをしっかりと演じ切っていた。


「第一城壁は魔獣の体当たりを受けても壊れない事を目的にした防衛城壁です。魔術障壁も大陸屈指のものを用意していると自負しております」


魔獣からの防衛の要であるという。

第一城壁を抜けると、少しだけ日の光が差した。そして見上げると更に大きな城壁が。

これが第二城壁か。


「第二城壁は魔獣を討つ為の兵器が多数搭載されています。元々はこれが第一層の城壁だったのですよ」


修繕と兵装の追加を繰り返して、北向きの城壁は凄まじい様相を呈しているのだとか。

魔獣の襲来が不定期である事、それ程立て続けに来ない事、襲来する群れの規模が大きくない事などが維持出来た理由のようだ。


「防衛の城壁を攻撃の城壁と分ける事を目的として、最外周に第一城壁が作られたのですよ」

「これだけ大きいと、どうやって、と聞きたくなってしまうなあ」

「大河の長砦と同じですよ。大量のクネン鋼を運び込んで、ドルイド、エルフの皆様にお力を借りて魔術で積み上げたと聞いています」


第二・第三城壁はザフィオの代で、第一城壁はランドの代で。

多くの犠牲を出しながらも、ウルケ将軍は代を重ねて難攻不落の城郭を作り上げたのだ。


「第三城壁は、離れているのか?」

「ええ。都市の中心部である居住区と農村部を覆っています。その為第一・第二城壁と比べると小さいですね」

「都市の方を覆っているのか。御老らしい」

「国は民の力がなければ栄える事も存在する事も出来ないと常々申しておりますから。ウルケの兵士は皆その言葉を心で理解していると存じます」

「勿論ですとも!」


ヴィントの言葉にラネルも胸を張る。


「そういう人物を重用しているのだから、きっと王族の方々もそういう意志を強く持っておられるのだろうな。国の未来は明るい」

「そうでもないんですよ、王師殿」

「ふむ?」

「ここから南のフォンクォードって伯爵、国王陛下の兄様なんですがね、これがまたひどい!」


話をするだけでも嫌だと言わんばかりの様子。

だがあれが悪い、これが悪いと言い始めた辺り、聞いて欲しかったのだろう。

それにしても、と思う。

こちらにはまだ国王の暗殺が実行された事実が伝わっていないようだ。

伝わっていれば既に兵を挙げている筈だから、余程北に伝令が飛ばないように気をつけているのだろうが。

王城はどうなっているのか。王子が逃亡中である限り、フォンクォードも不用意に入城が出来ないのは間違いないだろう。

ハンジが城内の兵士や重臣を皆殺しにする事もなかった筈だ。そうでなくば、その後の政務に差し障る。

ジェックの事だからセシウスの生存も含めて内々に王城には発信しているだろうから、ウルケにも出兵の打診が何度となく出ているだろう。

平原を行く伝令を全て取り締まるなど、どれだけの数を当てれば可能だと言うのか。

山沿いを進むようにしたジェックやヴィントの見通しは確かだったという事だ。



第三城壁のすぐ脇に、ウルケ城はあった。

城主の間に居たのは、白髪をオールバックにし、鎧を纏った厳しい顔つきの男性。

どことなくザフィオにも、ヴィントにも似ている。彼がランドだろう。

ヴィントよりは小さいだろうか、だが引き締まった表情と、常時身に着けているのだろう鎧の所作とがジェックとは異なる威厳を感じさせた。


「ヴィント!どうした。帰省の連絡は来ていないぞ」


ショウ達の顔ぶれを見て、まず目についたのは当然ヴィントだったのだろう。驚いたような声を上げる。

そしてラネルに続き、東国人であるショウを見て次に…と動いた所で目が今度こそ驚愕に見開かれた。


「で、殿下!?それにテリウス様も!」

「…へ?」


唖然としたのはラネルである。ランドの顔とこちらとを見比べて、何が起きたか分かっていないようだ。


「…済まん、ラネル」


ヴィントの呟くような言葉は、結局彼の耳にも入る事はなかった。

ランドが転げるようにして、こちらに駆けてきたからである。

そして慌てきった彼は、まるで五体投地でもするかのように、セシウスの前に跪いた。


「ま、誠に申し訳ありませぬ殿下!お迎えに上がらねばならぬところを、このように…」

「良い、ランド。状況が状況だけに、隠密裏にここに来た。許せ」

「いえ、そのような事…状況?」


顔を上げよと言われて彼を見上げる形となったランドだったが、


「そうだ。ランド、私がここに来なければならない事態が出来したのだ」

「そ、それはまさか」

「うむ。父上は暗殺された。首謀者は伯父上だ」




数分後。

状況をそれぞれに説明されると、ランドの表情にはみるみる内に憤怒の色が差した。

がば、と立ち上がると、


「ギアドート!」

「は、はいっ!?」

「部隊長を全員集めよ!これは上意である!」

「了解しました!」


一瞬でラネルも表情を締めると駆け出して行った。

僅かに気を落ち着けるかのように息を吐くと、ランドは。


「セシウス陛下、ご無事で何よりでございました」

「うむ。ここまで生きてたどり着けたのは、ザフィオとヴィントのお蔭だ。ウルケ家の変わらぬ忠義に心より感謝する」

「勿体ないお言葉です」


恭しく頭を下げると、今度はショウの方に向き直った。


「王師殿。貴公の御助力がなくばと思うと、魂も凍える思いだ。本当に有難う」

「良いさ。行きがかり上の事だ。縁というものだろう」

「殿下は流石、良い縁を結べたのだと思う。だが伺った内容が確かとするなら、その剣術は決着がつくまではご教授なさらないでいただきたいところだが…」

「無論だ。初心者に戦場で使わせる程俺もモノ知らずな心算はない」


それに、そもそもセシウスやテリウスが戦場に出るような事態になるようでは話にならない。


「一つ聞いておきたい。内通者はいないのか?そちらの忠誠に疑う余地はなさそうだが、今の時点で伝わっていないとなると、途中で止められたと考えるよりは…」

「…だろうな。事がここに至ってまだ挙兵していなければ、そう思われるのも無理はない」


伝令を握りつぶすのは、目的地直前でしてしまえば良いのだから。


「内通者の有無は徹底的に洗う。だが急がねばならないか…」

「兵力を集めるまでにはどれ程の日数が必要だ?」

「余剰戦力はあるが、部隊長級の人数が少し足りない。魔獣討伐と魔獣の繁殖・潜伏調査に出している者たちの帰還を待たなくてはならん」


内通者が少なくない人数居るのであれば、既にフォンクォードの下にセシウスがウルケに到着した事は伝わってしまっていると見て良い。そうなれば暗殺は難しいと見るだろう。

こちらの挙兵を待たずに王城へ向かってしまう危険性もある。


「それにしても、ノスレモスに詰めている連中は何をしているのだ。そのような事があれば、こちらに連絡を入れてくるのが役目だろうに」

「何かあったと見るべきだろう。既に命はないかもしれないな…」


寂しげなセシウスだ。裏切ったとも、殺されたとも思いたくはないだろう。


義親父おやじ殿。挙兵を急がないと、ノスレモスだけではなくセンタモレスも王城も人質にされるぞ」

「分かっている!分かっているが、このまま挙兵するだけでは勝てるまい」


何しろ向こうには、王を白昼堂々暗殺した凄腕の剣士がいるのだ。戦っている最中にセシウスを狙われてしまえば。

ジェックがテリウスを同行させたのも、その辺りを見越した為だろうと思われた。


「必ず兵は挙げます。殿下のご心痛を即時に解消出来ぬ我が身の未熟を、心よりお詫び申し上げます」


口惜しさと不甲斐なさ、そして怒りに握りしめた拳から血を滴らせながら。

ランド・ウルケは頭を下げたのである。

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