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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
18/122

ウルケ領軍来る

翌朝。


「これがキマイラか…鵺に似ているな」


村の外で真っ二つになっているキマイラを見上げて、ショウは何だか大きいものを斬ったのだなあと昨夜の一撃を思い返していた。

酒が入っていてぼんやりしていたのもあるが、楽しい宴が中断してしまった落胆もあった。いや、良いところを邪魔した魔獣への怒りもあったような気がするし…。

普段のショウでは自分の業剣より巨大な胴回りの獣を、流石に一太刀とはいかない。

だが出来たのだから、何か強い感情が発露していたのだと思うのだが。

見上げて軽く唸っているショウに、隣で同じく見上げていたテリウスが疑問を浮かべた。


「ぬえ?」

「ああ。俺の故郷に伝わる妖怪だ。もしかしたら北方大陸からうちの島の方へも飛んできたのが居たのかもしれない」

「ほぉ…」

「実物を見たのは初めてだから、違うのかもしれないが。それにしても、でかいなあ」


何しろ倒れ伏している体の大きさだけでヴィントの倍はある。生きて立っていた時は更に大きいだろう。

夜の暗さやら高地から降りてきたことやらであまり大きさを意識していなかったが、流石に迂闊だったか。

例え泥酔していても負けるとは思っていなかったが、こればかりは判断力が落ちていたとしか思えない。


「弟子を護るって約束もあるのに、酒に酔ってちゃダメだな。猛省するわ」

「…いや、酔っててこんな事が出来るなら、誰も文句は言わないと思いますよ」


セシウスも流石に呆れ気味である。言えない、と言わなかったのは師への遠慮だろう、恐らく。



さて、昨日のミノスの村の面々であるが、流石に再度の宴とはならずにそのまま解散となった。

ショウも用意された宿に入るとそのまま寝入ってしまったのだが、日が昇った後に実物を近くで見たミノス達は、改めて領内の自衛軍であるウルケ城に狼煙のろしを上げて連絡を取ったという。

『魔獣確認。至急軍を派遣されたし』

現在はウルケ領の騎馬隊が現れるのを待っている状態だ。


「ところで、これって食用になるのかね」

「肉食の魔獣は通常食糧には適さねぇ。…というかこいつら、クネン鋼の剣でも弾く肉の硬さなんだが…」


ホタンの呆れたような呟きが答えだった。たとえ切り分けられても噛めないのでは。

実際、このキマイラは通常この辺りに現れる個体より三割増しで大きいようだ。

ちなみにクネン鋼とは、クネン山脈の鉱山で採れる良質の鉄鉱をミノスが鍛えた鋼である。

ミノスが鍛えた鋼をドワーフに譲り、ドワーフからは希少な宝石類を譲り受ける。

通常はこういう交換はせず、ミノスもドワーフも独立して鋼くらいは造るのだが、このウルケ領では獣の王の斡旋により、こういう形で兵士の装備を大量生産したという経緯がある。


「通常はどうやって討伐するんだい?」


興味があったのか、テリウスがヴィントに質問する。


「普通はこう、体くらいの大楯と大鎧で体を重くして吹き飛ばされないようにした前衛が何とか防いでいる間に、魔術で何とかしたり投石機とかの兵器で押し潰したり…」

「兵器か。そういえばウルケ城の兵器は有名だね」


大河の長砦にも不定期に送られてくるので、その評判は高い。


「…いや、この大きさだとその戦術でも二桁くらいの死者は覚悟しないと駄目だろ」


多分この爪や牙が相手ではどれほど分厚くても貫通されてしまうだろうというのが、ホタンの見立てだった。


「こりゃあ、殿下の剣の師匠になる訳だよなぁ」




事情を上手く説明出来る自信がないから、ウルケの兵が来るまでは出発しないで欲しいと請われた為。

ショウ達は村の広場に戻ってきていた。

鍛冶屋の面々は長老の指示で切り分けたキマイラの牙やら爪やらを村に持ち帰ると、自分達の取り分を取るやすぐに自らの工房に戻っていった。

その際、広場に居たショウに全員が頭を下げて行ったのが印象的ではあった。


「それにしても、上手く説明出来ないってどういう事なんでしょうね」


セシウスが首を傾げる。それに答えたのはヴィントだった。


「それは考えるまでもありません。王師殿が一撃で斃してしまったなんて言っても信じてもらえないという事でしょう!」


新型の兵器でも開発したのだろうと疑われてしまう危険性すらある。むしろ、その公算が高い。


「…あぁ」


新型の兵器を開発して、また隠していると思われれば、村全体が取り潰しに遭う危険すらあるのだ。

まあ、鍛冶に魅入られたミノス達には、そんな事よりもキマイラの爪や牙をどう加工するかの方にしか意識が向かってないようだが。


「苦労するな、長老」

「いえいえ、私も昔は鍛冶にとり憑かれておりましたからな。苦労だとは思いませんよ」


老人ではあるが、長老はヴィントよりも大柄である。これでも縮んだのだと言うから、若い時分はどれ程大きかったのやら。

と。

村の表がざわざわと騒がしくなった。


「お見えのようですな」


では参りましょう、と長老に促され、四人は村の門へと向かったのである。




「兄い!」

「久しぶりだな、ラネル。兄いはそろそろ止せ」


やはりウルケ領はヴィントの地元なだけあり、会う人は皆彼をよく知っている。

騎馬隊の隊長はセシウスやテリウスと同世代くらいの若い男だった。しっかりと鍛えられた体つきだが、少々軽そうな印象を受ける。


「こちらは、兄いの配下の方ですかい?」

「いや、ちょっと待―」


ヴィントの答えを聞く間もなく、ラネルと呼ばれた青年は馬を下りて三人に軽く頭を下げた。


「俺は兄いの第一の子分、ラネル・ギアドートだ。お前らも若の配下かもしれないが、先任なのは俺だからな。王都出身だからって偉そうにしたら承知しねえぞ!」

「な、おま―むぐっ」


激しそうになったヴィントの口をふさいだのは、誰あろうショウである。

視線だけでセシウス、テリウスと考えを合わせ、にやりと口許を歪める。


「はい。ヴィント団長代理には色々と教えていただいています。よろしくお願いしますね、ギアドートさん」

「お、なかなか礼儀正しいな。流石兄い、配下の教育が行き届いておられる!」

「ギアドート先輩。団長代理の昔のお話とか、聞かせてもらえますか」

「先輩…いい響きだな。よし、聞かせてやる…あ、お前何してるんだ!」


ふとこちらを見たラネルが、ヴィントの口をふさぐショウにまなじりを吊り上げた。


「おっと」

「プは!…師匠、何をなさるんですか!」


手を離したショウに、ラネルが怒鳴る前に。ヴィントが振り返って苛立った声を上げた。


「…お前な。こんな所で大声で二人の出自とかを叫んでどうする」


ラネルはともかく、兵士の中にフォンクォードの間者が潜んでいたらどうするつもりかと。

王子の顔まで全員が知悉ちしつしている訳でもないだろうが、言ってしまえばそれまでだ。

小声でそこまで説明されて、ヴィントも理解したらしい。


「も、申し訳ありません師匠。考えなしでした」

「よし、城に着くまではこのままで通せよ」

「了解です。…ラネル、状況を説明する。あっちへ」


一つ頷いて、ヴィントはラネルを連れてキマイラの方に向かっていった。

口止めしたのは二人の事だけだったので、恐らく道すがらショウの事は説明するだろう。どちらにしろ当事者なのだから、説明しない訳にはいくまいが。




もう話し声が互いに聞こえないだろう距離になった辺りで、ショウは小さく吹き出した。セシウスらも同様である。


「…実際は、この方が面白そうだと思ったってだけなんだけどな」

「師匠もお人が悪い」

「お前らも十分悪戯好きだよ」

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