魔獣襲来 ただしそこにはショウ=シグレがいた
ミノスの村に四人が泊まる事になった、その晩。
セシウスを歓待する宴で、ショウは一人の大柄なミノスと酒を酌み交わしていた。
「そうかぁ、王師殿は東国の出なのか!」
「ああ。知っているのか?ホタン殿」
「知ってるぜ。伝承程度だがな」
「ほほう」
目を輝かせて、実は直接話を聞いてみたかったのだなどと言う。
「あれだろう、人の魂を材料にした魔剣を鍛えるって方法を編み出しているらしいじゃねえか」
何だろう、ニュアンスは間違っていないのだが。
「おうおう、俺も聞いたぞ、そいつぁ!」
「やっぱり罪人とかの魂を使うのか?」
「そもそもどうやって魂を取り出すんだ?」
「まさか生きたまま焼いたりするのか!?」
周囲のミノスも興味があったのか、話に割り込んで来る。
とはいえ、どうも技術に対しての忌避感はないようだ。間違っているとはいえ、魂を取り出したりする話を気軽にする辺り、彼らはもう種族として鍛冶に魅入られているだろう。
「自分の魂を剣にする技術はあるぞ」
「自分の!?自分を叩いたり焼いたりするのか!?」
「ああ、その辺りの誤解を解かないと話が進まないか」
と、少し離れているように告げて、ショウはするりと業剣を抜いてみせた。
「これが魂を剣の形にしたものでな。業剣という」
何となく、何度目だろうかなどと思い返しつつ、業剣を床にそっと置く。
一気に場が静まり返った。
盛り下がってしまったか、拙いことをしたかな、と思っていると、ホタンが目を輝かせて呟いた。
「…凄ぇ」
「ん?」
「こいつぁ凄ぇ。ドワーフ共の作った武器でもこんな寒気は感じないぞ」
「ああ、戦乙女に献上された槍が似たような感じだった」
「馬鹿言え、あれより巨人の杖だろう」
口々に品評が始まる。褒められると悪い気はしないが、さて。
「それでだ、王師殿よう。これはどうやって鍛えたんだ!?」
「叩いて鍛えた訳じゃないな。俺の成長に合わせて徐々に切れ味鋭く丈夫になっていくものだから」
ショウの言葉に、ミノス達は顔を見合わせて溜息をついた。
「俺たちもまだまだだな。鍛冶師じゃない奴が鍛えた得物に勝てる気がしねえ」
「複雑だよなぁ、体を鍛えたら格の上がる剣。鍛冶屋要らずだ」
「だが凄ぇもんを見た。今日はいい日だ!」
「なあ王師殿、モノは相談なんだが、俺たちにも業剣の技術とやらを教えてくれんかね」
「何故だね?」
「俺たちの業剣を大槌にすればとてつもない逸品が鍛え上げられるんじゃねえかと思ってな」
「構わんが、業剣の形は人それぞれだからな。大槌の形で作られるとは限らんぞ。一度出来てしまえば形も変わらんし」
それに、出来ても体と魂を鍛えないと劣化するぞと脅かされると、ミノス達は一様に落胆したようだった。
「そうかぁ。上手くいかねぇもんだなぁ」
「地道にやるんだな。どんな道だって近道はないもんさ」
「そだな。ま、無理な事を言っても仕方ねえな。今日は宴なんだ、呑むべぇ!」
「おうさぁ!」
宴は続く。楽しげに。
夜間の騒音が、その獣の興味を引いてしまったのは、そこに住む者にとっては残念ながら不運と言うほかなかった。
何しろ海を越えてきたのが今日のことである。
山に住む獣程度では、流石に飢えが治まらなかった。猛烈に腹が減っていたのである。
騒ぐ声に呼応するかのように、吼えた。
あれは、自分の獲物だと誇示するかのように。
「キャアアアァァァァッ!」
ぴたりと。今度こそ誰もが騒ぐのを止めた。
「…聞こえたか?」
頷くミノス達。その表情は一転して、非常に硬く危機感を伴っていた。
「こいつはひどい声だな」
「ヴィント様、今日はここに泊まって良かったな。野宿であれに襲われては助からん」
「…魔獣か?」
「おう、奴の狙いはどこだ?」
「静かにしてろ、灯を消せ。他の家はもう消したな」
ひどく警戒が強い様子だ。窓から外を見て、月明かりの向こうに何かが居るのを確認する。
「あれは?」
「キマイラと呼ばれる魔獣の一種の鳴き声だ。あの声の大きさからすると、ちょっと普通のでかさじゃねえ」
月明かり程度の光しかないので相手の大きさはよく分からないが、どうにも視線のようなものをあちらから感じる。
「なあ、長老。…この付近に似たような集落があるかは知らんが、あいつ、こっちを見てるぞ」
「分かるのか、王師殿!?」
「視線を感じる。最初からこちらに注目してたんじゃないか」
こちらの落ち着きはともかく、嘘を言っていない事に気づいたミノス達の反応は劇的だった。
「まずい、火を焚け!ウルケ城に連絡を取るんだ!」
「男どもは武器を取れ!女は子供を連れて地下蔵だ!急げ!」
指示が出るや否や、屋敷から飛び出して行く。
地下蔵に急げと叫ぶ声、坑道の仲間の安否を気遣う女、いいから早くと怒鳴る男。
どうやら魔獣の襲来は彼らにとって由々しき事態らしい。
声だけを聴いたら、確かに大きそうではあったのだが。
ミノスの動きが少しばかり落ち着いた辺りで表に出ると、ミノス達は武器を手に手にキマイラの襲来に備えていた。
山の中腹辺りで強い気配が周囲を威圧している。同時に、視線が強くなっているのを感じた。
「気が立ってるな。…腹でも減っているのかね、あれは」
ここに魔獣の好む食べ物でもあるのか、と問うと、
「あれは肉食だ。一人や二人餌にくれてやるわけにもいかん」
「そりゃあそうだ」
悲壮感すらあるミノスに比べて、ショウも仲間たちも平静そのものだ。
「さて、師匠。どうします?」
「どうもこうも。宿と飯と宴の恩があるからな、さくっと終わらせようじゃあないか」
丁度抜いたままの業剣を肩に担ぐようにしながら、長老に声をかける。
「狙われているようなら、さっさと討伐しておくべきだろう。何なら俺が行くが」
「な、何を言うのだ王師殿!?」
何をと言われても。
このままあんな飢えた巨獣を放置していては安心して眠ってもいられないだろう。
さっさと狩るしかないかな、と思っていたショウである。
腹を空かせたキマイラが、空腹に耐えきれずにこちらに向かって下りてくるのは、ショウが村の門を出て暫くしてからだった。
集落から離れたショウを手頃な餌と見たようで、案の定ショウの眼前に駆け下りてきた訳だが。
ショウが無造作に業剣を振り抜くのと。
まずは動きを止めようとキマイラが前脚を振り上げたのは、どちらが速かったか。
「…あんまり美味そうでもないな。食用にするには敷居が高いかねえ」
前半分と後ろ半分に切り分けられた断面を見ながら、呑気にショウはそう呟く。
ショウが離れるのを待っていたように、大量の鮮血が溢れる。
キマイラがこちらを向く。衝撃に意識が飛んでいただけだったようで、まだ生きているらしい。
すこん、と眉間に刃を徹して、止めを刺す。
「どうするか。焼くか、刻んで埋めるか」
このまま腐らせるには勿体ないが、美味くないものを残しておいても返って処分に困るだろう。
毛皮であるとか、他の使い方があれば良いのだが。
「まあ、いいか…それは村の連中が考えるだろう」
小さく欠伸を漏らし、村の面々の方へ。反応はない。呆気にとられている所だろうか。
酒もそれなりに過ごしたのだし、そろそろ眠りたいところだった。