王師と呼ばれて。
翌朝。
二人の弟子が三人に増えた。
「て、テリウス様も殿下もシグレ殿の弟子となられたと!?」
「ああ。それがどうかしたか?ヴィント」
「ず…ずるくあります!わ、私も弟子にしていただきたく存じます!」
「いや、あのな…」
「命を懸けて殿下の盾になると誓った身が、殿下よりも弱くあっては筋が通りません!そうは思われませんかシグレ殿!」
「そ、それはそうかもしれないが…」
「ではシグレ殿、いやさ王師殿!私も弟子にしていただきます!よろしいですな!?」
「で、弟子は二人が限度という事で…」
「よろしい、ですな!?」
「ワカリマシタ…」
暑苦しい圧力は苦手だ。
「では王師殿。陛下と愚息をよろしくお願いする」
「テリウス殿もお連れして良いのか?」
元々はセシウスが王城に戻る策を実施させる心算だったのではないのか。
そうすると聞いていた訳ではないが、テリウスならば傍目にも説得力があるだろう。
とはいえ、どうやら化粧の類をしなければそこまで似てはいないらしい。旅装の彼は、セシウスをより精悍にした顔つきである。似ているといえば似ているが、昨日のような瓜二つの顔ではなかった。
「ああ。何しろ陛下のみならず、愚息の剣も指導してくれるのだろう?」
どうやらその件に触れる心算はないようだ。ならばこちらも確認を取る必要はなかった。
「いや、それはそうだが…いいのか、そもそも」
「…折れれば死ぬ危険性があるという話か?」
「そうだ。二刀ならば片方が折れても昏倒程度で済むようだが、一刀では俺の知る限り、折られても生き延びた例は一人しかいない」
「…どうにか陛下がそれを振らずに済む状況を作るしかない、という事だな」
「それなりに鍛えれば、熟達の業剣士を相手にでもしない限り容易く折れる事はないだろう」
今回はその熟達した業剣士が相手である。
「一応、決して業剣を仇討ちに使わないと約定はさせてあるが」
復讐心というのは、どうしても普段通りの思考力を奪う。
「…まあ、その言を信じるしかあるまいな」
「止めるという選択肢はないのか、あんたも」
ジェックの言に、呆れたように漏らすも、
「ある程度腕が上がるまでは面倒を見てもらえるのだろう?」
「ああ、そういう事になるのか…」
「貴公の信義は信用している。三人を頼むぞ」
頼まれてしまったが、付き合うと決めた以上仕方がない。
城門に行くと、一目で名馬と分かるのが三頭と、ヴィントの愛馬であるテンペストが出発の準備に餌を食んでいる所だった。
「一頭足りないようだが」
「ここからウルケ領までは、クネン山地を通らねばなりませぬ。テリウス様までお連れであれば、この老骨は足手まといになりましょうでな」
と、ザフィオがここに残る事を告げてきた。それに、と続ける。
「儂が居りました方が、陛下が城に戻るように動くという策の成就に役立つでしょう」
「爺。ここまで有難う。ここからはヴィントと師匠の御力を借りて必ず無事に王都に戻る」
「はっ。王師殿が居ります。殿下のご無事は確信しておりますが」
セシウスの言葉に、跪くザフィオ。
「仇が現れたとしても、どうか平静を保たれますように」
「爺の忠言、確と受け止めた」
そしてセシウスはジェックの方を見た。
「将軍。爺を頼むぞ。私のもう一人の祖父である」
「万全を期して」
「次に会うのは王城でとなろう。…師匠、参りましょう」
「ウルケまでご案内を致します!殿下、お続き下さい!」
馬に飛び乗り、真っ先に駆けたのはヴィントだ。
この辺り、近衛随一の猛者と呼ばれるだけの事はある。
続いてテリウスとセシウスが駆け出した。
後に続きながら、三人が振り返らないのを頼もしく思う。
ここにあるのは別れの悲しみではなく、大業を為す為の希望に満ちていなくてはならないからだ。
大河ルンカラに沿って北上し、ルンカラの支流であるロニ川を船で越えて更に一昼夜。
一行が辿り着いたのは、クネン山脈屈指の険峻の一つ『ルナル山』の麓である。
「この付近にはミノス族の村がございます。ウルケ城までは山沿いを駆ける事になりますが、一度準備を整える必要があるかと存じます」
ヴィントが馬を停めて、村への立ち寄りを提案してくる。
「山に登る訳ではないのだろう?」
「ええ。山中に洞穴を縦横無尽に掘って暮らすドワーフ族と違い、ミノス族は本来山間にて小さな集落を開き、小さな坑道を掘るのです」
ですが、と。
「ミノスの男性は体格が立派ですので魔獣ともそれなりに渡り合えますが、女性や子供はそうではありません。この付近のミノス族は魔獣からの襲撃を避ける為に、麓に集落を作っているのですよ」
そもそもミノスが洞穴で暮らさないのは、男性は大きくなると人の倍ほどの体躯にまで成長する為である。穴を掘り坑道を進むのが若い男性や子供の仕事で、大人は槌を振るって鍛冶を行い、女性は宝石などをちりばめた細工を作るのだという。
「魔獣への備えもしていると思いますので、ウルケ城までの安全な経路も教えてもらえると良いのですが」
「…?何か問題がありそうな言い方だな」
「ええ。先ほども言いましたように、ミノスはある程度の規模の坑道を掘りましたら集落を畳んで移住しますので」
「麓であってもそれは変わらないという事か」
「種族の生活習慣ですからね、そう簡単に全て変える事は出来ないでしょう」
つまり、
「この付近にあるのは確かなのですが、具体的な場所が分からないのが難点でしてね」
「まあ、大した手間にならないなら、探そうか」
些か本末転倒な気がしないではないが。
「これは、ウルケの若君!」
どうやら顔見知りだったらしい。ミノス族の長老と名乗る老人が四人を迎え入れた。
「健壮なようで何よりだ、長老」
「それだけが取り柄でございますよ。して若君、こちらの方々は」
「我が主君、主君のご親戚、我が師匠だ!事情があってウルケ城までお連れする予定なのだ。済まぬが一泊の宿と魔獣の出没状況を教えてもらいたい」
ヴィントの言には、長老も驚いたようだった。長い白髪と皺で瞳を見開いているかどうかは分からないが、随分大仰な身振りで跪いてみせた。
「は、若君の主君という事は…王族の方であらせられまするか!このような村にようこそおいで下さいました」
「セシウスという。畏まった礼は不要だ、ミノスの長老よ」
「セシウス殿下!?」
とうとう肝をつぶしたらしい。恐縮し尽くして声も出ない長老の様子に、本人には聞けないのでテリウスに声をかける。
「一体どうしてこれ程敬われているんだ?」
「イセリウス王家は獣の王の直系から何度か姫を娶っていますからね。色々と混ざってしまっている我々よりも純血に近い亜人ほどその威光が強く」
「ほう、成程」
という事は、イセリウス王家は亜人の王族の親戚筋に当たる訳だ。
大河の長砦の建築協力と言い、そういう事情があったならば納得出来る。
「まあ、王家の初代はアズードの没落貴族だったようです。西から逃れに逃れてここまで来たそうですから…」
それはまた難儀な話だ。しかし、アズードは亜人を排斥しようとしていた筈ではなかったか。
「亜人の娘と恋に落ちて没落したとか。まあ、うちの王族史についてはまたいずれ。ご興味があれば」
「面白そうな話だな。頼むよ」
そんな話をしている間に、セシウス達の方でも話が済んだようだ。
長老がショウ達の方にも歩み寄り、同じように跪いた。
「長老殿。俺にそのような礼は不要だ」
「はい、王師殿」
恭しく顔を上げる長老に、何だか妙な事になったなと思いながら。
ともあれ、今晩は村で一泊する事になったのである。