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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
14/122

ヴォルハート城夜半~テリウスという青年

ヴォルハート城に用意された一室にて。

ショウは業剣を抜き放つと、その前に坐して瞑想を始めた。

ここ数日はセシウスの周囲に気を張っていた事で出来ていなかったが、ショウにとってこれは日課だ。

多くの命を奪った事で業剣の曇りが懸念されたのも理由ではある。


「…」


心地よい静寂に身を委ね、魂の穢れを打ち消してゆく。

月光の冷ややかな光を感じ、大河ルンカラの奏でる水の音が聞こえる程の一体感と忘我に、部屋の空気に神々しさが伴い始める。

どれ程そうしていただろうか。

はぁ、と一つ大きな息を吐いてショウが瞑想を終えるのと、扉がノックされるのは、ほぼ同時だった。


「シグレ様」

「ああ、どうぞ」


応じると、おずおずと扉を開いて金髪の青年が姿を現した。


「…君は?」


よく似ている、と思った。

まだ数日の付き合いだが、ほぼ一日中一緒に居たからこそ、分かる違和感。

ごく僅か、魂が放つ色が違った。


「セシウス王子…ではないな。影武者を務めている御仁かな?」

「…やはり騙せませんか」


セシウスによく似た彼は、苦笑交じりに答えた。


「僕の名はテリウス・ヴォルハートと言います。セシウス殿下とは従弟という事になりますね」


ジェック将軍には、二人の男児が居た。

兄がアイエス・ヴォルハート。武勇に秀で、政治にも明るく、次期ヴォルハート領領主として期待を一身に受ける身だと聞いていた。

先程挨拶を受けたが、ジェックによく似た顔立ちの中に、若さ故の威圧感を隠せていない。

未熟だが、角が取れてくれば良い領主になる。そう思わせる人物だった。


「そうか。それにしても」

「ああ、兄にお会いでしたね。僕は兄と違って母に似ましたので」


女性的な美貌なのに、と言えばいいか。セシウスもそうだが、相貌そうぼうにも宿る風格というのはあるものだ。


「して、何用ですかな」

「実は、折り入ってお願いがありまして」

「ふむ?」

「ご推察の通り、僕は殿下の影武者候補であり、長じれば護衛役を務める事になります」


そしてセシウスの身に万が一のことがあった場合、セシウスの代わりに彼として立つ事になるのだと。

普段は勿論本人に代役など立てないのだが、テリウスの出自自体が王族である事から考え出された保険なのだという。

ショウも少し意地悪く、テリウスの願いというのを曲解してみせた。


「それで、頼みというのはセシウス王子を暗殺して自分が代わりに立ちたいという事ですかな?」

「まさか。ああいう面倒な仕事はセシ…っと、殿下がやれば良いのですよ」


けらけらと笑いながら、ショウの言を否定する。

最初から陰謀を企むような人物とは思えなかったが、それ以上に随分と砕けた性格をしているようだ。


「自分の役割に不満がある訳ではないのですけれど。やはり万が一の時だけ必要とされる立場というのも、自分自身で成し遂げられるような事が一つもないので」


それはそうだろう。言い方は悪いが王の予備となる立場だ。

セシウスが五体満足に政治を行っている限り、彼が表舞台に立つ事は普通あり得ない。


「一応、僕にも夢はありましてね」

「それを達するのを俺に手助けしろ、と仰るのかな?」

「ええ、そうです。シグレ様になら託せると思いまして」


少し考える。

ショウにしてみれば、王族とはいえ、初対面だ。この国に出仕している訳でもないから、断る理由はあった。

しかし、その立場に軽く同情してしまったのも確かなのである。

少しの間考えて。


「俺で出来る範囲であれば、お手伝いしましょう」


と、答えた。




「…自分で言うのも何ですが…、内容も聞かずによろしいので?」

「俺の命、とか言われると困りますがな」


一応出来る範囲であればなんでも、と念を押す。

と、テリウスが顔にぱっと喜色を浮かべた。


「では、今日からよろしくお願いします、師匠!」

「…は?」




「成程…ひとかどの剣士として名を上げるのが夢…か」

「ええ。シグレ様の業剣を見た時に心を決めました。弟子入りして腕を磨くのに、これ以上の方はいない、と」


成程、確かにショウに出来ない事ではない。

ないのだが。

ショウは珍しく渋面を浮かべて思い悩んでいた。

何しろ王族である。

蒼媛一刀流を含めた業剣士は、基本的に身寄りのない孤児や、忌み子として生まれた双子の片割れなどが国の守神に預けられてなるのが一般的だ。

何しろ業剣士は、折られれば死ぬ危険性があるというあからさまな欠陥のある技術を使う上、相手取るのも狂れた鬼神という、命の危険が群れを成してやってくるような生業なりわいだ。

潰しが利くような連中しか、と言えば自分の立場を卑下し過ぎかもしれないが、だが間違いなくそういう連中が業剣士になるのだ。

一国の王族にその技術を教えて良いものか、どうか。


「王族に教えて良い類の技術ではないんだが…」

「ショウ様も業剣以外の剣をお持ちですよね。普段はそちらをお使いなのでしょう?」

「ああ、まあ」


まさかこんな事を請われるとは思わなかったので、ショウの歯切れも悪い。


「業剣は折られれば魂ごと折られるという事。死ぬ事になる」

「どちらにしろ、戦場で剣を折られれば死ぬ事になろうかと思います」

「う」


極めて正論で返されて、口ごもる。


「みだりに使わぬ事を誓います。どうか」

「…分かった。俺もまだ未熟だが、蒼媛一刀流の弟子を取る事は師匠から認められている。テリウス殿。君は俺の最初の弟子となる」

「あ、ありがとうございます!やったな!」

「いやいや、どういたしまし…」


頷こうとして、ふと止まる。

…やった、「な」?

扉の方を見やると、いつの間にか少しだけ扉が開いていた。

そこから覗く、テリウスによく似たーいや、この場合はテリウスがよく似た、なのだがー金髪の青年が。


「ん…?」


いい加減、思考が止まってしまったショウをにこやかに見やりながら、扉が静かに開け放たれた。


「影武者と入れ替わっている時に、片方だけが業剣を使えるというのは問題ですよね、『師匠』?」


瞬間、理解した。

本題はこちらだったか、と。

そういえば馬車の中でそれとなく釘を刺した覚えがあったが。


「いや、あのだな」


流石に王位継承者第一位は拙いだろう、と。

だがその言葉は、喜色を満面に浮かべた二人の前には通用しそうもなかった。



ショウの部屋で、三人が正坐して対する。


「テリウス・ヴォルハート。業剣を持つからには、剣の道に一命を賭するを誓えるか」

「誓います」

「己が為だけに剣を使わず、己を取り巻く全ての者の危難を取り除くためにこそ剣を使うと誓えるか」

「誓います」

「己が欲望に溺れ、道を外すような事あらば、俺の手で命脈を断つ。その覚悟はあるか」

「あります!」

「ならば生涯を通じてその誓いを示せ。この約定を以て、お前を俺の弟子とする」

「よろしくお願いします!」


深々と頭を下げるテリウスに首肯しゅこうして見せて、今度はセシウスの方に。


「全て誓います。覚悟もあります。よろしくお願いします」

「…あのなぁ」


こんな性格だっただろうか。


「大体、一国の王が業剣を必要に駆られて抜く必要がある場面なんてそうないぞ」


最後に一言だけ釘を刺すが。


「いやしかし、父は白昼堂々業剣士に斬られましたが。私自身、せめてそういった一瞬に自分で身を護る責任というものが」

「…」


そんな事が、そうそう頻繁ひんぱんにあってたまるか。

ショウは心からの溜息をついて、言葉の代わりとするしかなかった。




その日。

ショウ=シグレは珍しく、二人の青年相手に大敗を喫した。


「…お前ら、弟子にしたからには厳しくするからな」


その程度の事しか言えない程度には、完敗だったようである。

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