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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~獣の絶地訪問編
121/122

それぞれの行く道

 一行が獣の絶地を発つ朝がきた。

 エゼン・レ・ボルと一緒にダインを一旦ムハ・サザムの地に送り、セシウスとヴィントを大河の長砦まで護衛した後に、ショウ達は西に向かうことになる。

 都と森との境に、獣の絶地たちの住人たちが見送りに現れる。


「陛下。ご武運を」

「待て待て、俺はあいつらと和解しに行くんだぜ。かの邪神の右腕を駆逐した功績は、認めてやらなきゃならんだろう」

「おおかかさまの御心も随分と安らがれた様子。確かに和解の理由にはなるでしょうが」

「なに。前線のはねっ返りどもも、邪神崇拝者どもが相手だと聞けば今よりやる気になるだろうさ」


 エゼン・レ・ボルはからりと笑うと、民衆に拳を突き上げてみせた。


「いいか! おおかかさまはムハ・サザムとの和解をお喜びくださった。心配するな、獣の王の名に懸けて、不名誉な和解にはしないと誓おう!」


 歓声が沸き上がる。

 名残を惜しんでばかりもいられない。ルキ・エ・トランが先頭を切って歩き出したので、一同もそれに続いて歩き出す。

 ショウたちを見送る明るい声は、それでも都がまったく見えなくなっても、ずっと響いてくるのだった。






 ダル・ダ・エル・ラがその顔を見せたのは、都からの声も届かなくなり、一同が昼食をとろうと木陰に腰を下ろした時だった。

 都を出た時からずっと後ろからついてきていたようだ。

 相変わらず気配を感じさせないのは見事だが、その顔には最初に会った時の屈託のなさはなく、思いつめたような険しい表情が浮かんでいた。


「どうした、倅」

「……北に行く」

「そうか」


 エゼン・レ・ボルの問いに、静かに返答を返してくる。エゼン・レ・ボルもまた、短くそれに応じる。

 北と言えば銀毛の虎の話をしていた筈だ。自らを鍛えなおしてくるつもりなのだろう。それだけダル・ダ・エル・ラにとって今回の経験は苦いものであったということだ。

 と、ダル・ダ・エル・ラは視線をこちらに向けた。怒りか憎悪か絶望か、暗く淀んだ瞳。


「次は勝つ」

「……そうかい」


 獣の王はショウにとっても挑むべき相手の一人だ。

 が、当代のエゼン・レ・ボルはどうやら勝負を受けるつもりはないようで、そういう時ばかり『自分は倅に負けているから』と持ち出すのだ。

 ショウにしてみれば、今のダル・ダ・エル・ラは挑むに足る器ではない。

 少々心に余裕がない様子だが、エゼン・レ・ボルが何も言わないのであればこちらから言葉をかける必要はないだろう。


「……心の弱さは、体の強さでは補えんぞ」


 代わりにぽつりと呟いたのは、眼中にないと視線すら向けられなかったダインだ。

 ぎり、と歯を軋らせる音が響いたが、ダル・ダ・エル・ラの視線はそちらには向かない。意図的に無視をしているということか。

 そしてダインもまた、これ以上ダル・ダ・エル・ラに関わるつもりはないようだった。特に視線も向けず、告げる言葉もない。

 ショウはショウで、元々かける言葉があった訳でもない。微妙な緊張感と沈黙の後、ダル・ダ・エル・ラは森の中へと静かに姿を消した。


「やれやれ。これで少しばかり心も育ってくれると良いのだがな」


 エゼン・レ・ボルがゆるゆると溜息をつく。

 ダル・ダ・エル・ラが北へ行くと言っていたが。


「北の山脈には獰猛な虎が居ると聞いたが」

「冬になると北の山脈には邪神の瘴気が風に乗って届くのだ。そこに住む銀毛の虎どもは、瘴気を少しずつ吸うからか常に獰猛でな。たまに山を降りては悪さをするので、獣の王に選ばれなかった兄弟たちは北で狩りをして余生を過ごすのだよ」

「ほう」

「そしてそこで生まれた子女は都に戻り、いつか次の獣の王の祖となる。俺の祖母もそうだ」


 ダル・ダ・エル・ラはそこで鍛え直すということになる。

 いつか互いの全力を尽くして戦い合えるほどの腕に育ってくれると良い。

 ショウは北の山脈を見上げながら、そう思うのだった。






 南に歩き続けること二十日。

 徐々に空気に砂のにおいを感じ始めたころ。

 エゼン・レ・ボルが先頭に立って一同を先導することになった。


「さて。少しばかり不愉快な思いをするかもしれないが、許してくれよ」


 ムハ・サザム帝国も獣の絶地も、極めて血の気の多い者たちを前線に送り出している。

 血の気が多いということは、つまり荒っぽい性格の者が多いということだ。


「気にしないでくれ。ただ、汀どのに無礼な言葉を投げた者は許さない。それだけは気を付けてくれ」

「旦那様」

「気を付ける。それはもう、本気で」


 ショウの発言に汀が瞳を潤ませる。その態度に抑止力が存在しないことを察したらしいエゼン・レ・ボルは珍しく口元を引きつらせた。


「そろそろこちらの拠点に入る。……ルキ・エ・トラン、先に行って皆を集めておけ」

「分かった」


 深刻な表情で頷いたルキ・エ・トランが木々の間を縫うように飛び去っていく。

 どうやら二人がひどく心配するほど口の悪い連中が揃っているようだ。


「――おお、王よ!」


 と、がさがさとやかましく――獣の絶地の住人にしては珍しいことに――現れたのは、随分と大柄な獣人の男だった。

 何とも強欲そうな顔立ちと、血に汚れた革鎧。血走った目と、太ってたるんだ顔の皮膚。しかしその体は分厚い筋肉が露出しており、歴戦の余裕を感じさせた。


「戦況はどうだ、ガルバティラウ」

「さほど変わらんな。あちらを抜くには攻め手が足りん。北の王族に増援を頼みたいと言っていたと思うが」

「王族がいなければ抜けぬというのならば、それは獣の絶地の獣人の名折れであろうよ。まあいい、今日はおおかかさまのお言葉を持ってきた」

「ほぅ!」


 ぬたりと笑うガルバティラウという名の獣人。

 何とも嫌悪感が先に立つ笑みだ。ショウはそのねっとりとした視線を感じて軽く眉を顰めた。


「姫様が仰っていたが、そちらの美しい方が女神様かね」

「そうだ。ショウ殿、媛様。この者は前線を任せていたガルバティラウ。品性は良くないが腕は立つ」

「ショウ・シグレだ」

「鬼神の汀と申します」

「ひでえな王よ。……っと、おう、済まない。戦地では血に酔うせいか女を断っているせいか、女性を見ると目つきが嫌らしくなると言われているのだ。うちの若い連中にも気を付けるように言ってはいるんだが」


 どうやらこちらの空気を感じ取ったらしく、顔をつるりと撫でて詫びてきた。

 見た目は悪いが、空気の読める性格らしい。


「突き刺さっていた邪神の腕がなくなったという話は耳にしているが、ここで王がおおかかさまの言葉を持って来たということは……停戦か?」


 にやりと笑うガルバティラウ。頭も切れるらしい。だからこそ前線を任されているのだろうが、もしかすると状況をそれとなく察しているのか。


「分かるか」

「当たり前だ。何年あんたの副官をやっていたと思っている」


 ふすうと大きな鼻から空気が漏れた。


「わざわざここに来るということは、手ずから戦を止めるつもりか?」

「ああ。……俺ではなくて、このショウ殿がな」

「……は?」


 突然話を振られて、ショウは間抜けな声を上げた。


「最前線では帝国とうちの将兵が入り乱れて戦をしているからな。俺が止めても軋轢が残るし、戦っているところにダインを立たせる訳にもいかんだろう?」

「……ダイン?王よ、もしかしてこっちの男は……」

「……最初からそのつもりだったな、あんた。仕方ない……」


 ガルバティラウの驚いた声には取り合わず、ショウは業剣を抜き放った。

 今度は期待に目をきらめかせる汀の視線が、何ともくすぐったい。


「綺麗に止めてきてやる。後で文句を言うなよ」







 ショウは陣地から少しばかり離れた木の天辺から戦場を眺めた。

 最前線では獣の絶地の獣人たちとムハ・サザムの兵士たちがぶつかっている。


「……あの辺りか」


 大きく息を吸い、木の幹を大きく踏みしめたところで、見定めた場所に向けてショウはその身を跳ね上げた。

ショウの存在に気付けたのは、少し離れた位置にいた者たちだけだったろう。

 戦場の中心、ちょうど偶然誰も立っていないところを目がけ、業剣を振り下ろす。


「まず一手」


 吹き上がる砂。

 轟音と揺れに何が起きたのかと、全ての者が一瞬動きを止める。

 地面に降り立ったショウは、間髪入れずに全力で鬼気を解き放った。


「喝っ!」


 特に衝撃を発する筈もない鬼気の奔流が、殺気の塊となって虚を衝かれた兵士たちに叩きつけられる。

 武器を取り落とし、あるいは尻もちをつく彼らに向かって、ショウは鬼気の放出を向けて笑みを向けた。


「まあ取り敢えず、話を聞け」


 後にムハ・サザム帝国と獣の絶地の歴史に残る、『飛来して戦を止めた武神』の伝説である。

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