将軍暗殺未遂事件
ヴォルハート城に入城したショウ達三名は、玉座の間へと通された。
城主の座るべき玉座には、主の姿はない。その脇に侍るように立つ、壮年の男性。
「叔父上!」
セシウスが声を上げると、男はゆっくりとこちらに歩いてきた。
優雅な動きでセシウスの前に跪くと、一言。
「陛下」
面食らったような顔を一瞬だけ見せて、だがセシウスは状況を理解したのだろう、すぐに表情を改めると鷹揚に頷いて見せた。
「出迎え、大義である。ヴォルハート将軍」
「はっ」
上手いな、と思う。衆目に対して、自分の立ち位置を最も明確に出来る形だ。
この広間に居るのは、数多くの麾下の将兵達だ。万言よりも雄弁な、そして非常に様になった演出だろう。
それを裏付けるかのように、次々と敬礼を見せてくる。
セシウスの下、彼を王位に就けるべく彼らは動く。何よりの、その証明である。
だが、ショウの知覚は違和感を覚えていた。
先程のヴィントとセシウスの間の感動的な再会で雰囲気慣れしていた事もあるのだろうが、ほんの僅か、殺気を感じる。
ディフィ達と相対した時よりも、より希薄な。
ショウは目を細めた。
「貴公が陛下をここまで護衛された剣士殿か」
と、ジェックは姿勢を戻すや、ショウの方に声をかけてきた。
「こちらの名乗りだと、ショウ=シグレと名乗る事になりますか」
「…シグレ殿。貴公は東国の出であるようだが」
「ええ。それが何か?」
射抜くような視線に、ショウは事情を理解した。
「先王陛下を斬った男も、東国人であったという。貴公が陛下の恩人であるのは理解したが…」
「疑念を晴らせ、と仰るか」
「うむ。私をはじめ、この城には東国人そのものを仇と見る者も多い。潔白を証明できなくば、命までは取らぬ故、早々にこの地を去られよ」
「将軍!?そなたまで何を!」
「良いさ、王子」
と、腰から―もう何度目かになるだろうか―刀を鞘ごと抜いて、今回はザフィオに手渡す。
「シグレ殿、何を…?」
「どうもきな臭い空気を感じておりましてな。…この一本気な将軍の手配とも思えないが」
潔白を証明するには、先程のジェックの所作よりも分かり易いだろう。
そのまま流れるような所作で業剣を引き抜く。
「貴様、どこから―!」
少し離れた場所に立っていたヴィントが眦を吊り上げ、ジェックが咄嗟にセシウスを庇う。
「潔白を示せというなら、こういうのはいかがかな。―示せ!」
全身からこの広間全体を圧倒する程の鬼気を放つ。
刹那。
柱の上部にしがみつくように取りつく数人が、突如として現れた。
「ムハ・サザム人!?」
「隠形の魔術かっ!」
この国の装束とも、ショウのそれともまた違う服装である。頭には布を幾重にも巻き、手にしている得物は反りのきつい短剣。間違いなく刺客だ。
ざっと数えて十五人。発覚した事を驚きもせず、軽々と柱から飛び降りる。
「貴公の手配…ではなさそうだな」
「お互いにな。どうやら黒幕は川向こうのようだ」
ショウの言葉に頷くジェック。セシウスを庇いながら、周囲に叫ぶように告げる。
「陛下を御護りせねばならん。下がるぞ!」
「その必要はない」
だが、それを遮ったのは当のセシウスだった。見ると、こちらを信頼しきった瞳。
「やれやれ。さくさくと潔白を証明してみせましょうかな」
大事な広間を下郎の血で汚す無礼をお許しあれ、と述べてから。
ショウは走り出した。
果たして、何人の目に映っただろうか。
常人離れした速度で駆け寄ってきた刺客たちを、更に圧倒する程の速さで一刀のもとに斬り捨てる。
半数を刀の錆にした所で、数人が固まってセシウス達の方に腕を掲げているのを目にした。
距離は少々離れている。魔力の集中も見て取れる。今から駆け込んでも発動までに間に合いそうにない。
ショウは一旦セシウスとジェックの方に取って返した。
ここで標的となるであろう二人が固まってくれているのは、どちらにとってもやり易かった。
「氷よ!」
呪文と共に、両者の中間辺りに巨大な氷の塊が出現する。
が、こちらが何をするでもなく氷塊は圧潰した。空中に撒き散らされた氷の破片は、しかし空中に浮かんで静止した。
「氷柱弾か…それにしても規模が大きい」
無数の小さな氷柱になったそれはこちらを串刺しにすべく、勢いよく飛来する。刃物で一つひとつ防ぐのは難しそうだ。
しかしショウは慌てなかった。
すうと大きく息を吸い込み、その声音に濃密な鬼気を乗せて。
「喝ッ!」
吼えた波紋が、空気を揺るがし。
波紋に触れた氷柱は、一つ残らず更に微塵の氷の粒に粉砕されて空中に散った。
そして、その時にはもう、ショウは動いている。
固まっていた数人は反応すら出来ず、ショウの業剣を受けて斃れる。
残りも程なく周囲を取り囲んでいた将兵達に捕縛され、引っ立てられた。
思った通りの役割ならば、尋問を受ける前に自裁しそうではあるが。
「余程隠形に自信があったと見える。服装くらい変えればよいだろうに」
「いや、ムハ・サザムの民であれば服装を変えた程度ではすぐに分かる。向こうもそれが分かっているから隠形に磨きをかけてきたのだろう」
と、検分を終えたジェックがショウに向かい、深々と頭を下げてきた。
「貴公のお蔭で陛下を喪わずに済んだ。礼を言う」
「なに、構う事はない。ところで、潔白は証明できただろうか」
「そうだな。どうやって…という点に興味はあるが、まずは非礼を詫びておきたい」
「心配しなくとも、俺が追っている相手と、そちらが王の仇と見ている相手は同一人物のようだからな。王子の王位継承までは責任を持つ心算だが、どうか」
「…よろしく頼む」
ショウは違和感が消えた事を改めて確認した後、業剣を消した。
「では、潔白が証明できたところで、今後の事でも決めるとしようか」