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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~獣の絶地訪問編
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第三の修羅場~王者の覚悟

「少し黙っていろ、お前」


空気を読まない息子に、かなり力を込めた拳骨を落とすエゼン・レ・ボル。

何かが砕けるような音とともに蹲るダル・ダ・エル・ラだが、そこを気に掛ける者はいなかった。


『コホン。では、気を取り直して』

「あ、それはもう良いですから話を進めましょうお父様」


火群の言を涼やかに切って捨てて、笑顔で告げる汀。

父と呼ばれた事を喜べば良いのか、父と分かった途端扱いが雑になった事を悲しめば良いのか、火群が何とも情けない顔をする。


『ところで、愁。あんたいい加減に―』

『ま、まあ待て待て。お前娘の前で…』

「あら、構いませんよお父様。…母様と所帯を持つ心算ではないのでしょう?」

『ん、それはだな…』

「私だけでなく、母様も生まれる前からの約束であるというのであれば、誰も文句は言わないのではないでしょうか」

『あ、おおなみからは承諾を貰っているから大丈夫よ』

『え』

『「あんたも大変だな太母様」って同情してくれたわ。邪神の右腕がなくなった以上、今を逃す手はないわ。濤が国に戻ったらあんたここに顔出しなさい』

『い、いつになるか分からんぞ』

『いいわよ。十年も百年も今更一緒だからね、それぐらい待つわ』


笑顔の太母であるが、凄愴なまでの圧力を感じてショウは口を開けずにいた。

ぼそりと「お前のその余裕のなさが嫌なんだよ…」とぼやく火群に同情を感じないでもないが、それを口に出来る程命知らずではなかった。


「…エゼン・レ・ボル殿。あちらは火群様と汀どのに任せて、こちらはこちらの話をしておけば良いのではないだろうか」

「む?し、しかし…」

『ああ、いいわよエゼン。そこでダイク・ジェイやテト達と話を済ませておきなさいな。こちらの話はこちらで済ませておくから』

「はあ、分かりました…」

『湘!お前な…って、はっ!』


と、火群が何かに気付いたような声を上げた。

何となく、嫌な予感がする。


「どうされました?火群様」

『そうだ、湘。お前は俺の名代だったよな?』

「ええ、汀どのと火群様の名代としてムハ・サザムに行きましたが…」

『ならお前、ちょっと俺の代わりに―』

「『ああっ!?」』


火群のあまりと言えばあまりの言葉に、湘が頭を抱えると同時。

汀と太母が凄まじい声を上げた。火群がびくりと体を震わせる。

当たり前と言えば、当たり前だ。いくら何でもそれはない。


『どこの世の中に、娘の婿を差し出す親が居るのよっ!?』

「…お父様、天に昇りたいのですか?」

『い、いや冗談だ、冗談!』

「火群様、いくらなんでも冗談で人を巻き込むのは止めてくれませんか…」


ひきつった笑顔で否定する火群。闘争の顕現である彼だが、自分の力で解決出来ない問題には何とも弱気になるものだ。

火群の自堕落であったりだらしなかったりといった部分については重々知っているショウには今更驚くべき事も失望すべき事もないが、ダイク達は幻滅しやしないか。


「…おおかかさまが、あんな烈女だったなんて…」


訂正、エゼン・レ・ボルやルキ・エ・トラン、テト・ナ・イルチ達は太母の方に幻滅しやしないか。

いや、これは太母の自業自得かもしれないが。


「火群様。ここはもう覚悟を決めるべきではないかと思うのですが」

『お前までそんな事を言うのか、湘!お前、分かってるのか!?武神になった途端、お前にも同じ事が起きるんだぞ!?』

「いや、普通に断りますから」

『私の方はまた数千年先になるからいいけど、そういう問題じゃなくてね』


きっぱりと言い切ったショウであるが、太母もこの点については火群と同意見であるようだ。


「大丈夫です、私が悪い虫を寄せ付けませんから」

「汀どの」


静かに太母から視線を外させるようにショウに身を寄せる汀。

火群の発言になんとなく思うところでもあったのだろうか。


「火群様と太母様の言葉は深く覚えておくことにします。ひとまず、ダイク殿とエゼン・レ・ボル殿の方の話を優先させていただきますよ」

『むう…呼びつけておいてその扱いかよ、湘』

「呼んだのは俺ではありませんから。呼び出したのは太母様ですから存分に楽しい時間を過ごされませ」

『あら、いいわね』

『ちょ、待て!待ってくれ、湘!?』

『お邪魔したわね、私はこの馬鹿を連れて戻ってるから』

『待て!俺の体は今蒼媛国に―』

『知っているわよ?』

『助けてぇぇっ!』

『人聞きが悪いわっ!』


最後まで騒がしくしながら、火群と太母は姿を消した。


「…何だったんだ」

「本当に…」


誰もがぐったりとしていて、話を続ける気にならない。

一同が気を取り直して話を再開するまでに、暫くの時間を必要とした。




「では、気を取り直して」


思った以上に時間がかかったが、一同は一応先程の一件を無かったことにした。

エゼン・レ・ボルが口を開く。ミラ・レ・イルチもルキ・エ・トランも静かにしている。


「今後は獣の絶地とイセリウス王国、ムハ・サザム帝国は同盟関係という事になる」

「ああ。異存はない」

「…このようにして両国は闘争を管理していたのですか…」


セシウスが感嘆の声を上げる。強力な敵の存在は国の意志を一つにする上で非常にやり易いという話に、非常に感銘を受けていた。

それが火群の肝煎りと聞けば尚更で、二か国の秘密に触れる権利を与えられた彼は帝国と獣の絶地の双方から対等だと認められた事になる訳だ。


「だが、こちらには強固に終戦に反対する者が居てな。一当てさせないと拙いと思っているのだが」

「うむ。こちらは邪神崇拝者の方に配属する予定だが、前線の人士に抵抗する者が多い」


溜息をつく二人。矛先をお互いから邪神崇拝者に変えるには、永い時間を戦いに費やし過ぎたのだ。

そして、前線にはお互いに強い敵意を持つ者を配属してきた経緯がある。

命を弄んでいると言えばそれまでだが、暴れる事しか出来ない者に命を懸けた衝動の発散の場を与えてやっているのだとも言えた。


「数を減らす必要がある、か」

「あるいは手打ちの儀式を行うか、だな」


頭を悩ませる皇帝と獣の王。

と、そこに噛み付く男が一人。


「父上、我々はずっとこのような事をしてきたのですか…!」

「そうだ。どうした?」

「卑怯です!命を懸けている民が居ると言うのに―」

「そうだな、俺達は卑怯だ。だが、それが今の獣の絶地を作っている」

「しかし!」

「そして、これは獣の絶地が初代ダル・ダ・エル・ラの時におおかかさまと御先祖様と骨子を決め、初代エゼン・レ・ボルがムハ・サザム帝国を盟友足り得ると見込み、命を懸けて形を作った」


その様子を見るダイクはまったく動じていない。

あるいは、ダインが受け入れたように、毎度先代にこうやって噛みつくのが獣の絶地での歴代の姿であるのかもしれない。


「僕にも民を裏切れと言うのですか!?僕には出来ません、獣の絶地の未来を拓くと信じ、帝国を滅ぼすべく闘う彼らを使い捨てる事など出来ません!」

「これはおおかかさまと御先祖様が考え抜いた窮余の策だ。いつか邪神を駆逐する為に。亜人排斥を謳い、多くの神性を抱えるアズードを掣肘する為に。そしてそういった存在に対し、いつでも対応出来るだけの戦力を常に保持し続ける為にだ!」

「…二世ダル・ダ・エル・ラ殿」


そしてその様を見ていたダイクが口を開く。


「何だ、帝国の皇帝!」

「先程も名乗ったが、ダイク・ジェイ・ムハ・サザムだ。そこに居るダイン・ディ・ムハ・サザムの父で、君の父である二世エゼン・レ・ボルの共犯でもある」

「…そうか、お前の息子が居なければ―!」

「そうだな、そうであれば俺は君を許すまい。帝国と獣の絶地は今度こそ本当の意味で互いの存在を滅ぼすまで闘い続ける事になるだろう」


そして、と平静な顔で残酷な事実を告げる。


「結果、今は戦場から離れて平穏無事に過ごしている幼い子供達や老人、それ程お互いに敵意を抱いていない筈の彼らを戦場に送り出し、その命を終わらせる事になるな」

「…えっ」

「今よりはるかに多くの命が消える。その決断をするのは君だ。するならば止めないが、自分の決断に覚悟を決めて行いなさい」


ショウは口を挟まなかった。しかし、ダル・ダ・エル・ラが本当に行動に移した場合、いつでも止められるように覚悟を決めていた。

ダインとダル・ダ・エル・ラ。どちらも間違いなく両国の要ではあったが、ショウはどちらか選べと言われればダインを選ぶ。


「…貴方がたは、心が痛まないのか」


ダル・ダ・エル・ラが言葉を絞り出す。どうやら短慮に走る事はなかったようだ。


「いかに互いへの敵意が強い者達だったとしても、民だ。…それを分かっていて死地に送り出す事に、貴方がたは心が痛まないのか」

「…本当にそう思うのか、小僧」


重く、冷たい調子で言葉を吐き出すダイク。ダインも父がこれ程冷えた声音で言葉を発したのを聞いた事がなかったのだろう、息を呑むのが聞こえた。


「お前はエゼン・レ・ボルの姿を今まで見てきて、お前の父が民をいたずらに死なせるのを良しとする男だと思うのか」

「それは…」

「大陸の未来を案じたのは太母様、邪神にもアズードにも対抗できる絵図を描いたのはホムラ様。あの御二方が、民をあたら死なせる策謀を良しとしたと思うのか」

「…うぅ」

「俺達は代を継ぐ度にこの罪を背負ってきた。各々の先達、その誰もが素直に何の罪悪感もなく受け入れたと思うのか」

「…」


ダル・ダ・エル・ラが、ダイクの視線に圧し潰されそうになっている。

エゼン・レ・ボルは目を閉じ、口を真一文字に結んでいる。


「小僧、生意気な言葉を吐くんだったら、太母様にもホムラ様にも、俺やエゼン・レ・ボルやその先達が思いつくことが出来なかった解決方法を生み出してからにしな」


この瞬間、ダイク・ジェイ・ムハ・サザムの言葉は神性のそれよりも重かった。


「エゼン・レ・ボルの言った通りだ。お前はその体に負った才以外に、何一つ獣の王として足りていない」

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