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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~獣の絶地訪問編
118/122

第二の修羅場~神性乱入

『楽しそうな話をしているわね』


空間に割って入るように声が響いたのは、その瞬間だった。

ショウ達にはもう聞き慣れた声であるが、ダイク達の側では覚えのない声であったようだ。


『私も話に混ぜてもらえるかしら?』


空間を割るようにして入ってきたのは、太母の現身である。


「お、おおかかさま!?」

『ここにお邪魔するのは随分と久しぶりだわ。当代の帝国の主ね?私は獣の絶地に唯一残る神性。皆からは『おおかかさま』と呼ばれているわ』

「た…『太母』様!?」


慌てふためいたのはダイクだけではなかった。

普段は沈着冷静なテト・ナ・イルチも先程まで獣のような表情を見せていたミラ・レ・イルチも、と驚きの表情で固まっている。


『そちらは分家筋ね?あなたたちも初めまして。よければ名前を教えてもらえるかしら』

「…お、おおかかさま。テト・ナ・イルチ、ご尊顔、拝する、栄…」

『テト・ナ・イルチの名を継いだのね。あの子の名前は私が与えたの。重く捉えないで欲しいのだけど、大事にしてくれて嬉しいわ』

「お言葉…ッ、ありがたく…!」


太母の慈愛に満ちた笑顔に、テト・ナ・イルチが感涙に咽ぶ。

やはり生活の基盤を帝国に置いたとは言え、信仰は太母の所にあるのだろう。


「ミラ・レ・イルチと申します、おおかかさま。ダイン・ディ・ムハ・サザムの妃でございます」

『話は聞いていたわ。ルキ・エ・トランと二人、ダインを支えてあげなさい。どちらが上であるかなど、些細な事よ』

「は…はいっ…」


笑顔は変わらず、だがミラ・レ・イルチの心には重く響いたようだ。


『さて、それはいいのだけど』


エゼン・レ・ボルの隣に座り、一瞬で場の空気を支配した太母はショウと汀を見て首を傾げた。


「何か?」

『あなたたち、私の事は彼から何て聞いている?』

「彼と言うと…火群様ですか?」

『ええ。向こうで彼が私の事をどう話しているのか気になって』


火群が神性になる前からという事だから、太母と火群はとても永い付き合いだ。

それこそ万年の関わりである訳で、それを共有できている存在は他にないのだろう。


「火群様は修行の一環として獣の絶地を訪れたと聞いていましたが」

『ええ。彼がこの地に来た時には、私もまだ若木でね。母から代を引き受けてまだ五百年ほどだったかしら』

「太母様は邪神と戦いを繰り広げた上古の神性だと聞いていたのですが…?」

『その時は母の世代よ。母も折悪しく若木だった頃でね。私に代替わりしたのが早かったのも戦の負担が元だったらしいわ。代々記憶は完璧に引き継いでいるけれど、性格はそれぞれ違うわね』


記憶を引き出そうと思わない限りは自分に影響を与えないと微笑む太母に、ショウは彼女の本質を見た気がした。

太母とは創世から続く世界の記憶を保管し続ける神性であるのかもしれない。


「火群様は、太母様にはとても世話になったと。そしてとても永い付き合いだと聞いておりますが」

『うんうん、それで?』

「…それで、とは?」

『他には何か言っていなかった?』

「俺には特に何も。…汀どのは?」

「…私も、特に何も」

『ほ、本当に?何もない?彼、私と約束した事があるのだけれど…』

「ええ、本当に…」


顔を見合わせるショウと汀に、太母は頭を抱えてしまった。

何か悪い事をしただろうかと思ったが、嘘を言う訳にもいかない。


『…あの野郎…』


呻くように絞り出された言葉を、ショウは最初聞き違いだと思った。

しかし、同じように皆が驚いた顔でそちらを見た事で、太母が間違いなくその言葉を吐き出したのを理解する。


『呼びましょう』


笑顔は変わらず、だがそれまでとは違う種類の威圧感を持って。


「よ…呼ぶ?」

『ええ。大した手間ではないわ。おおなみの代わりに蒼媛国に居るのでしょう?私のように現身を呼ぶくらいなら…ねっ!!』


気合一閃、太母が叫んだ刹那。

円卓の中央から光が放たれる。


「…えっ」


その声は、誰が発したものか。

光が収まった所には、杯を差し出した姿勢で、誰あろう火群が目の前に座っていた。





「何事かと思ったら。…ああ、汐風済まん。ちと太母からの呼び出しだ。暫く無言になるぜ」


どうやら汐風と呑んでいたらしい。ここに現れなかった彼の方にだろう断った後、暫く目を閉じて意識を集中する素振り。


「突然どうした…っと、何事だいったい」


目を開いて怪訝な顔をした火群が、周囲を見回して更に表情を曇らせる。

その目がショウと汀、セシウスを捉える。少し安心したようだ。


「湘と汀、セシウスか。…円卓って事はムハ・サザム帝国か獣の絶地って事だよな?おぉ、随分数が居るなあ」


円卓の中央に座ったまま、呑気に状況を判断する火群。


「で、一体何の呼び出し―」

『何じゃねえわよこの馬鹿闘神!』

「何だぁっ!?」


突然背後から太母に怒鳴りつけられて、飛び退く。


「おいおい、随分ご立腹だな。どうした」

『ねえしゅう、あんたまさか湘と汀に何も話してないわけ?』

「な…何の事だ?」


一瞬火群の視線が揺らぐ。


『私に言わせる訳?何で濤が蒼媛国を離れているのかとか、湘と汀をアズードにわざわざ向かわせる理由とか』

「言ったぞ?紅媛あかひめの行方を探させる為に…」

『それを先に濤に任せた事も?そもそも濤は何で汀に父親の話をしてない訳?』

「そ…それは濤との約束がだな…」


その言葉に、太母の顔が真っ赤になった。


『こ…こ、この…』


反射的にショウは汀の耳を両手で塞ぐ。


『ド馬鹿闘神ンーーーーッ!』






ひどく痛む耳が正常に戻ってきた辺りで、何とか話が再開された。

その間、火群は正座させられている。

大柄な体が、心なしか小さい。


『…まあいいわ。濤にも落ち度があったんでしょうし』


ひとしきり怒鳴り散らして、太母も少し落ち着いたようだ。


『汀。あなた父親の事はどう聞いているの?』

「旅の剣士で、一目惚れしたと。どうにか酒に酔わせて押し倒して、結果私が産まれたと…」

『…み、身も蓋もないわね』

「私が母みたいになりたくないと思う最大の理由ですが…」

『ま、まあ…あなたには湘が居るからそうはならないと思うけど。と言うより、間違ってはいないわね』

「…そ、そうだな」


顔を引き攣らせている火群。

と、太母が腕組みをして火群を睨みつける。


『こいつとは、まだ人の…愁って呼ばれていた頃からの付き合いでね』

「愁、ですか」

『火群の愁ね。今ではそう名乗っていた事を知っているのは神性の数柱すうにんしかいないんじゃないかしら』


何となくショウの名前と語感が似ている。


「ああ、名前が似ているのはただの偶然だぞ。濤は俺が人だった頃の名前までは知らない筈だ」

『話を戻すわね。火群が神性になった時、私が後見になったのよ』

「俺が修行中に嫁取りした時から、随分世話になったからな」

『三人目の子が産まれて三年後くらいだったかしら?闘神になったの』

「そうだったな。その頃はアズードも今みたいな選民思想じゃあなかったからなあ」

「そうなのですか?」


口を挟んだのはダイクだ。

意外と復活が早かったのは、交信球を通じて一度火群と会話する機会があった為か。


「純粋人族を頂点に置いた選民思想が蔓延しだしたのは七千年ほど前だ。完全に亜人弾圧まで始まったのはそれから更に千年以上の時が必要だったが」

『ま、話を戻すと』


火群の話す内容にも興味が十分あったのだが、太母は話題の転換を許さなかった。


『こいつが神性になった時、後見になる代わりに一つ約束をしたのよ』

「約束?」

『そう。私が次の娘に役目を継ぐ為にも、こいつのたねを私に貰うって約束がね』

「胤って…」


顔を赤らめる汀。


『つまり、こいつに私の娘の父親になれという事ね』

「なっ!」


特に周囲は過剰に驚いた様子はなかった。

一人だけ、ダル・ダ・エル・ラが過剰に反応した他には。


「おおかかさま。御先祖様は乗り気ではないようですが…」

『そうなのよ。亡くなったあの娘に操を立てているのだと思っていたし、私も邪神の右腕があった以上代替わりなんて出来なかったから延びに延びていたのよね』


誰も何も言わないが、太母の話し方はだいぶ砕けて来ている。

これが素の彼女なのだろう。火群の前でのみこうなのだとすれば、随分と愛されているものだ。


『それ、がっ!この馬鹿闘神、うっかり妹の子孫に酔い潰されて、押し倒された訳よ!…まあ、私も濤の気持ちには大いに共感できる部分があるから、何も言えないんだけれども』

「…話の流れから薄々そんな気がしてきていましたが」

『旅の剣士、酔い潰した、押し倒した。どれも間違ってはいないわね』

「…濤から決して公にしないと言われたので、俺も公にする心算はなかったんだが…」

『ちゃんと言ってあげなさいよ、けじめでしょ』

「ああ、うん。今更告げるのも何だな…そのだな」


と、珍しく言い淀む火群。

その様子を固唾を飲んで見守っていた一同だったが、ただ一人。

太母の前に跪いて、大きな声を上げる者が居た。


「あ、あの!おおかかさま!」

『どうしたの、ダル・ダ・エル・ラ』

「ぼ、僕では駄目ですか!?」

『は?』

「御先祖様が乗り気でないなら、僕が!」

『…』


この状況で、何をしているんだこいつ。そう言わんばかりの視線が、そちらに移る。

毒気を抜かれたような顔つきの火群と汀。

エゼン・レ・ボルとルキ・エ・トラン、太母が頭を抱えていた。


「なあ、湘。こいつ、誰?」

「二世ダル・ダ・エル・ラです」

義兄御あにごの名前を継いだのか」


何とも言えない表情でダル・ダ・エル・ラの姿を見た火群が、一つ溜息をついた。


「…覇気も何もかも足りてねえけど、よく似てるわ」

「…どの辺りが、です?」

「致命的に空気が読めねえところ」

「…ああ」


ダル・ダ・エル・ラは一つの物事に囚われると何もできなくなるタイプ。

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