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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
11/122

一本気騎士の感動的再会と盛大なる空回りの図

「殿下!御爺様!ご無事での脱出、何よりでございました!」


ヴィント・ウルケの声は大きい。遮蔽物しゃへいぶつのないこの平原で、どこまで響いていることやら。

馬車を降りた二人の前にひざまずくヴィント。体躯も大きい。腰を落としてもセシウスやザフィオの肩ぐらいの高さがある。二人とも、決して背丈が低い訳でもないだろうに、だ。

この巨体が巨馬に跨っていれば、その威だけで雑兵は震え上がろうだろうな、と思いながらショウは馬車の中からその様子を見物していた。

主従の再会を邪魔しても野暮なので、取り敢えず一人馬車に残ったショウである。


「ヴィントも無事で良かった。クネン領ではなくこちらに来ていたのだね」

「は!ジェック将軍に殿下のご危難をお伝えする為!」


大将軍に伝えて、兵を出して貰おうとしていたのだと。脅威の大きさを伝えなくてはと。

国の大事に序列をあやまたない。重要な資質だ。


「私達は追い詰められていた所を、親切な御仁に助けられた。父の仇を討つまでご協力いただける事になっている」

「ほう!それは素晴らしい!殿下の威徳にございますな」


と、喜色を満面に表していたヴィントだったが、ふと思い出したかのように表情を曇らせた。


「殿下。陛下の盾に成れませんでした事、申し開きのしようもございません。近衛の生き残りとして、この罪は償いたく存じます」


どうやらヴィントは、その時の感情によって声の大きさが変わる質であるらしい。辛うじて聞こえるその声の悲痛さは、彼の忠誠の確かさを感じさせた。


「良い。代わりに連れ出してくれなければ、私もあの場で斬られていたのだ。感謝こそすれ、何故ヴィントを処断できよう」


むしろ我が右腕として、私を支えて欲しいと。


「父と、ジェック将軍のように。期待しているよ、ヴィント」


セシウスがそう告げた瞬間、ヴィントの両目から大粒の涙が零れた。


「殿下っ…!わっ、我が武を、命あるかぎりっ、捧げると誓いますっ!」

「その忠義を嬉しく思う」


号泣するヴィントと、優しく見下ろすセシウス。

若い王子と忠臣の美しい場面であった。




ヴィントが泣き止むまで、暫しの時間を要した。


「して、皆に私達の命の恩人を紹介しておきたい。神の域に至る程の武を持つ方だ。粗相のないように」


セシウスがやっとこちらを向く。


「シグレ様、こちらへ」


迎えとしてやってきた騎馬兵すべての耳目がこちらに集中している。

こういう目立ち方は好ましくないのだが、降りないわけにもいかなくなってしまった。

仕方なく、馬車から降りると、好奇の視線が痛い。

だが、一人だけ。まったく違う反応を示す者がいた。


「と、東国人!」


先程までの泣き上戸はどこへやら、愛馬に飛び乗るとこちらに槍を突き付ける。


「ヴィント!」


セシウスの制止があるが、彼の表情は苛烈かれつな怒りに満ちていた。


「貴様、あの東国人の仲間か!」


成程、ハウンツ王が斬られた場所に居たのならば、刺客が東国人であったと確認していてもおかしくはないだろう。

東国人が全て刺客とその仲間でないことくらいは分かりそうなものだが、頭に血が上りきっている彼に今何を告げても無駄か。


「違う、と言えば信じるのか?」

「信じぬ!死ねぇっ!」


短絡的にも程があった。

馬上で大きく槍を回転させて、勢いに任せて突き出してくる。

五人くらいなら一突きにしてしまいそうな一撃ではあるが、残念ながら突きかかった相手が相手だ。

ショウは穂先を避けて柄を掴み止める。


「なっ!?」


絶句するもすぐさま槍を引こうとしたのは、戦慣れしている証拠か。

だが、ショウの力を上回る事が出来るはずもなく、ヴィントの槍は微動だにしない。


「血の気の多いのは結構だが、この程度ではな」


ショウが腰を入れると、軽々と。槍ごとヴィントの体が浮き上がった。


「ば、馬鹿な!」

「ヴィントよ、槍から手を離せ!」

「で、殿下!?」

「私の恩人だと!粗相のないようにと言った筈だ!それを槍で突きかかるとは何事かっ!」


蒼白な顔で、珍しく怒りを露わにするセシウスを、苦笑交じりになだめる。


「心配するな、王子よ。この程度では戯れているのと変わらん」

「ですが!」

「舐めるな!テンペスト、踏み殺せ!」


セシウスの怒声を受けても、ヴィントの怒りは収まっていなかったようだ。

愛馬に命ずるが、既に馬はショウの睨みを受けていた。


「どうした、テンペスト!」

「やめてやれ。馬の忠義も立派だが、本能が邪魔して動くに動けんだろう。馬を苦しめるのが騎兵であるお前の採るべき手段か」

「く、何を偉そうに…」

「止さんか、馬鹿者ぉっ!」


と、ヴィントの動きを真に止めたのは、セシウスでもショウの言葉でもなく。


「お、爺様」


ザフィオの怒号が、ヴィントを強く打ち据えた。




案内を買って出た騎士団の護衛を受けながら、一行は再度ヴォルハート城へ向けて出発した。

ヴィントは現在馬車の中でザフィオから懇々(こんこん)と説教を受けている。

その為、一人の騎士がセシウスに馬を譲り、御者台で馬車を操っていた。



主命を無視し武器を振るった事、それを周囲の騎士の目にさらした事、そして彼我の戦力差も把握出来ていなかった事。

自らの感情を律しきれなかった事、相手をしっかりと確認していない事、事もあろうに軽々とあしらわれた事。

説教は続く。祖父に怒鳴られて半分程に小さくなった姿を見て、ショウとしては槍を突きかけられた事は忘れて、軽い同情を覚えていた。


「ザフィオ殿。強い忠義の為せるわざよ、あまり責めなさるな」

「ショウ殿。そう言っていただけるのは有難いのですが、それでは示しがつきませぬでな」

「確かにそちらについては短絡的であったように思うが」


突きかけられた当人にかばわれて許しが出るかと明るくなった顔が、返された言葉に途端に暗くなる。分かりやすい。

もう少し感情の制御を出来ないと、確かに今後も問題が起きるだろう。


「まあ、俺も討たれてしまっていれば問題になったかもしれないが、今回は誰も傷つかなかった訳だし」

「万が一そんな事になってしまったならば、儂がこの馬鹿孫の首を刎ねます」


だろうなあ、と。

思ってしまうから問題なのか。それを反射のように言える事が問題なのか。


「一時の感情に流されてしまうということは、挑発されれば容易く陣を離れて突貫しかねないという事。己一人はそれで良いかもしれないが、残された者がそれで崩されればどうなるか!」


説教は続く。


「…ちなみに、そんな事になってしまった事が?」

「以前に一度、盗賊団から挑発を受けて突出してしまった事が」


結局その時には、布かれた罠の全てを踏み越えて盗賊団を散々に蹴散らしたそうだが、相手が規模の大きい軍だったならば。ショウが不快に感じてやる気になってしまっていたならば。


「そうやって感情の制御をおざなりにするから、近衛騎士団でも団長『代理』止まりなのだろうがっ!」


いや、その年齢で代理なら凄かろうよ、と。

そこまで突っ込めば流石に矛先がこちらに向きかねないので、ショウは二人に背を向けて寝転がった。



自分に向けてではない説教は、一眠りするにはそれほど苦にはならなかった。

…助けを求めるヴィントの強い視線だけが、どうにも背中に痛かったが。

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