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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~獣の絶地訪問編
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外道の体現者

なんとか―セシウスから入場料を提供してもらったショウと汀は闘技場への入場を許可された。

当然、事情を知ったセシウスとヴィントも同行してくる。


「…そう言えば師匠には本来、護衛料を支払わなくてはいけない状況でしたね」


苦笑いでヴィントに金貨袋を預けるセシウス。


「と言いますか、師匠がこちらの大陸に来てからそれなりに経ちますよね…?」

「実際に銭を支払わなくてはいけない機会が今の今までなかったというのが自分でも驚きだわ」


蒼媛国では使うのでまったく金銭に関わって来なかった訳ではないのだが。実際蒼媛国でも凄腕の業剣士であったり鬼神討ちであったり汀の旦那であったりという諸々の理由で、金銭の支払いが発生する事自体が稀だったのだ。

汀と揃って、お金を持っていない事に対する危機感が薄いのは確かだった。


「済まないな、セシウス」

「いえ。入場料自体は大した額じゃありませんでしたから。…やはり儲けるのは賭けの方という事なのでしょう」

「それで、師匠。鬼気を扱う者はどちらでしょうか」


観客席から見下ろした時、ちょうど手甲をつけた仮面の男に対して、もう片方の男が大きな斧を叩きつけるところだった。


「あら、凄い腕力」

「あの斧使いですか!」

「いや、鬼気を放っているのは手甲の方だ。見な」


殺意も露わに地面と水平に叩きつけられた斧は、直撃していれば手甲の男は誇張ではなく真っ二つになっていた事だろう。

しかし、手甲の男は無傷だった。斧の刃を手甲で受け止め、無造作に掴む。

ただそれだけで、斧の男は手も足も出なくなったようだった。

上から見るだけでも引こう押そうとしているようなのだが、微動だにしていない。

手甲の男の膂力が、斧の男のそれを圧倒的に上回っているという事だ。


「拙いな」

「ええ」

「…?師匠、何がですか?」

「手甲の男の殺気と殺意が増している。…あの斧の男、殺されるぞ」


だが、観客席から何かを出来る訳ではない。ショウが今ここから飛び降りれば万が一には備えられるだろうか、などと考えていた所で。

無情にも状況は動いてしまった。

手甲の男は『斧ごと』斧の男の体を持ち上げると、まるで埃でも払うかのように軽く左右に振った。

だが振り回された方はたまったものではなかった。

斧の男はあっさりと斧から振り落とされ、何が起きたのか分かって居ないようだった。

その横っ面を、今手放したばかりの斧の柄が殴り飛ばした。

ひどく不吉な音が、上の観客席まで聞こえた。


「ち、胸糞悪いものを見たな」


斧の男はびくびくと強く痙攣している。そして何より、生命力が急速に薄れていくのが分かる。成程、こうなってはもう手の施しようもないだろう。

あっという間の事に、呆然としていた観客達が騒ぎを上げ始めた。

曰く、


「また殺しやがった!これで何人目だと思っていやがる!」

「ここは好き勝手に殺しを楽しむ場所じゃあねえんだぞ!」

「もうてめえには賭けねえ!筆頭に殺されちまえ!」


等。

どうやら手甲の男のやり口は、観客達にはすこぶる受けが悪いようだ。

だが男は一切頓着せず、倒れている斧の男に歩み寄ると、その潰れかけたような、砕かれたような顔面に無慈悲にも手甲を打ち下ろした。


「惨い…」


撒き散らされる鮮血。上がる悲鳴、怒号、怨嗟。

無理もない。


「セシウス、あれはここの禁止事項に抵触していないのか?」

「厳密には明文化されてはいませんが、不文律としては。不慮の事故などはありますが、殺してしまう前に止めるように、と」

「で、ですが陛下。それではあの男の所業は追及されるべきではないのですか?」

「恐らくもう助からないから止めを刺してやった、と言い出すのだろう。苦しむことなく送ってやった、とかな」


あれだけの殺意を乗せていたのだから言い訳にも程があるが、おそらく大きく間違っては居ない筈だ。

間違いなく殺しにかかっている。卓越した技術の差を見せつけた挙句に瀕死にし、回復はしないからと無情に止めを刺す。

そしてショウ自身は、そういった男に一人、心当たりがあった。


「…ッ!」


と、観客席から投げ込まれた器が男を直撃した。

痛みはなかったようだが、中に入っていた汁物が仮面にしっかりかかってしまっている。

男は特に躊躇もなく仮面を外すと、懐から取り出した布地で拭き始めた。

その顔つきは。


「…生きていたのか。どこかでのたれ死んでいるかと思ったが」


小さく溜息をつくと、ショウは踵を返した。

突然のショウの行動に、汀達はショウの行動に困惑げだったが、素直についてきた。


「どうされたんです?旦那様」

「…あの男は顔見知りです。俺の顔を見られると逃げられる恐れがあった」

「ではやはり、東国の?」

「ああ。業剣を以て相手の命を奪うことで業剣にその魂が宿り、より強靭になるという外法の信奉者だった」

「国を捨てたのは―」

「そちらは俺達の手配だ。理論だけならまだしも、実践を始めたからな」


追放どころか、海上で仕留めるように指示をしたと聞いていたが。

ショウはショウで、会った事も手合せをした事もあったが、まだ幼い時分の事、それほど勝率は高くなかった。

それだけに彼が罪によって処断されると聞いた時には、裏切られたような思いがしたものだった。


「ユンの奴に段取りをつけてもらわないといけないな」

「段取り、ですか?」

「ああ。一度闘技場には出ないと約束したばかりだ。約定を破る事になってしまうなら、事情ごと説明してしまった方が早いからな」


ショウは歩みを止めず、振り返る事もなく闘技場を後にしたのだった。

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