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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
10/122

武神への途

更に一昼夜が過ぎた。

明日にはジェック将軍の領地に入るという。襲撃はまだない。

ショウは、セントモレスの近くで『セシウス王子の死』がまことしやかに伝わっているとしても、それでフォンクォードの陣営を騙せるとは思っていなかった。

焼死体があったとして、それがセシウスのものであると誰が信じるか。偽装であるとして、疑われるのはまずはディフィ達である。

今回の肝は早馬だ。早馬がどこかで確保されたとして、セシウスを討つには騎馬を使わなくては間に合わない。

無論、討手うっては出しているのだろうが、既に向こうはセシウスの命に見切りをつけて別の手を採っているかもしれない。

フォンクォードの背後にムハ・サザム帝国があるならば、高い確率でジェック将軍の暗殺に動くだろう。王位継承権の高さよりも、大河の長砦を知悉している名将の存在を脅威として。

実際のところ、王の暗殺にかかるのとほぼ同時に動いていても不思議はない、とショウは思っていた。

王権の存在を無視するならば、フォンクォードがどのような形で王位を継承しても、潰すだけだから問題はないだろう。

強硬手段に出ないのは、昨日学んだムハ・サザム帝国の国情が影響していると思われる。

強大な勢力を持ち、実力主義のムハ・サザム帝国の傘下には、戦わずして属国となる道を選んだ国も少なからずあるという。人種・性別を問わず才能ある人士じんし重用ちょうようする以上、戦わないに越したことはないからだ。

戦って死者を出し、恨みを残しては登用とうよう自体が上手く運ばなくなるし、皇帝に密かに復讐心を抱く者が出世すれば、その身を危うくするだけだ。

そして、イセリウス王国を強引に簒奪さんだつさせないのは、策に任せて蹂躙じゅうりんしてしまえば、現在傘下となっている国々にとっては疑心暗鬼を生ず材料になってしまうからだ。

恐らく、この辺りが手段を変える分水嶺ぶんすいれいになるだろうとショウは思っていた。

その為にも、ジェック将軍には無事で居てもらわなくてはならないし、セシウスの即位を手伝うと告げた以上、そこまでは責任を持って力を貸さなくてはならない…。



「シグレ様」


と、そんな事を取り留めもなく考えていたショウに、セシウスが声をかけてきた。


「何か?」

「シグレ様は先日、ハンジ=サンザシを追うのは役目であるが、目標は別にあると仰っておりましたね?」

「ええ、武者修行を」


少し緊張感が薄れてきて、暇になったのだろうか。無理もないが。


「そんなに強いのに武者修行をされるのですか?」

「…そうですな。偽りなく素性を話すと申し上げた手前、それもお話しておくべきでしょう」


と、寄りかかっていた姿勢から居住まいを正す。


「俺の業剣は、銘を『蒼媛あおひめ』としています」

「国の名前、いや、守神もりがみ様の御名みなですか…」

「本来は別の銘がありますが、不遜ふそんにてその名を直に申し上げる事が出来ないもので」


無論、国号でもあり守神でもある名を名乗るのも通常ならば不遜に過ぎる。


「名をつけてくれたのは師匠である先代蒼媛。その娘に当たる当代蒼媛の名が、我が業剣には銘として刻まれています」


その鮮やかな蒼には、その名が似合うだろう。と。

師が平伏する自分に笑いながら述べた言葉を思い出す。娘を頼むぞ、と続いたことも。


「俺の師匠は先代ですが、この武も、この心も、捧げ奉るべき相手は当代蒼媛と定めておりましてな」

「…それはつまり」

「まあ、愛情というやつです」


いつでも鮮やかに思い出せる、その蒼を思い出す。自分の刃よりも深く美しい蒼色の髪と、透き通った瞳を。



と、少し顔を赤らめていたセシウスが疑問符を浮かべた。


「でしたら、それこそ鬼神討ちとなった今なら、問題ないのではありませんか?」

「ええ。婚約は済ませておりますし、ただ娶る娶られるだけならば確かに問題はない」

「ではどうして」

「鬼神もそうですが、神性の寿命は人のそれを大きく上回る。…それはご存知ですか?」


鬼神の寿命はおよそ七百年と言われる。それも『気が向いて天上に昇る年齢』の平均であり、彼らは基本的に不死だ。


「人の寿命は長くても八十年。今を添い遂げても、生涯を共にするとは決して言えないのが現実」


そして、そのようにして別れを迎える鬼神ばかりだ。鬼神は存外に一途な質で、後添のちぞえを得る者は多くない。


「ですが、それが分かっているならば足掻あがきたいと思っておりましてな」


要領を得ないショウの言葉に、セシウスは納得できていないようだ。


「それが、武者修行とどのような関係が?」

「業剣士は、剣を交えた相手の魂の格が高いほど、その魂が洗練されていく、という話はしたと思いますが」


頷く彼に、続ける。


「人である業剣士が、鬼神と打ち合い倒すことで、鬼神討ちと呼ばれる存在になるように。異国の神性、そしてそれに近しい魂の輝きを持つ者と闘う事で、自らの格を高める」


今は亡き、自らが打ち倒した鬼神、豪公ごうこう。その正気である頃に聞いた、一つのみち


「武神。人が研鑽けんさんにて至りうる神性ですな。俺は武神となって、当代蒼媛と生涯を添い遂げる。その為に武者修行をしたいと思っているのですよ」


荒唐無稽こうとうむけいでしょう?と笑うショウに、だがセシウスは笑わなかった。


「成程。よく分かりました。ショウ様のその夢が叶いますよう、私も尽力出来たら良いのですが」

「いやいや、昨日のお話を伺って、だいぶ助かりました」

「昨日…ああ、大陸の情勢の話でしたね。気になる相手が居られましたか?」

「竜、戦乙女、そして獣の王。機会があれば北方大陸の魔人とも一度刃を交えてみたいものです」


と、セシウスの頬が僅かに歪んだ。笑顔を崩さないのは流石だが、獣の王の名が出た事に不安を感じたのだろう。


「ああ、誤解のないように。俺は斬り殺す事に拘っている訳ではないので。刃を交えてその強さに触れ、勝とうと負けようと魂の格は上がりますのでご心配なく」


セシウスを安心させるように、にこやかに笑う。あくまで武者修行は腕試しであり、辻斬りではないのだから。


「正々堂々と挑みますし、断られたらそれはそれで仕方のないことですからな」



と、ショウはそこで言を切った。腰を浮かせ、意識を後方に向ける。


「…シグレ殿?」

「殺気が寄って来ている。騎馬です。…数が少々多いな」


百騎とまではいくまいが、十や二十ではなさそうだ。幕をわずかに開き、様子を窺う。


「鎧と兜の形が揃っている。正規騎士ですかな。…弓に番えた槍の紋章の旗、これは?」

「流石シグレ様、この距離でよく見えますね」


同じく、目を細めて見やるセシウスだが、遠すぎてまだ見えないだろう。姿かたちは豆粒に近い。


「弓に槍を番えた紋章は、間違いなく伯父の旗です。爺!追手だ!急げるか!」

「距離は!」

「弓は届かんが、魔術なら来る距離だ!」

「少し厳しいかと!」


ザフィオが馬を急かすと、目に見えて動きが速くなった。だが。


「…向こうの方が速いな。はしる騎士を斬るには躊躇ちゅうちょは出来んか…しかし」


先に正規騎士に攻撃を加えるのは、政治的には口実を与える事になってしまう。これはジェック将軍にとっても、セシウス個人にとっても痛手だ。

だが、距離を保って矢を射かけられれば、魔術で狙われては。数の暴力から二人を護りきるのは、距離が縮まれば縮まるほど非常に難しくなるのは分かり切っていた。

受け身ではまずいと判断し、馬車から飛び降りようとしたショウの耳に、だがまた違う方角から蹄の音が聞こえてきた。


「新手か!?」


横合いから取りつかれたら、飛び降りるのは悪手だ。珍しく躊躇するショウだったが、


「ノスレモス伯の騎士団と存ずる!ここより先はヴォルハート領である!武装しての侵入には、何らの意図がおありであるか!」


辺りに響いた大音声だいおんじょうに、上げかけた腰を下ろした。こちらはどうやら向かう先の騎士であるらしい。


「…この声?」


セシウスも反応する。だが、反応の質が少々違う。



と、こちらを覆い隠すように集結した騎馬部隊が、向かってくる騎兵の前に立ち塞がった。

突っ切る訳にも行かず、立ち止まる追手。


「こちらの馬車には、我が国の重臣の方々がおわす。それを追い立てるとは、どういう御了見か!」

「い、いや、こちらには身分を詐称した犯罪者であると報告が上がっておりまして」


どうやら、こちらの声の主―大分若い人物であるようだがーの方が、


「であれば、誤解であることをこちらが証明致そう。もうよろしいな?」

「…はっ。それでは、我々はこれにて」

「お役目ご苦労と存じます」


去っていく騎馬が間違いなく見えなくなるのを確認してから、先頭の騎馬が取って返した。

一回り大きな白馬に跨った、偉丈夫である。


「殿下!ご無事ですか!」


大音声はこの男だったらしい。よく通る良い声だが、些かやかましい。


「不肖ヴィント・ウルケ!御身おんみの盾となるべく、ここに推参!」


槍を構えるその姿は、確かに堂に入っていた。


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