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独裁者シリーズ

独裁者最後の言葉

作者: 細目諒解

 夢を追う


 それはとても尊い行動だろう


 それはとても美しい行動だろう


 だけど、いつかは夢は覚める

 

 一炊の夢の如く覚める


 夢が覚めた時に夢は叶わないものだと誰もが気づくだろう


 夢は儚いからこそ尊く美しく見えるものだ


 これは夢が覚めたことも気づかず追い続け夢敗れた男の話


――――――――――――――――――


 終わるだろ


 終わるだろ


 私の命はもうすぐ終わる


 


 男は目を覚ました。男は寝ぼけていている様子だったが、覚醒していくにつれてカビ臭いにおいが鼻に伝わり昨夜は湿気が高かったためか服が汗でべたついている感覚が鮮明になっていく。

 私は昨夜から行っていることを思い出し机の前につく。暗い暗い独房の中で遺書のようなものを書いている。本来はそれを遺書というが、私の場合は勝手が違う。

 遺書とは生きている大事な人に自分の想いを遺すものだ。伝える相手のいない私の遺書は遺書であって遺書でないのだろう。

 私は天涯孤独の身だ。

 家族も友も私が殺した。

 もう何人殺したのか全然覚えていないが一人だけなら覚えてる。その一人しか思い出せない。

 彼は自分の憧れだった。


 自分を皇帝になれたのは彼がいたから。


 皇帝として数十年間国を治めていたが、不思議なものだ。元は乞食をしなければ生きていくことも困難だったのだから。


 彼に出会い、彼と共にいたからこそ今がある。

 彼に会わなかった私を見てみたいものだ。


 そんなことを彼に言ったら彼は笑いあるかも解らない未来を問おうなんて無理な話だよと言ってくるのだろう。現実主義者の彼らしい一言が。


 私と彼は全くと言っていいほど性格が違った。真逆といってよい。だからこそ私は彼に憧れて彼は自分には持っていないものを持っていた私と共に行動を行っていたのだろう。

 私は彼に憧れていたが、気に入らない所も多々あった。いつも誰よりも才覚があったくせに先頭に立とうとせずに周りにいつも譲る所だ。多分、彼と決別し処刑したのは彼のその性格が気に入らなかったことはあるのだろう。

 私と彼は古い仲間たちと共に反乱の軍として旧国家を倒し新たな国を建国した時もそうだ。彼は国が出来たら我々の元を去り、新たなことをやろうとも考えていた。そのころだろうか。私と彼の間に溝ができ始めたのは。


 男が昔の事を思い返していると遠くから革靴の足跡が音が聞こえてきた。巡回に来た職員だろう。

 「八番、お前に面会が来ている」

 職員は男の元に近づいてくる。男の服装は下級の職員とは違い、帽子を被っている所からこの刑務所の所長であろう。

 私は今、八番と番号で呼ばれている。ましてや私の名を呼ぶことはこの国では現在禁じられている。この国一の悪と言われている私は名を呼ぶことは私を支持していると言われてしまうようだ。そんな私の元に面会とは……

 所長と面会人が私に近づいている中、違和感を感じた。まず、所長自ら呼ぶなんて普通あり得ないことだ。次に私に面会が来ているなんて。何万人も虐殺しあと数時間後にはこの世界には存在しない、愚かな男に会いに来るなんて、新政府のお偉いさんにも変な奴もいるもんだな。

 私はそんな所で結論を出した。考えなくともすぐに会う人間なのだから会ってから対応を決めれば良い。考えなさすぎはいけないが、考え過ぎも如何なことだろう。


 「ここでいいわ。

  席を外してもらえますか」

 どんな男かと思ったら聞こえてきたのは女性の声だった。


 「しかし、この男は戦犯ですし。あなたをここまで連れてくることも多々不安だと上の者からも多々注意を受けております。それにあなたとこの男の話の内容は伝えることになっています。ここで目をつむることは任務のために行えません」

 所長は正論を並べて私とこの女性の会話を聴視しようとする。ここの所長は裏では囚人に苛虐を行い、自らの鬱憤を晴らしているらしい。

 それにしても女性の声には聞き覚えがあるが、声の主が思い出せない。

 

 「この後すぐに殺されてしまうの人なのだから目をつむってくれない。私がこの男に恨み辛みを言っていたと言えばみんな納得するわ」

 私はこの人物に恨みを持たれることをしたのだろう。残念ながら殺した人間については一人しか覚えていない人間だ。恨みつらみを言われったって非常に困る。


 所長は断固としてダメといった表情をしている。

 女性の方はそんな所長を見て服の中から小包を出し、

 「ならばこれでどう?」

と言った。

 所長の顔が変わった。小包の大きさからしてこの男の半年分の給料はあるだろう。

 「わかりました

  終わったらよんでください」

 革靴の音を鳴らしながら所長は離れていった。

 あの程度の金に買われるのだからあの男は盆暗なのだろう。いや、寧ろこんなことは当たり前なのだろうこの世界では。

 所長に連れられてきた女が静かに抑揚なく呟く、

 「愚かな人」と。


 そして一歩前に歩き、

「久しぶりね」

 俯いているため彼女の顔は見えていないが、声は恨みを持つ相手に対して言わない、寧ろ彼女が言ったように旧知な間柄の人間に声をかけているようだ。声に聞き覚えがあるから本当に知り合いなのだろうが思い出せない。そんなことを考えながら顔を上げると予想外の人が立っていた。なぜなら彼を処刑した後、自ら命を絶った彼の妻であった。


 「もう一度言うわ、お久しぶり」

 男は信じられないと言いたそうな唖然とした表情をしている。驚きで声もでないのだろう。 

 「どうしたの、鳩が豆鉄砲を受けたような顔をして」

 男はやっと状況が飲み込めてきたらしく少し考え彼女に声をかける。

 「どうして君がいるのだ。

  彼の後を追ったのはないのか」

 彼女は一瞬男のことを憐れんだような目で見てきたが、すぐに男に微笑み彼の問いに答えた。

 「彼が処刑された後、逃げ出したの。

  それに仲間も手伝ってくれたのよ」

 抑揚なく事実を淡々と返してきた。

 彼女が生きていたのは彼女を助ける者たちがいたからだった。それは彼を慕っていた者たち、共に闘ってきた者たち、そして、男が殺した者たち。男は先からまでは思い出いだそうとし、思い出せずにいた昔の仲間たちだった。


 「そうか、彼らが君のことを助けていたのか」

 自然とそんな言葉が出ていた。


 「あなたも意外と元気そうね。

  独房に入れられているって聞いたからもっと悔しがっていると思ったのだけど、案外元気そうね」

 私の言葉を無視に色々と今思いついたことを言ってくる。多分、本題とは関係なくどうでもよいことなのだろう。 

 彼女は昔から自分の言いたいことをなかなか言わないそんな女だった。


 そして私は尋ねることとした。いや、尋ねねばならない。

 「君は何のために此処まで来た」

 男は彼女にここへ来た理由を問うた。


 彼女はきょとんとした表情をしたが、すぐ元の凛とした表情に戻って言った。

 「彼の想いをあなたに伝えておこうと思って」

 

 男にはすぐに彼の事だと分かった。

 「あいつの想いか。

  あいつは俺に何か残してでもいたのか」

 何とも彼らしいことだ。

 死ぬ時まで人のことを心配するなんて。自分のことでも考えれば良いものを。


 彼女は私に一通の封筒を渡してきた。

 私は受け取り外観をみる。封筒は茶色なのだが、それは元々の封筒の色ではなく、汚れや日焼けによって変色してしまった色だ。このことに私は彼が死んで相当な時間が経ったと痛感させらされた。

 中を開けると四つ折り便箋が入っていた。便箋の方は封筒に入っていたためか汚れや日焼けは見られない。

 紙の端と端を持って開こうとするのだが、開くことが出来ない。何故だ。

 それは簡単な理由だ。単純な理由だ。男の指が震えている。それゆえ男はこの便箋を開くことが出来ない。男は本能的に直感的に気づいている。この手紙は危険だと。彼が死ぬ間際に男に対して書いたものだ。他の者にでなく男に対してだ。つまりこの手紙は重いのだ。重い想いのだ。男が今までやってきたことを無に返してしまう可能性もある危険なもの。


 男は便箋を封筒にいれ、女の方に突き出し、

 「これは返す

  私には読むことはできない」

 これが俺に出来る最善策だ。臆病者である俺が俺を貫くための最後の手段だ。


 彼女は私の腕から手紙を取り上げた。

 そして、彼女は私の顔一度を見て今度は下を向き呟く。

 「.....いで」

 呟きが小さくうまく聞き取れない。


 「ふざけないで」

 彼女は先ほどと違い大声で呟いた。

 独房で突然の大声だったため周りの囚人が何事かと騒いでいる。

 

 周りが騒いでいることなんてお構い無しと彼女は私に言ってきた。

 「彼が最後に遺したものなのよ。

  他の誰でなく、あなたのために遺したものよ。

  あなたは見なければならないの。

  彼は最後まであなたの事を心配していたの。

  あなたに対して自分に出来る最大限の事と言ってこれを書いたの」

 彼女は手に持った彼の手紙を自分に突き出している。彼女の手をよく見ると震えている。私はそっと彼女の顔を見ると泣いていた。

 泣いていた。いつどんな理不尽な目に遭おうが、どんなに悲しい事が在ろう常に涙を見せなかった彼女が泣いていた。自分のために泣いていたのだ。


 「わかった。

  その手紙をかせ」

 俺はそう言って再度彼女から手紙を受け取った。やっと覚悟を決めたのだろう。自分が逃げてきた物から。

 俺は四つ折りの便箋を広げた。

 数十年前よく見た懐かしい文字が見えてきた。読む前に便箋の最上段を見たが、俺の名は初めから伏せて書いていた。見られた時の配慮だろうか。彼女が俺以外の人物に渡すまで誰にも見せないことは最初から分かっているだろうに。


『■ ■へ

 キミがこの手紙を読んでいるのはいつだろうか。

 一つ言えることはキミがこれを読んでいる時は僕は既に死んでしまっていることだ。


 僕は自分がいなくなることはさほど気にしてはいないけれど、キミや妻のこれからが非常に心配だよ。妻の事は仲間たちに任せたから心配というほど心配ではないのだけれど、誰も止めてくれる人がいないキミの事は本当に心配だよ。

 キミと共に平和な世界を作りたいという子ども染みた夢を抱いて闘ってきたけれど、僕は平和な世界なんて無理だと思っていたよ。

 元々は没落した家を復興したいという自分勝手な気持ちを持って戦ってきていたし。だけど、共に反乱軍に入って戦っていくにつれどこまで自分たちは成長としていけるか考えると興奮で恐怖という気持ちを忘れていったよ。いつの間にか反乱軍のリーダーとして沢山の仲間と戦い勝利した。

 でも、国を滅ぼして建国するとなったとき初めて恐怖を抱いたんだ。自分たちにこの国をまわしていけるのか。そして今まで戦い殺していったものは未来の自分たちではないかと思ってしまった。そしたら怖くなってしまったんだ。

 それで僕は国家元首を立つことをやめた。そして、一番信頼してるキミを国家元首に推薦した。あの美しい理想を持っているキミなら国を正しい方向に道治いてくれると信じて。僕はそのまま政府の中に入らず、一から始めることにしたんだ。

 キミは上に立つことで初めて気付いてしまったんだね。平和な世界なんて子どもが抱く儚い夢だって。

 そこからキミが変わっていくのはこの国の情勢を見るだけで予想がついてしまった。理想のためにその意見が食い違うものを一方的に弾圧していくキミの姿が。僕は後悔したよ。キミを国家元首にしてしまったことを。キミの理想を汚してしまったことを。

 僕は止めなければならないと思った。キミはこのままでは自ら理想を否定しまうと分かってしまったんだ。キミをこんなことにしたのはキミを国家元首に押し上げてしまった僕の責任だったから、僕が止めなければならないと行動に移した。

 そして僕はこの状況だ。

 こう書いてみると迷惑な話だな。今まで自分を信じ共に闘かい、全てを託した僕が突然キミを殺そうとしたから。

 キミは理想を否定出来ても捨てることは出来ないだろう。理想のためという理由で無数の命を奪ってきた。だからキミは理想を捨ててしまえば奪っていった無数の命に申し訳がないと思っているのだろう。

 だから理想に反対するものは容赦なく切り捨てていくのだろう。

 自分が奪った命は間違えがないと信じて。



 最後になるがキミは自分が目指したものが間違っていたかも知れないと悩んでいるかもしれない。後悔してしまっているかも知れない。でもこれだけは覚えててくれ、キミの理想は美しく儚く素晴らしいものだ。忘れないでくれ。そしてこの理想を持っているキミは誰よりも素晴らしく憧れていた。僕の事を忘れて、どんなに辛くとも理想に向かって戦っていってくれ。


 キミの生涯の友 ○○より』


 「俺は、俺は、なんてことを」

 男の目から取り留めのないほどの涙があふれてくる。彼を殺した頃から一度も流していなかった涙があふれている。


 泣いている男に驚いたのか女の顔は、目を見開き硬直していた。女はその後どうしてよいか分かっていなかったような表情をしていたが、男にまるで腫れ物に触るように聞いてきた。

 「なんて書いていたの」


 「なんでもない。

  俺に俺らしく生きていってくれって」

 涙が便せんに落ち、文字が霞んでいっている。もうこの手紙を読むことは出来ないのだろう。もうすぐ読む相手も死んでしまっているから問題はないのだろう。



 「あなたは彼の約束を守れた?」

 彼女はさっきとはまるで違い今度は優しく聖母のような顔に見えた。


 「俺には国家元首は身が重くてずっと仮面をかぶっていたよ。でもいつの間にかやっていた行動に何の疑問を持たなくなっていったよ」

 男は本性を独裁者の仮面を被り隠してきたが、長い年月被り続けたため顔も仮面と変わらなくなってしまった。仮面というのは被るものであって隠すものではなかったのだ。隠すのに最適なものは覆面くらいだ。しかし、仮面が取れた今でもこの罰という仮面を被っている。


 「今はどうなの」

 彼女は先ほどと変わらず聖母のように見える。

 もし変わるのは今だけかもしれない。今だけなのだろう。俺は目をゆっくりと瞑った。

 彼は俺に俺らしく生きていってくれと書いていてくれた。あとわずかな時間だが、この約束を守ることが出来るかもしれない。彼の想いを無駄にせず生きるためにはこれしかない。


 「大丈夫、生きているよね」

 ずっと目を瞑り黙っていたためか、彼女が心配して声をかけたようだ。すぐに死んでしまう男に対してかける言葉ではない。


 「ああ、もう大丈夫だ。

  問題ない。後は死を待つだけだ」

 男は先ほどと全く違う力を持った言葉で女に伝えた。強い意志や想いを持った言葉だった。


 「そう、もう心残りはないのね。

  すぐにあなたの死刑が行われるわ」

 彼女は唐突に俺に終わりを告げた。だが、もう大丈夫だ。

 兵士が3人で男を取り囲み外に連れ出していく。


 「わかった。

  伝えてくれてありがとう。

  最後の頼みだが、この部屋にある俺の遺書を処分してくれないか。あれは虚構の塊だから」

 男は女に頼みごとをいう。

 「ええ、心配しないで。誰にも見せずに処分するわ。勿論、私もね。

  もう最後ね。さよなら」

 女は男の頼みごとを聞き、あっさりと別れの言葉をいう。


 「ああ、またな」

 俺は彼女の別れに対し、再開の言葉で返す。

 手を後ろに組み縄で縛られ外へと連れられていく。


 死刑場に出た途端、四方八方から喚声が響く。高い矢倉にいるため広場の周りが有象無象が騒ぐのが見える。この広場にこんなに人が集まっていたのは十数年前に俺達が以前の王を処刑した時が最後だった気がする。つまりあの頃の王が今の俺の姿か。そう思うと不思議と笑いが込み上げてきた。

 男はギロチンの中に首を入れられ目隠しをされた。

 

 覚悟を決め待っていたら一人の兵士が俺に問うた。

 「なにか伝えたいことがありましたらいってください。

  私が責任を持って伝えます」


 いつ死んでも良かったが、こう考えると人生の最後に言葉を残すのも悪くないと思った。

 「だったら一つ頼む。

  俺は......」

 


 終わるだろう


 終わるだろう


 私の命は今終わる


――――――――――――――――

 男は死んで夢破れた


 男が死んでも夢を追う者は夢を追い続け、現実を見つめる者は現実を見つめ続ける


 夢に辿り着くものは夢と現実を見据え行動したものだけ


 男の夢は誰もが平和に生きていくことができる理想の世界


 しかし、そんなものは現実には存在はしない


 理想の世界つまり理想郷の起源


 理想郷の起源はどこにもない場所(utopia)

 

 どこにもないからこそ理想が美しく尊い


 男の夢は在り方から否定されていた


 それでも人は夢を目指し続けるだろう


 叶わないと気付かずに

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― 新着の感想 ―
[良い点] 綺麗な文章で、とても読みやすかったです。 [一言] 切なく悲しいけれど、どこかで納得せざるを得ない、落ち着く気持ちになります。現実に理想を求め続けても、結局は幻想に過ぎない…世界は理不尽で…
2015/01/22 00:08 退会済み
管理
[良い点] 内容が、とてもいいと思います。 掲げた理想が夢物語だったと認められないまま、破れた夢に突っ走ってしまった悲しみが伝わってきました。 また、前後の詩の部分の表現に、センスを感じました。テーマ…
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