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サムライとぼく

作者: 丸屋嗣也

サムライにささぐ。


 サムライに会ったことがある、なんて言ったら、きっと君は笑うと思うんだ。

 だってそうだろ? 今、まちのまんなかでぐるっとみわたしてもちょんまげをゆってる人なんてどこにもいない。カタナをさしてる人だってもちろんいない。まちに出てみればすぐにわかる。ちょんまげよりもヘンテコなかみがたにしている人はいるし、カタナみたいな形をしたカサをさしている人はいるけど、サムライはきっといない。そんなの、言われなくても、君にだって分かることだと思うんだ。

 でも、ぼくのそばには、サムライがいた。

 今日は、その話をしよう。

 ぼくにとっていちばんだいじな、友だちの話だ。


 そのサムライは、ぼくのおさななじみだったんだ。

 とはいっても、最初からサムライだったわけじゃない。なにせ、ぼくは昭和の終わりの生まれで、あいつはぼくと同い年だ。え、「ショウワってなんだ」だって? ああ、少し昔のことだよ。でも、だからといってかんちがいしちゃだめだよ。ショウワには、もうサムライなんていなかった。君とおなじように、ティーシャツにジーパンが当たり前だったんだよ。

 最初は、あいつもそうだったんだ。ぼくと同じように、ティーシャツとジーパンすがたでファミコンをやったりくっだらないギャグまんがをまわしよみしながらゲラゲラ笑ってた。フツーの子どもだったんだ。

 でも、あいつはある日、サムライになったんだ。

 あれは、ぼくらが十五才の時だった。

 あいつ、たしか女の子にふられたんだ。――おいおい、そこは笑うところじゃないぞ。おとこっていうのは、しょうぶしなくちゃならないときだってあるんだよ。しょうぶしただけかっこいいじゃないか。それはとにかく、あいつはとてもじゃないけど手のとどかない女の子に恋をして、みごとにふられちゃったんだ。

 そして、どうやってあいつのことをなぐさめようか、と考えていたぼくの前にあらわれたあいつは、ちょんまげすがただったっていう寸法さ。しかも、左のこしにはカタナをさしてた。もっともそのカタナは、ビニールのやわらかい、おもちゃのカタナだったけどね。

 もちろん、ぼくはきいたよ。どうしたんだ、って。そうしたらあいつ、なんて言ったか、そうぞうつくかい?

 あいつ、こう言ったんだ。

「おれは、サムライだったんだ。昨日分かった」

ってさ。

      ○

 その日から、あいつはサムライになったんだ。

 最初はがっこうのせいふくにカタナを差していただけだったのに、気付けば服も和服にかわった。もちろん、そんなことをしたら怒るのが先生だ。でも、怒る先生に、逆にあいつはやりかえしたんだ。

「これが俺の人生だ!」

 その言葉がきいたのかどうなのかわからないけれども、がっこうでもあいつはサムライみたいなかっこうができるようになったんだ。

 でも、サムライのかっこうになってから、ぼくいがい、だれもあいつに近づかなくなった。それまではけっこう人気者だったんだよ。でも、みんな、きみわるがったみたいだ。でも、あいつはせいせいした、と言いたげに鼻をふくらませていたっけ。

 でもね、きっと、ぼくらのいきている時代に、サムライなんていちゃいけないんだろう。

 あいつは、サムライである、ということで、ずいぶんとバカにされてたんだ。

 おかねをかせごう、ってコンビニではたらこうとしても、サムライすがたのあいつははたらかせてもらえなかった。友だちのひいき目はあるだろうけど、あいつ、やさしいしまじめなやつなんだ。でも、ちょんまげにカタナを差してるすがたを見ると、大人たちはみんな真っ赤な顔をして怒るんだ。

 さすがに、ぼくはあいつに小言を言ったさ。

「おまえ、そんなかっこうでバイトにやとってもらえるわけないだろ」

 でもあいつは、あっけらかんとしてた。

「なら、それはそれでいい」

って。

 そんなやつだったけど、こうこうとか、だいがくとか――、ああ、ちゅうがっこうよりもさらに上の学校だよ―― にもなんとかもぐりこんだんだ。ま、もともとがんばることのできるやつだからね。

 でも、どうしても、仕事につくことができなかったんだ。

 なんで? だって? だってそうじゃないか。きみたちのお父さんを思い出してみろ。きっと君たちのお父さんは、かみの毛をポマードかムースで固めて、ネクタイを首にまいて電車にゆられてるだろ? どこにカタナを差したサラリーマンがいるっていうんだい?

 あいつはがんばってた。でも、サムライをやとってくれる会社はなかったみたいだ。

           ○

 たぶん、そんなころだ。ぼくとあいつは、二人してお酒を飲んだんだ。ふしぎなもんだけど、おとなになっちゃうと、お酒を飲まないとほんとうの自分の言葉をしゃべれなくなっちゃうんだ。昔はあれほどじぶんのほんとうの思いをぶつけあってたのにね。へんなもんだね。

 お酒を飲んだぼくは、アイツのことをしかったんだ。

「サムライのかっこうなんてやめろ。そんなかっこうをしてるから、仕事につけないんだ」

 って。

 でも、あいつはビールのあわでひげをつくりながら、わらってた。

「このかっこうをやめるくらいだったら、岩に頭を打ちつけて死んでやる」

 ぼくは聞いたよ。

「なんでそこまでサムライにこだわるんだ」

 すると、あいつは真っ赤な顔をしながらそれでもわらってた。でも、今にして思うと、そのえがおは、どこかかなしそうだったな。

「だって、おれはサムライだから」

 アイツは言ったんだ。

「意味が分からない」

 そう言ってやると、あいつはちょんまげをいじりながら、さびしそうな顔をしてた。

「おれにも分からない。でもさ、おれ、好きな子にふられた日にわかったんだよ。おれはサムライなんだ、って。とつぜん、わかっちまったんだ。っていうより、サムライとしてしか生きていけないんだ、ってことがわかったんだ」

 わけがわからないのは、きっと君だけじゃないよ。それを聞いてたぼくだって、あいつの言ってることがよくわからなかったんだから。そして、これはぼくの想像だけれども、きっとあいつだって、じぶんの言っていることの意味なんて分かってなかったと思う。

「どういうことかはわからないけど、おれはサムライなんだ」

 でも、今のぼくには、わかる気がするんだ。

 きっとあいつは、ふとしたときに、じぶんがサムライなんだと――、水とまじりあうことなくただよいつづけるしかない油なんだ、ってことに、きづいたんだ。きっと、十五才のとき、女の子にふられたときに。そして、あいつは、サムライとしてしか生きていけない、ってことに、きづいてしまったんだろうね。

「サムライはサムライとしてしか歩いていけない」そう、あいつは言った。「自分からにげることはできないから。だから、おれはこのカタナにちかって、ずっとサムライとして歩いていくんだ」

 あいつのかかげたビニールのカタナは、ひどく軽そうだった。

 それが、あいつを見た最後だったんだよな。

 ぼくが、君のお父さんと同じようにネクタイをしめて満員列車にゆられるようになってから、一年くらいあとのことだったかな。

 あいつ、十階建てのビルから、とびおりちゃったんだよ。


 きっとあいつは、守ろうとしていたんだろうね。

 サムライである、じぶんのことを。

 自分のことをおしつぶそうとしたものから、ひっしで逃げようとしたのかもしれない。そして、もう逃げ場が空にしかなかった、それで飛び出した、というだけのことなのかもしれないね。


 でもな。

 ぼくは、思うんだ。むせきにんだ、とも思うけど。

 今、ぼくは文章を書くのが仕事なんだ。みんなはすきなことしてていいね、って言うけど、意外にたいへんな仕事でね、さいきんは、なんとなく、あいつの気持ちが分かる気がするんだ。でも、それでも、思うんだ。

 ぼくとおなじく歳を取って、素敵なサムライになってるあいつと話したかったな、って。

 もし、あの世なるものがあって、そこであいつに会えたなら、しかってやろうと思ってるよ。たとえ、お酒を飲んでなくっても。心っから。


 この話にはなんのきょうくんも、人生のヒントもない。

 でも、もしかしたら、役に立つかもしれない話だ。

 え、「お前の作り話なんだろ? 作り話が役に立つか」って?

 ああ、作り話だと思ってくれてもいい。この話がほんとうかどうかなんて、ぼくにしかわからないんだから。

 でも、その作り話が、苦しいところに立たされてこまっている君のことを助ける日が来たのなら、これ以上の幸せはないな。

 きっと、あのサムライも、かおを赤くしてよろこぶと思うんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言]  全俺が泣いた。  ある日、突然サムライになった「ぼく」の友だち。ちょんまげにビニールの刀を腰に差し、その恰好で、友だちはその日から過ごしてゆく。皆から忌避され、就職ができなくても、「なら、…
[一言] こんにちは拝読しました。 最後の「ぼく」と同じ、無責任ではあるけど、あの世なるもので会えたなら叱りたくなるかな。素敵なサムライになってほしかったと…。 余韻があるとても印象に残るお話でした。…
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