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魔女と過去と母親と

「ねぇ、ララは魔女なんだろ?」


 疲れを含んだエリクの言葉の真意がララには汲み取れた。

 何故、転移魔法を使ってエレスカに向かわないのかということだろう。

 その理由はいくつもある。

 だがしかし全てを語るのはとても面倒で、ララは口角を上げてこう返した。


「わたしはあんまりすごい魔女じゃないからね。一度に三人転移させるのには時間的にも距離的にも途中までしか無理なんだよ」


 もしいつか彼らが真実を知ったらどう言うだろうか。

 ララにはララなりの考えがあるのだが、それをヒトに理解出来るだろうか。



 力を持つ者がヒトと上手く共生していくためにと、魔女にもいろいろな制約がある。

 その制約を取り締まり、時に誰かを裁くのが諮問機関(ギアス)だ。

 制約を破ればその者にはある種の呪いがかけられる。

 とはいっても、ほとんどないに等しい前例ですら何かを禁止される程度の軽いものばかりである。


 当然、制約にも探せば抜け道のようなものが存在するのだが。


「ララって変わってるね」


「どこが?魔女界ではなかなかの平凡だけど?」


「他にもたくさん魔女がいるの?」


「まあね」


 しかし子ども相手では、あれやこれやと聞かれてばかりで困る。

 それが二人となればなかなか返事も面倒になってきた。

 こんなことならエレスカまで一気に転移した方がマシだったかとさえ思い始める。


「ねえ、月夜と犬のお話を教えて」


 ひとしきり聞き終わったかと思えば、レイラが思い出したかのようにそう言った。

 ララはうーんと唸り声をあげた。

 勿体ぶっている訳ではなく、あまりララ自身にとってもいい思い出のある話ではない。

 むしろ都合のいいように美化されすぎているお伽話であり、真実を知る者からすれば苛立ちさえ覚える。


「んー…それはまた今度ね。家に何かしら本でもあるだろうから」


 元はと言えば自分が蒔いたタネであるため、嫌だとも知らないとも言い逃れ出来ず、苦し紛れにそんな返事をした。

 レイラは少し残念そうな顔をしたが、すぐにその意識も他へ逸れる。


「ねぇ、エリク!ララ!見て、海…っ!」


 ササラを出、途中の町から出ていた馬車に乗ってからどれくらい経っただろうか。

 レイラが見ている方向には太陽の下に波打つ海が広がっている。

 もうすぐで、あの村へ着くのだとララは物思いに耽った。


「あれが海…キレイだね」


 どうやら初めて海を見たらしい二人はじっと食い入るように外を見ている。

 この世界の半分以上が海なのだと言えば驚くだろうか。

 きっとこの子ども達は純粋で、疑うことはしないだろう。

 知らぬ間にララは瞳を閉じ、すっかり眠ってしまっていた。




*****




「フォトリア!」


 まだ耳に慣れないその呼ばれ方に一瞬それが自分だとは分からずに無視してしまいそうになる。

 最も、相手が相手なだけに無視をしてやれば良かったとも思ったのであるが。

 振り向いた先には何やらイライラしているゲイル。

 その原因は分かっていたが、彼の説教を聞いていると日が暮れてしまうだろう。

 ララはくるりと元の方向へ向き直り、ようやく花を咲かせたセリク・レライの樹を見上げた。

 耳に心地のよい鈴のような音が風に乗って聞こえる。


「貴様、聞いているのか!」


「聞いてないかな。…厳密に言うと聞きたくない。君の小言を聞いてるヒマがあるなら昼寝がしたい」


 ララがそう返すと一瞬怯んだゲイルは舌打ちをした。

 いつもそうだが今日は特別に虫の居所が悪い。

 イライライラと地面を叩く足音が気になった。


「…仕方ないから聞いてあげようか。どれ、何の用かな?あと、あんまり音立てないでくれる?」


 ふぅ、とわざとらしい溜息をついたララは言った。

 彼の苛立ちの原因は自分でもあることは間違いないのだが、それ以上に何やらややこしいことになっていそうだ。

 その眉間にはいつもより深いシワが刻まれている。


「アンファング殿から聞いた。あの森に住むらしいな」


「あの森?フォミアのこと?」


 ララが首を傾げると、ゲイルはああと頷いた。

 それだけでなんとなく彼が何を言いたいのかが分かった。


「何故、あの森に?特にお前のような魔女が住むのは危険だろう」


 ララは喉を鳴らして笑った。

 きっとあの年寄りも彼も、彼女が何かをやらかさないかと不安なのだろう。

 あの森の近くには「魔女狩り」が最も盛んだったと言っても過言ではないような街がある。


「わたしが制約を破るとでも?」


「お前は保身という言葉を知らんからな」


「…充分に知っているつもりなんだけどなあ」


 ゲイルはララを鋭い眼差しで見た。

 しかしララはと言えば、大して気にした風ではない。





「おい」


 もうあの呼び方すら面倒くさいらしい。

 ララはムッとした顔でその声の主を見た。

 その隣では、陽気に笑っているその相方がいた。


「怒ってんのかよ、嬢ちゃん」


 見た目同様の陽気な声が言った。

 ララはその言葉には応えず、手短に呪文を唱えた。


「うわっ!何すんだよ」


「…八つ当たり?」


「ゲイル、お前も何とか言えよー」


 はあとわざとらしい溜息をつく彼の隣でゲイルはフンと鼻を鳴らした。

 その様を見てようやくララはにやりと口角を上げる。


「フラムス、この悪ガキには何を言っても無駄だ」


 ゲイルのつれない言葉にフラムスもが口角を上げた。

 パチンと彼が指を鳴らすと、ララの呪文でびしょ濡れだった身体から水分がいとも簡単に蒸発していく。


「――ところで嬢ちゃん、あの森に住むんだってな」


 乾いた赤銅色の髪を軽く手で整え、フラムスは本題を切り出した。

 こいつもとめるつもりなのかとララは身構えて黙り込む。

 フラムスはゲイルと違って一癖ある。

 上手く丸め込まれてしまうかもしれない。

 ララのそんな考えに気付いたらしいフラムスはククッと喉を鳴らした。


「なあに、俺は引きとめる気なんてさらさらない。ただ、呪いのことが気掛かりでな」


 不穏な響きをもつ言葉にララはピクリと肩を揺らした。

 フラムスはその様子を見逃さなかった。


「お前の母親も、なかなか難しい女だったよ」


 その言葉にララの表情が失くなる。

 そしてゲイルの眉間には更にシワが増えた。





*****




『さようなら、ルイーゼ』


 あの美しく透き通った声が言った。

 その容貌は以前とは変わり果て、美しさの欠片も感じられない。

 ただその姿に怯えていた。


「…かあさん」


 絞り出した声は掠れていて、きっと目の前の母には届いていないだろう。

 いつの間にか濁った空色の瞳は、ぼんやりと自分を見ている。


「いやだ…」


 ゆっくりとしわくちゃの手が喉に伸びてくる。

 ぐっと強い力で、長い爪が皮膚に食い込んできて肌には血が滲む。

 苦しい。

 どうして母がこんなことをするのだろう。

 あんなに愛しいと、優しく抱き締めてくれていた腕なのに。

 意識が朦朧とし、訳も分からずに涙が溢れた。


「た…すけ、て…」


 更に込められる手の力に、ついに意識を手放した。

 最後に聞いたあの声が遠くで何度も反芻される。



「――よかった、目が覚めたみたいで」


 まだ頭がボンヤリしているのだが、誰かがそう言ったのが聞き取れた。

 しかしそれが誰であるのかの判断は出来なかった。

 視界に飛び込んでくる光が眩しい。

 すぅと空気を吸い込むと、胸が一杯になって吐き出すことも出来た。

 ああ、まだ生きているんだと分かった。


「…母さんは?」


 自分が生きているのであれば、母はどうなってしまったんだろうか。

 怠い手を喉元に伸ばし、触れると痛みを感じる。

 やはり母は自分を殺そうとしたのだ。


「んー…僕には上手く説明出来ないや。僕が不穏な気を感じてこの家に入った時には…君の中にあのひとが吸い込まれて(・・・・・・)いってたんだ」


 彼の言葉に驚き、勢いよく体を起こした。

 それと同時に全身に激痛が走る。


「…っ!」


「大丈夫?」


 慌てた様子で彼は駆け寄り、そっと背を支えてくれる。

 その温かい腕の感覚に痛みが消えることはないがホッと安心するような気がする。


「――これは…」


 彼の琥珀色の瞳が驚きを示す。

 服の袖を捲られ何事かと思えば、露わになった腕には何かの模様を象ったようなアザが出来ている。


「呪い、か…」


 そう呟くように言った彼の言葉が俄かには信じられなかった。






*****




「……ララ!」


 随分長い間眠っていたらしい。

 二人掛かりで体を揺すられて、ゆっくりと目蓋を開く。


「大丈夫?疲れてるの?」


「…いや」


「力、使いすぎちゃったの?」


「ううん」


 交互に尋ねる二人に首を振り、ララは一つ欠伸をした。

 そして両手で、その小さなそれぞれの金髪頭をくしゃくしゃと撫でる。


「ちょっとだけ、寄り道するから」


 そうララはいつものように笑みを浮かべて言った。




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