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Scarlet Tears  作者: ミカミ
12/12

番外編 The way of justice.

大変お待たせいたしました、本編の後日談です。

投稿が遅れてしまいすみません。いろいろありました。

今回は番外編ということで、本編ではできなかったことに挑戦してみました。

それではお楽しみください。

※まだ本編を読んでいない方は、ネタバレ注意です!

 悲劇的なバッドエンドから始まった私の物語は、数えきれない遠回りと仲間たちの協力の末に、その結末をハッピーエンドへと導くことができた。

 そこに至るまでの道のりはけして要領良くとはいかなかったけれど、それでも無様ながらに私は私の望んだ未来を勝ち得ることができた。

 こうして、私——レミリア・スカーレットの物語は結末を迎えたわけだけれど、じゃあそれと同時に私の生涯までもが終わってしまうなんてことは全然なくて、エピローグはこれからも途切れることなく延々と続いていく。

 本に書かれたお話は、最後のページの最後の行を読みきってしまえばそこで完結する。もちろんその先の展開はわからないけれど、それはわからないだけで、ないわけじゃない。

 貧しい少女と王子とが結ばれた幸せな王国に攻め入る国があるかもしれないし、賢い青年に一杯食わされた悪徳商人が、その後青年を暗殺することだって充分にあり得る。けれどそれを余すところなく記せば蛇足になってしまうから、物語は区切りのいいところで自ずから幕を引く。

 だって、その方がずっと美しいものね。

 何事も引き際が肝心。それは舞台の幕にしたところで同じということなのでしょう、きっと。

 だからこれから私が語るのは、徹頭徹尾蛇足の物語。明確な終わりのない、ある一時を切り取った備忘録。

 日記文学のような格調高い語り草を私は持たないけれど、それでも知りたいのなら……いいわ。肩肘張らずに聞いて頂戴。

 きっと、暇つぶしにはなると思うから。



 その日、誰に起こされるでもなく目を覚ました私は、拍子抜けするほどの清々しさにちょっとした感動を覚えていた。

 普段なら咲夜の呼びかけにも布団を被って応じないくらいに寝起きの悪い私だから、今日の寝覚めのよさはほとんど奇跡的と言ってよかった。

「んー……」

 軽く伸びをして天蓋付きの寝台から身を起こし、窓際を見やる。ワイン色のカーテンの隙間からは僅かに朝日が差し込んでいた。私は吸血鬼だから、その習性としては日中眠って夜起きるというのが一般的な生活習慣なのだけれど、今日のように夜眠って朝に目覚めるというのもさほど珍しいことじゃない。

 極端な話をすれば、私のような妖怪変化にとって睡眠は重要性の低いものであって、人間のように必要に駆られて眠るというよりは、私たちの睡眠は趣味嗜好としての性格が強い。だからその気になれば私も昼と夜となく起きていられるのだけれど、それでも毎日律儀に眠るのは——どうしてかしら?

 今までとんと考えたことがなかったけれど、もしかしたら私が人間だったころの習慣を踏襲しているのかもしれないわね。

 今のところ、咲夜が私を起こしに来る気配はない。呼べば来てくれるのだろうけれど、ちょっとした考えを閃いた私は、結局ベッド脇のサイドテーブルにある呼び鈴には触れなかった。

 薄手のネグリジェからワンピースへと着替え、私は部屋の扉を薄く開いて周囲の様子を窺う。

 赤絨毯あかじゅうたんの敷き詰められた廊下に立ち働く給仕の姿はなく、辺りはしんと静まり返っていた。

「大丈夫そうね」

 私はほくそ笑んだ。と言うのも、これから私が実施する「抜き打ち監査」の行く末を色々と想像したからだった。多分この時間(咲夜が私を起こしに来ないくらいの早朝)なら、みんな私が眠っていると思い込んでいるはずだから、その思い込みを利用して今から召使いたちの働きぶりをチェックしようという計画だった。もちろん、誰にも見つからないように。

 普段彼女たちが私に見せることのない「裏の顔」を想像すると、頬が緩んで止まらなかった。もし今鏡を覗き込んだなら——ああそうね、そこには何も映らないのだった。

 気を取り直し、期待に胸を膨らませつつ、私は扉を開いて部屋の外に出る。

 そこで、咲夜に遭遇した。

 初めこそ「あら?」といった表情を浮かべていた咲夜は、

「おはようございます、お嬢様。その様子ですと、咲夜が起こしに行く必要はなかったようですね」

 しかしすぐに普段の表情を取り戻すと、私に如才ない挨拶を向けてくれた。

「あー……」

「? どうかなされましたか、お嬢様?」

 咲夜が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。眉を下げたその表情に、私は計画の失敗を悟った。

 この感傷は、頑張って造り上げた積み木のお城を崩された時の悲しみに似ている。「期待と喜び」の感情を「あっけなく」壊されたところなんて、もうそっくりだった。

「あ……いえ、何でもないのよ。ちょっと、悲しいことがあったというか」

「……お嬢様に害なす者がいるならば、私が消してきますが」

「ありがたいけれど、少し荒っぽいわね。いいのよ咲夜。気にしないで」

 そこを気にされると、先ほどの理屈に従って咲夜が消されなければならなくなるからだった。せっかく私が救った命、無駄にされてはかなわない。

「お嬢様がそう仰られるのでしたら、わかりましたわ。お食事に致しますか?」

 それ以上のことを咲夜は追及してこなかった。この辺りの切り替えの早さは、私が彼女を買っている部分のひとつでもある。

 咲夜の言葉に、頷く。

「そうね、そうしよう——」

「お姉様ぁっ!」

「——かしらッ!」

 話し途中で背中をどつかれ、私の台詞は崩壊した。

 何事かと後ろを確かめるまでもなく、私に急襲を仕掛ける者は紅魔館にひとりしかいなかった。

「ちょっと、離れなさい、フラン!」

「やぁん、そんなつれないこと言わないでよお姉様ぁ」

 我が妹——フランドール・スカーレットは私の背中に飛びつき、腰周りに両腕を回してがっちりと離さない。

 かつてフランと殺し合った記憶が、私にはある。けれど咲夜の死を回避したこの時空において、フランの騒動を含む諸々は起こらなかったことになっているため、私のいた「惨劇の起きた世界」と今の世界との間には幾つかの相違点がある。その影響のひとつが、フランにも及んでいるというわけだった。

 まず挙げられるべきは肉体の変化で、今をもって私の身体を締め上げているフランの体格は十二歳程度のそれにまで成長している。私には及ばないまでも、いくらか女性らしさも見え始めてきた。性格は相変わらずやんちゃで計り知れないところがあるけれど、過度な残虐性はなくなった。更生したというのか改心したというのか、ともあれすっかり毒が抜けた感がある。

「離れなさいと言っているでしょう、フラン!」

「離さないよ! フランのお姉様への愛はこんなものじゃ伝えられないんだから!」

 しているうちに、私の腰骨が折れた。すぐに再生したけれど、痛いものは痛い。

「咲夜、咲夜! 何とかしなさい、咲夜っ!」

 必死で咲夜の名前を呼ぶも、彼女の助けはおろか返事すらなかった。見回すと、いつの間にか彼女の姿が消えている。「姉妹水いらずにしてあげよう」という気を利かせたのであれば、彼女には後できついお説教をしなければならない。

「ねぇお姉様ぁ。フランといかがわしい遊びをしよう? ただならないあれこれにのめり込もうよ~」

「わかった、わかったからその腕を離しなさい!」

 並の人間なら軽く二百回は死んでいるであろう締め付けは、さすがの私にも耐え難いものがあった。離してさえくれれば、もう何でも良い痛い痛い痛い!

「本当に?」

「本当よっ、本当だから早く!」

「やったあっ!」

 フランは両手を天井に掲げて万歳の姿勢。ようやく私は解放される。

「けほっ、けほっ……肝臓が……」

 小躍りするフランをよそに、私は廊下に手をついて激しくむせる。

「お、お嬢様……? あの、お客様がいらしたのですが」

 と、それまで私のエマージェンシーコールを無視し続けていた薄情な咲夜が、私の前に現れた。

「けほっ……客……?」

 個人的には咲夜をここで小一時間問い詰めたい気分だったけれど、来客とあれば仕方がない。

 立ち上がりつつ、咲夜に問う。

「誰が来たの?」

「霊夢です。博麗霊夢が来ましたわ」

「霊夢……?」

 かつてしのぎを削り合った友人の名は、なぜだかやけに私の胸をざわつかせた。



「へえ、こんな部屋があったのね」

 賓客用の応接室に通した霊夢が真っ先に口にしたのがそれだった。

 物珍しそうな目で室内を見渡し、壁の絵画や調度品を触ったりしている。このままでは彼女の好奇心に際限がないので、キリのいいところで私は霊夢を席に促した。

「前に通したことがなかったかしら? それに霊夢は何度もうちに来ているから——」

 言いかけて、気づいた。

 この野性的なおてんば(だった)巫女は、確かに今まで幾度となく紅魔館このやしきにやって来たけれど、それらはいずれも不法侵入じみた来訪であって、こうしてまともな客を迎えるように霊夢を通したのは初めてだった。

 何の挨拶もなく玄関扉を開け放つのはもはや日常茶飯事で、前には窓を破って入って来たこともあったし(重軽傷者四名)、私のあずかり知らないところで勝手に家の食料をつまんでいたこともあった。とかく神出鬼没で行動の基準が読めないというのが彼女のパーソナリティーで、メイド妖精たちの評判もすこぶる悪い。

 彼女の迷惑ぶりと手のつけられない強さを皮肉って、「一人天変地異」なんて仇名をつける者までいる始末だった。けれどそれも昔の話で、今となっては霊夢の性格も年相応に落ち着いている。だからこの部屋に通したのが初めてだというのは、彼女が近頃あまりここを訪れなくなったからに過ぎない。

 ここは咲夜の生きている世界だけれど、こと霊夢に関しては取り立てて変わった部分もないようだった。

「どうぞ」

 私の対面に座った霊夢に、咲夜が最適なタイミングでお茶を出す。咲夜にもいろいろと話したいことはあるのだろうけれど、ここでの彼女はあくまで給仕に徹していた。

「ありがとう」

 にこやかに礼を言う霊夢に咲夜は無表情だったけれど、きっと内心では目を丸くしているに違いない。

 霊夢は出された紅茶を美味しそうにすすると、

「今日はね、ちょっと頼みたいことがあって来たのよ」

 私が問うよりも先に、本題を切り出した。

「頼みたいこと? 私に?」

「もちろんそうよ。ここでメイドはないでしょ」

「わからないわね、そのセオリーは」

 うちのメイドは有能なのよ。

 咲夜は相変わらずの澄まし顔で私の傍らに立っている。知らない人が見れば、精巧な人形と見間違えてしまいそうだった。

「それで、私に頼みたいことって何かしら?」

「今度、ふもとの集落でニンニクの収穫があってね」

「……」

 手伝えと?

 いえ、冗談でしょう、おそらくは。

「あれ、まさか本気にしてるのかしら? 冗談よ、冗談」

 案の定それはジョークだったようで、霊夢はころころと笑う。

「ひとつ言っておくけれど。私、ニンニク平気よ」

「あらそうなの? ならちょうどよかったわ」

 そう言って霊夢が服の中から取り出したのは、

「これ、少ないけど。おすそ分け」

 ニンニクだった。

「きゃあっ!」

 驚きのあまり、私は椅子ごと後ろにひっくり返る。したたかに頭を打ち、しばし立ち直れない。

「お嬢様っ!」

 咲夜が素早く私を助け起こしてくれるも、かと言って霊夢に晒した醜態までもがなかったことになるわけではなかった。

「ちょっと、大丈夫なのレミリア!」

 少しして、霊夢が歩み寄ってくる。

「ほら、ニンニク食べて元気出して」

 突き出した手には、口にすることはおろか口に出すことさえおぞましい、悪魔の食物が握られていた。

「やっ、やめて……近づけないでっ!」

「え? だって好きなんでしょ?」

 これは完全に確信犯でしょう。目が笑っているもの。

「さ、咲夜……助けて」

「御意!」

 少し離れたところから私たちのやり取りを見ていた咲夜は、私の言葉を聞くや否や腕を横薙ぎに振るった。

 投げナイフだった。

 咲夜の手を離れたナイフは正確に霊夢のニンニクを貫き、直進して壁に突き刺さった。

 部屋の壁にニンニクが縫いとめられた光景は、なかなかにシュールな絵面だった。

「はぁ……危なかった」

「何よレミリア。ニンニク平気って言ってたじゃない」

 霊夢が気持ち悪い笑みをこちらに向けてくる。くっ……この後に及んで……。

「そっ、それはそうだけれど、でも途中で明らかに気づいていたじゃない!」

「さあ、何のことかしらね~」

 そっぽを向いて口笛を吹く霊夢。やたらと上手いのが何とも不愉快だった。

「……さて、と。じゃあお遊びもこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか」

 ふざけた表情から一変、真面目な顔つきになる霊夢。子どもじみているのか大人びているのか、あるいはその両方の人格を兼ね備えているのが博麗霊夢という人間なのかもしれなかった。

「できれば最初からそうしてほしかったものね」

「堅苦しいのは苦手なのよ。ごめんなさいね」

 柔和に笑う霊夢。こういうところは憎もうにも憎めない。はっきり言ってずるいと思う。

「……いいわ。要件を聞かせて」

「妖怪退治よ」

「……えっ?」

 思いがけない霊夢の台詞に、私は思わず聞き返してしまう。

「今日私がここに来たのは、あなたに妖怪退治の依頼をするためなのよ」

 妖怪……退治……?

 言葉の意味を咀嚼そしゃくするまでもなかった。

「……何を言っているの霊夢? それは紛れもなくあなたの仕事でしょう? それとも、私の協力を仰ぎたいということ?」

「違うわ」

 ふるふると首を横に振り、霊夢は私の言葉を否定する。

「今回の戦いに私は参加できない。だからこうしてあなたを頼っているのよ。私にできるものなら、ひとりでさっさと解決しているわ」

「何か特別な理由があるということね」

 見たところ元気そうだし、体のコンディションが悪いというわけではなさそうだけれど……。

「理由というか、因縁というか……私としては歯がゆい限りなんだけどね」

 霊夢にしては珍しく、返って来た答えはいやに歯切れの悪いものだった。

 その歯切れの悪さごと流し込むようにカップの紅茶をあおり、霊夢は続ける。

「妖怪の山の化狸連合ばけだぬきれんごうは知ってるかしら?」

「……ええ、知っているけれど」

「レミリアに倒してほしいのは、そこの頭領なのよ」

「えっ? でも……」

 狸連合の頭領だったら私も知っている。直接会ったことはないけれど、豪快かつ仲間思いの良い親分だという噂は、紅魔館にも流れて来ていたから。

「あそこの頭領は、とてもそんな退治されるようなことはしないと思うけれど」

「そうね。あの大親分が連合を治めていればよかったんだけど……この間、その親分が隠居したのよ」

「隠居?」

 初耳だった。

「それで跡を継いだのがその息子なんだけど、これがどうしようもない放蕩息子でね。あちこち遊び回っては人やら妖怪やらを困らせているのよ」

「頭領——ご隠居に直接言ったらどうなの?」

「もちろん言いに行ったわよ。お宅の息子が悪さをやらかして困る、ってね。親父さんもその時は何とかするって言ってくれたんだけど、後で息子に言いくるめられちゃったみたいなのよ。親父さん、息子には甘いから。昔から猫可愛がりしてたのよね」

 狸なのに猫可愛がりってのも、おかしな話だけど——と言って、霊夢は話を締めくくった。

 なるほど、大体話の大筋は掴めたけれど——。

「ようは、その息子を懲らしめればいいのでしょう? だったら別に私が出てくる必要はないと思うのだけれど」

「それが大アリなのよ」

 言って、霊夢はカップを口に運ぶ。と、そこで中身が空であることに気づき、咲夜にお代わりを要求した。

 淹れてもらった紅茶をすすり、改めて仕切り直す。

「親父さんとうちの先代が旧知の仲でね。私が手を出すと後でいろいろと面倒なのよ」

 霊夢の言う「うち」とは、おそらく博麗神社のことなのだろう。

「禍根を残す、ということね?」

「そういうことよ。さすがに狸連合が博麗神社に乗り込んで来るなんてことはないと思うけど、それでも何らかの形で彼らはけじめをつけようとするだろうから。連合本部に出入り禁止とかね。私個人として親父さんとは仲良くさせてもらってるから、それはどうしても避けたいところなのよ」

 それで、私に白羽の矢が立ったと。

「けれど、どうして私なの? 頼むなら魔理沙がいるじゃない」

「魔理沙も当たったんだけど、何だか新しい魔法の研究が大詰めとかで、手が離せないらしいのよ」

「なるほどね……」

「お願い。頼まれてもらえないかしら」

 霊夢に手を合わせて頼まれてしまっては、非常に断りづらい。

 けれど、私は仮にも紅魔館の現当主。軽々しく動くわけにはいかない。

 たとえ友人が困っていても、優先しなければならないものはある。

「話はわかったわ、霊夢。けれど私にも立場というものがあってね——」

「お礼は弾むわよ。俵詰めの納豆なんてどうかしら」

「乗ったわ」

「お嬢様⁉」

 即答だった。

「そう、よかったわ。ありがとう」

「いえ、お礼を言うのはこちらの方よ。感謝するわ、霊夢」

 テーブル越しに、私たちはがっちりと手を握り合う。

 と、咲夜が私の側に寄って耳打ちする。

「お嬢様……」

「何、どうかしたの咲夜?」

「いけません。今すぐ先ほどの決定を取り消して下さい!」

 小声で語気を強めるという器用な喋り方で、咲夜は私に反故ほごを促す。

「どうしてよ。どう考えても私たちに利益のある依頼でしょう?」

「駄目です! 第一危険過ぎますわ。お嬢様を妖怪退治に向かわせるなど……」

「あら、咲夜は私の強さを信用してないのね」

「いえ、けしてそういうわけでは……」

「ならいいじゃない。大丈夫よ。その若頭とやらに吸血鬼の恐ろしさを思い知らせてあげるわ」

「しかし……!」

「咲夜。私は自分の決定を変えるつもりはないわ。餌に釣られるようだとは思うけれど、納豆は私の大好物だもの」

「……」

「だから、それほど心配なら咲夜もついてきなさい。あなたひとりを行かせることもできるけれど、それでは手に余るでしょう」

 渋々ながら、咲夜はようやく首を縦に振った。

「親父さんは私が呼び出して安全を確保しておくから、存分に暴れちゃっていいわよ」

「そう。安心したわ」

 思えば、人に頼みごとをされて戦いに赴くのは生まれて初めてだった。散々身勝手をやってきたけれど、大義名分というものを背負うのもなかなか悪くない。

 久方ぶりの戦い。

「血が騒ぐわね」



 その後、霊夢を見送った私と咲夜は、夜を待って一路妖怪の山へと向かった。

 下手な小細工は必要ない。直接本丸に乗り込んで、若頭を懲らしめてしまえばそれで済む話だった。何とも大雑把だけれど、知に頼らなければならないほど力に困窮しているわけでもないので、このやり方で十分だった。

「麓の崖の……洞窟……あ、あったあった」

 空から探していたので、目的の寝ぐらは苦もなく見つかった。岩場にぽっかりと空いた洞穴の前へと、私たちは降り立つ。

「ここが狸連合の本部……というより、巣穴って感じね」

「そうですわね。もう少しきらびやかなものだと思っていましたが」

 実際に来てみれば、こんなものだった。

 とは言えそれは飾り気がないというだけの話で、穴自体は大柄な熊でも難なく通れそうなほどに大きかった。それに、『人を欺く』という化狸の性質を考えれば、なるほど、少しここを通りかかったくらいではこの穴の中に狸たちの上下社会が形成されているとはわからない。案外、その辺りはきちんと考えられているのかもしれなかった。

「それじゃ、行きましょ」

「いけません、お嬢様」

 中に入ろうとした私を、咲夜が制止する。

「罠が張ってあるかもしれませんわ。私が先に行きます」

「大丈夫よ。そんな、罠なんてあるわけないじゃない。本当に咲夜は心配症なんだかきゃあっ!」

 迷いなく踏み出した私の足元が抜け、月明かりに確保されていた視界が急速に暗転した。

 わけもわからないうちに腰を打ちつけ、しびれるような痛みが全身に伝播でんぱする。

「お嬢様っ!」

 頭上から咲夜の声が聞こえ、ようやく私は状況を認識する。

「……」

 落とし穴だった。

「こんな、古典的なトラップに、私が……?」

 腰を打った痛みよりも、何か大切なものを失ってしまったような虚無感の方が大きかった。

 視界が真っ暗なのは、何もこの穴のせいだけではないように思えた。

「……」

 無言のままに私は翼を羽ばたかせ、穴の底から脱出する。

「お嬢様、大丈夫ですか! お怪我は……」

「平気よ、咲夜。ただ……」

 あんなドジをやらかしてしまった後でも私のことを第一義に考えてくれる咲夜を、これからも大切にしようと思う。

「ただ?」

「いたく傷つけられてしまったわね……私の尊厳が」

「……それはお嬢様のせいでしょう」

 精一杯格好をつけて見せた私に、咲夜はどこまでも辛口だった。

 さすがに「あれほど言ったのに」とまでは言わなかったけれど、呆れた咲夜の表情を見れば、口に出しているも同然だった。

「まだ罠が残されているかもしれません。私が先行しますわ」

「……任せるわ」

 あんなことがあっては、もう何も言い返せなかった。

 咲夜に付き従う形で、私は蝋燭ろうそくの照らす通路を歩く。手持ち無沙汰に壁をいじっては咲夜にたしなめられる様は、まるで子供のようだと自嘲した。でも、それでもよかった。

 頼りになる従者で、姉代わりでもある咲夜がいない世界を、私は知っているから。

 だから、七年前なら煙たいと思っていた咲夜のお小言も、今はこんなに愛おしかった。

 姿勢よく歩く咲夜の首に、両腕を回す。

「きゃっ……お、お嬢様……?」

「ふふ……」

 あれほど手を伸ばしても届かなかった咲夜が、今はこんなにも近くにいる。

「……」

 咲夜は一度、呆れるように、微笑むように息をついたのみで、後は私のされるがままにされていた。

 そうしているうちに、突如として通路が開け、広大な空間が私たちの前に姿を現した。

 天井が突き抜けるように高い、ドーム状の大部屋。見回すと、周囲の岩壁には小部屋と思しき横穴がいくつも口を開けている。ここに来るまで土が剥き出しだった地面にはぴったりと畳が敷かれ、「酒」と書かれたとっくりが無造作に転がっていた。

「誰もいませんわね」

「そうね。まあ予想はできていたから、それほど意外でもないけれど」

 毎晩遊び歩いているという若頭が、今夜に限って寝ぐらでおとなしくしているという方が不自然だった。

「ここで待っていればいずれ来るでしょうが、最悪朝方まで帰って来ないという可能性も————っ!」

 背後からの足音に、咲夜の言葉が途切れる。

「咲夜」

「はい」

 目配せをした私たちは、素早く近くの岩場に身を隠す。

 息を潜めて待つうちに段々と足音は大きくなり、やがて下品な笑い声も聞こえて来た。この部屋に入って来たらしい。

「人数は?」

 岩の合間から顔を出した咲夜に、尋ねる。

「化狸の男が五人と——若い女性がひとり、ですわ」

 若い女性。

 大方、夜道を歩いているところをさらって来たといったところだろうか。

「その中に若頭はいる?」

「何とも言えませんが、どれも中年男性の姿をしていますので、おそらくはいないかと」

「そう、わかったわ」

 慎重に、物音を立てないようにしながら私も顔を出す。

 灯りはぼんやりと薄暗かったけれど、吸血鬼の目にはそれも些細なことだった。ここからでも彼らの様子がはっきり見える。

 若い女性は捕らえられた狸の腕から抜け出そうと必死にもがいていたけれど、そのことごとくが徒労に終わっていた。助けを呼ぼうにもここは人けのない洞窟で、その上口を塞がれていてはどうにもならない。

「んぐっ……んーっ! んーっ!」

「おーおー、元気な嬢ちゃんだぜ本当によお。こりゃあ楽しみだなあ、げへへ」

「おいおい、こいつはお頭の玩具オモチャだぜ。後で怒られても知らねえからな」

「大丈夫大丈夫、少し使ったぐらいならばれねえって」

「それもそうだな。じゃあ一発ぶちかますか」

 ぎゃははははは!

 汚い笑い声が重なる。

 ただひとり、女性だけがぽろぽろと涙をこぼして打ち震えていた。

「最低の下衆ですわね。もう少し良心のある輩だと思っていましたが、まさかここまで酷いとは」

「懲らしめる必要があるのは、若頭だけではなさそうね」

 私たちの目標はあくまでも若頭であってその手下は関係ないと思っていたけれど、こんな現場を目撃してしまってはそうも言ってられなかった。

「おらっ! おとなしくしろっ」

「いやっ……や、やめて……」

 化狸のひとりが女性を畳に押し倒す。次いで着物を脱がせようと手をかけたところで、咲夜が動いた。

「うへへ、いい身体してんじゃねえか。これならたっぷり楽しめうごっ!」

 岩陰から躍り出た咲夜の飛び蹴りが、暴漢の後頭部を鮮やかに撃ち抜く。そのまま動きを止めることなく着地し、押し倒された女性を助け起こした。

「お怪我はありませんか?」

「あ、あなたは……?」

「通りすがりのメイドです。お気になさらず」

「な、なんだっ、テメエは!」

 背後でたじろぐ狸に振り返りざま回し蹴りを決め、咲夜は残る三人を睨みつける。

「生憎と、あなた方のような妖怪の屑に名乗る名前はありません」

「な、何だと! 少し格闘ができるからって調子に乗りやがって、お前、今自分がおかれてる状況をわかってんのか」

「さて、と」

 三対一だとか、所詮は女だとか、そういった可哀想な勘違いをしている狸たちの背後に、私は回り込む。

「いくら強くたって大の男三人に囲まれちゃ絶体絶命だよなあ、おお?」

「お前が仲間たちを倒してくれた分の借りはきっちり返してもらうぜ。身体でな」

「ははは、そいつぁいい」

 すっかり勝った気でいる狸に、咲夜はゴミを見るような目を向ける。

「愚かですわね」

 世の辛酸を数多く舐めてきた咲夜は、ことこういった理不尽な悪意に関しては人一倍敏感なのだった。

「へっ、せいぜいその強気がいつまで持つか、見ものだな」

「まだ気づきませんか」

「何?」

「後ろです」

「!」

 その言葉を合図に、私は動いた。

 咄嗟に振り向いたひとりをボディーブローで沈め、残るふたりにそれぞれ上段蹴りとヘッドバットを見舞って、戦闘終了。

 狸の子分たちは五人が五人ともに気を失い、当分は目を覚ましそうになかった。

「口ほどにもなかったわね。これでは弱いものいじめと同じじゃない」

「正義とはそういうものですよ、お嬢様」

「正義、ねえ……」

 時として弱いものいじめさえ正当化するのが正義だと言うのなら、私はそんなものの味方になんてなりたくないし、なれそうもなかった。

「まあいいわ。これはただのストレス発散ということにしておきましょう」

 だから、正しさの仮面を被るくらいならば、私は身勝手な小悪党でよかった。

「あの……ありがとう、ございました。助けていただいて」

 礼を言う声に誰かと振り向けば、そこにいたのは先ほど暴漢に襲われかけていた女性だった。

 女性——というよりは、少女と言った方が近い。長く艶のある黒髪に上品な顔立ち。

 私の次くらいに綺麗な容貌をしていた。

「ああ、別にいいのよ。お礼なら霊夢に言って頂戴。これは……そう。納豆のついでだから」

「な、納豆……ですか?」

 頭に疑問符を浮かべる女性をよそに、私と咲夜は伸びた狸たちを見回す。

「どういたしますか、お嬢様」

「そうね……このままにしておいてもいいけれど、一応縛っておこうかしら。何かロープの代わりになるようなものは……」

「こちらに」

 そう言って咲夜が懐から取り出したのは、見るからに丈夫そうな麻縄だった。

「相変わらず用意がいいのね、咲夜」

「こんなこともあろうかと」

 同じく取り出した銀ナイフで縄を切り、狸たちを手際よく縛り上げていく。

 咲夜が作業をしている間に、私は女性を壁の小部屋へと退避させる。

「いい? ここでじっとしているのよ」

「はい。……でも、どうして」

「これからもう一勝負あるのよ。だから、あなたはここで待っていなさい」

「……わかりました。…………あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

「何かしら?」

「その翼……」

 おそるおそるといった表情で、女性は私の背中を指差す。

 正確には、そこに覗く蝙蝠こうもりの翼を。

「ああ、これ? 作りものではないわよ。私、吸血鬼だから」

「吸血鬼……?」

 女性の瞳が大きく見開かれる。人間にこのことを言うと大抵の場合嫌われるか怖がられるかしてしまうので、おそらくこの子もそうなのだろう。

「別に襲ったりはしないから、怖がらなくてもいいのよ」

 気休めとわかってはいても、口にしてしまう言葉だった。

「あっ、いえ、そういうわけではなくて……ちょっとびっくりしただけです」

 だから、彼女のその言葉を聞いた時、私は不意を打たれたような気分になった。

「……怖くないの?」

「はい、怖くないです。妖怪だからって怖いと思うのは偏見ですし、それにあなたは私のことを助けてくれたじゃないですか」

「……珍しい人間ね。でも気に入ったわ。あなた、名前は?」

「ミヒロといいます」

「ミヒロ、ね。私はレミリア。レミリア・スカーレットよ」

 初対面でここまで私と打ち解けてくれた人間に出会ったのは、これが初めてだった。あの咲夜でさえ最初は私に怯えていたし、霊夢と会った時は互いに敵同士だったから。

「湖の畔に住んでいるから、気が向いたらいつでも遊びに来て頂戴。一緒にお茶でもしましょう」

「……はい!」

 華やいだ笑顔で、ミヒロは言うのだった。



「~♪」

 調子外れな鼻歌が、通路の奥から響いて来る。

「ようやくお出ましね」

「そのようですわね」

 遅すぎる真打の登場に、私と咲夜は辟易しながらも身構える。

 果たして、化狸連合の若頭は遂にその姿を現した。

「ただいまー、今帰ったぞー……って、え?」

 頭に木の葉を乗せた長身の美男子は、大広間に踏み入るなり目を見開いて硬直した。

 その視線はまず山のように積まれた自分の手下(若頭が戻るまでの間に続々と帰って来たので、全て片付けておいた)のもとへと向かい、次いで並び立つ私と咲夜に注がれた。

「な、何だこれは……どうなってるんだ!」

「お帰りなさい、あなたがなかなか帰って来ないものだから、暇を潰させてもらっていたわ」

 本当なら死屍累々と積み上げられた山の上に腰掛けながらこの台詞を言いたかったのだけれど、さすがに悪趣味が過ぎると咲夜にたしなめられたので、やめておいた。

「お前たちがやったのか……僕の子分をこんな風にして、一体どういうつもりなんだ!」

「どういうつもりも何も、お仕置きに決まってるじゃない」

「お、お仕置きだって?」

「とぼけても無駄よ。あなたが最近幻想郷で悪さを働いているともっぱらの噂だから、懲らしめてやりに来たの」

 本当は納豆のために来たのだけれど、それでは今ひとつ迫力に欠けると言うか、凄みがないので、ここは嘘をついておいた。

「な、なら僕を狙えばいいじゃないか!」

「あら、あなたの手下たちも相当に悪事を働いてると思うのだけれど」

「ぐっ……くそ、僕の仲間たちに何てことを」

 その言葉に、私の堪忍袋が限界を迎えた。

「ぐあっ!」

 一息に若頭の懐へ飛び込み、首根っこを掴んで高々と締め上げる。

「仲間……? よくそんな白々しい台詞が吐けたものね」

「ぐ、ぐるじい……」

「あなたの手下が泣きながら白状してくれたわ。あなた、嫌がる彼らに無理やり悪事を働くように命令して、逆らった場合はボロボロになるまで鞭で打っていたそうじゃない」

「……!」

「今さら善人ぶったって遅いのよ。もちろん、あなたのような悪どい手下も中にはいたけれど、それはあくまでもごく一部であって、みんな人のいい性格をしていたわ。そしてそういう手下たちに限って、身体中が傷だらけなのよね」

 首を締め上げる腕に、私はより一層の力を込める。

「は、離して……くれ……頼むから……殺さないで……」

 苦痛に歪めた表情を涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚しながら、若頭は命乞いをするのだった。

 この期に及んで自分のことしか考えられない主の命など、もはや私にはどうでもよかった。首の骨が折れようがどうなろうが知ったことではないと、私が腕に全力を注ごうとしたその時、

「いけません、お嬢様!」

 私の腕を掴む手があった。

「これ以上は命に関わります。懲らしめる程度でいいと、霊夢も言っていたではありませんか」

「……離しなさい、咲夜。こんな輩は生きていたところで周りに迷惑をかけるだけなのよ。ならいっそここで殺してしまった方がいいじゃない」

「駄目です! ここで殺してしまえば、お嬢様はそんな輩にさえ劣ってしまうのですよ⁉」

「!」

 頭から冷水を浴びせられたような気がした。私の中に渦巻いていた熱っぽい何かが、急速に冷えていく。

 締め上げていた手を、離す。

「……っ、げほっ、げほっ!」

 無様に転がる若頭への殺意も、幾分か薄らいでいた。

「……ありがとう、咲夜。私を止めてくれて」

 もう少しで私は、取り返しのつかない過ちを犯すところだった。

 お天道様に顔向けをできない吸血鬼ではあるけれど。

 それでもせめて、ミヒロに顔向けできるような吸血鬼であるためには、ここで咎を受けるわけにはいかなかった。

「いえ、私はそこまでのことはしていません。もしかすれば、私とお嬢様が逆の立場にあったのかもしれないのですから」

 たまたま、私が止める立場だっただけですわ——咲夜は、どこまでも謙虚だった。仮に私と咲夜の立場が逆だったとして、私にも同じようなことができていたかと問われれば、そんな自信はどこにもないというのに。

 荒い息をつく若頭に、私は言葉を投げかける。

「あなたが自分の手下を仲間だと言い張るのなら——心の底から、大切にしてあげなさい。いつだって付き添ってくれていた仲間は、ある日突然——自分の側からいなくなってしまうものなのよ」

 若頭にその言葉が届いているのかはわからなかったけれど、彼と同じく上に立つ者として、言うべきことは言ったつもりだった。

「さあ、帰りましょう」

「はい、お嬢様」

 私たちは一路、帰るべき家へと向かう。

 仲間たちの待つ、紅魔館に。

後日談、いかがだったでしょうか?楽しんでいただけたのなら幸いです。

引き続き感想等お待ちしておりますので、どんな些細なことでもおっしゃっていただけると嬉しいです。

最後に、未熟な拙作を読んでくださっているみなさま、本当にありがとうございます。大変励みになっています。

それでは、失礼しました。

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