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Scarlet Tears  作者: ミカミ
10/12

再会 ~ A tender Deathscythe.(後編)

    5


「ん。何だ?」

 落ちたきり地面に転がりっぱなしだった帽子を拾う片手間で、魔理沙はついと後ろを振り返る。

 音の主は、行き倒れの旅人のような無防備な体勢で地面に転がる影だった。

 小柄な少女のそれを認め、魔理沙の瞳が見開かれていく。

「……! パチュリー!」

 夜目には瞬時にそれと判断できなかったが、間違いなかった。取りも直さず駆け寄る魔理沙に、何事かと小町も続く。

「おい、しっかりしろ! パチュリー!」

「待ちな! 迂闊に動かしちゃいけないよ!」

「っ!」

 うつ伏せに倒れたパチュリーを抱き起こす寸前、小町の一喝で魔理沙は硬直する。

「どきな。あたいがやる」

 この場合は、医術にある程度の覚えがあるらしい小町の方が立場は上だった。

「息は……しているね。ここまで歩いてきて倒れたってところかい。……やれやれ、生きた人間を扱うのは苦手なんだけどね。いや魔法使いか」

 悪態をつきつつ、小町はパチュリーの身体を仰向けに寝かしつけ、てきぱきと処置を施していく。

 急を要していたとは言え、無下にされた魔理沙は所在なく、手持ち無沙汰に突っ立っていた。

 傷だらけのパチュリーを前に何もできない自分が、ひたすらに歯痒かった。

 だが、今の自分にできる最善策は、極力小町の邪魔にならないよう努め、協力できることがあれば迅速に手を貸すことだ。この緊急時に、ひとりで自責の念を強くして一体どうするというのだ。

「……そう言えば、レミリアは?」

 レミリアを迎えに行く途中でパチュリーが引き返したのであれば、レミリアはここにいないはずだが、あながちそうと言い切ることもできない。注意深く、魔理沙は辺りを見回す。

 見回し——見つけた。

「レミリア!」

 藪の奥、中有の道の傍らに、レミリアもまたパチュリーと同じ体制で倒れていた。

 近づいて様子を確かめてみると、こちらも意識がない。

 下手に手を出すわけにもいかず、魔理沙は立ち尽くしたまま、倒れたレミリアを歯噛みして見つめるのみだった。

「吸血鬼のお嬢ちゃんかい。だったら心配はいらないよ。何せ吸血鬼だ。頑丈にできてるはずさ!」

 共に動けない魔理沙とレミリアのもとに、よく通る小町の声が飛んで来た。

「大丈夫……なのか。だったら」

 魔理沙は小さく頷くと、レミリアを仰向けに起こし、膝と背中の下にそれぞれ手を差し入れる。

 一息に持ち上げようとして——しかしそうする必要性もなく、レミリアは閉じていた目蓋をゆっくりと持ち上げた。

「ん……魔理、沙?」

「ああ、よかった。気がついたか」

 安堵の面持ちで、魔理沙はレミリアに顔を寄せる。

「立てるか? どこか痛いところ、ないか?」

「ええ、大丈夫だけれど……ここは?」

「三途の川だよ」

 身体を起こし、不思議そうに辺りを見回すレミリアに、魔理沙は短く告げた。

「色々あってな。お前にはここに来てもらう必要があったんだ」

 要点をぼかした説明はほとんど説明になっておらず、当然、狐につままれたようなレミリアの表情もそのままだった。

「必要?」

「じきに判るさ」

 そう言って薄く笑ったのみで、魔理沙は真相を明かそうとしなかった。

「……ふう。これで何とか、応急処置は完了だね」

 着物の裾で間に合わせた包帯を巻き終わると、ようやくのこと安心した様子で、小町は深々と息をついた。努力の甲斐あって、パチュリーの呼吸も幾らか安定したようだった。

「大丈夫だったか」

「何とかね。全く、あばらと足をやってたってのに、よくここまで歩いて来たもんだよ。いや飛んで来たのかね。まあどっちにしろ、大した根性の持ち主だ」

 とりあえず危機は乗り越えたとのことで、魔理沙も張り詰めていた緊張を解いたようだった。

「パチェ!」

 そんな中で、状況を認識できないレミリアだけが唯一、取り乱していた。

「何で……どうしてこんな、傷だらけで」

「何だ、分かんないのかい? おかしなもんだね。歩くか飛ぶかして、ここまで来たんだろ?」

「いいえ……目が覚めた時には、既にここだったわ」

「……じゃあこの薄紫の嬢ちゃんは、気絶したあんたを背負うなり何なりして、ここまで来たってわけなのかい。見上げた根性だね。だけどそうなると、嬢ちゃんの怪我の理由は目が覚めるまでお預けか。……不意討ちだったなら、分からず終いってことも有り得るね」

 ひとり思案に耽る小町の元に、

「分かんないってことはないと思うよ」

 遥か高空からかけられた少女の声は、まるで理想の遊び相手を見つけたかのように、嬉々としていた。

「!」

 地上の三人が同時に、同座標へと視線を向ける。

 魔理沙やレミリアにとっては、今更名乗るまでも、名乗られるまでもない。ひょっとすれば、地獄にさえその名は届いているのかもしれない。

 白々しく光る月を背景に、装飾過多な飾り羽根が煌めく。

「だって、フランがやったんだから」

 血を分けた姉の姿を双眸に映し、悪魔の妹は芝居がかった仕草で両手を広げ、彼岸花の咲く地上へと舞い降りる。夜風にはためく長いフレアスカートは、鮮血を思わせる奇抜な赤に統一されていた。

「やっと出て来たね、お姉様」

 所狭しと花の絨毯が咲き乱れる川岸に降り立つが早いか開口一番、フランは無邪気な笑みと共にそう言ったのだった。

「フラン……」

「なあに、お姉様」

 レミリアの剣呑な視線を受けてなお、フランの表情は綻んだまま、変化を見せない。元よりそんなことは意にも介さないといった風に、彼女は場違いな笑顔を振りまき続けていた。

「説明してもらうわ。あなたがパチェに何をしたのか。返答の次第によっては——」

「よっては? 何をどうするっていうの、お姉様?」

 レミリアの返事はなく、ただ次の瞬間には、姉妹の身体が抱き合うように密着していた。少なくとも、魔理沙と小町にはそう見えた。

「なっ……!」

 絞り出すようなふたりの驚愕が、声となってユニゾンする。

 ぽたりぽたりと、傷口から滴る血液の音さえ聞こえるようだった。

 レミリアの右腕は狙い過たず、正確にフランの左胸を貫き、赤々と生を主張する心臓を掴み出して、背中から突き出ていた。

「……」

 無言だった。

 冷たい静謐を身に纏い、レミリアは未だ脈打つフランの心臓を、虫を顧みるほどの憐憫れんびんもなく——握り潰した。

 握り込んだ指の隙間から零れた肉片は、溢れる血液と共に彼岸花の花弁を汚し、しかしそれも束の間、跡形もなく蒸発した。

「あなたには、言って聞かせるより実践した方が早いでしょう。返答の次第によっては——いや、もう何もかも遅いわね。覚悟して頂戴、フラン。今の私は少しだけ、理不尽だから。親友を傷つける輩は、たとえ妹であっても容赦なくブチ殺すわよ」

 それが不可抗力であるかのように——自分ではどうしようもないと言わんばかりに、レミリアは微笑んだ。

「……イタイヨ、お姉様」

「違うわ。私はそんなことが聞きたいんじゃない。喉を潰さないでおいたのは、あなたの戯言に付き合うためじゃないのよ」

 死神である小町をして寒気を覚えさせる程に冷え切った声色で告げつつ、レミリアはフランの血液が伝う右腕を一息に引き抜く。間髪入れずに、今度は左右の手でそれぞれフランの喉笛と頭蓋を掴み、ためらいなく引きちぎった。

 筋肉繊維と表皮と骨とが一度に結合を絶たれ、赤黒い血が首のない胴体から噴水のように吹き上がる。数秒遅れて、周囲に粘性の液体が降り注いだ。分離した妹の頭部を掴んだレミリアは、手にしたそれを思い切り地面に叩きつけ、あまつさえしたたかに踏みつけ、渾身の力で蹴飛ばした。血と土とにまみれ、汚れ切ったフランの首が不規則に転がり、やがて停止する。

「う……うおええええっ」

 その場にうずくまった魔理沙が盛大に吐瀉物としゃぶつをぶちまける光景さえ、この場においては可愛いものだった。

「さて……少しは反省したかしら、フラン?」

 物言わぬこうべに歩み寄りつつ、レミリアが語りかける。

「……ひどいよ、お姉様。フランは遊んでただけなのに」

 あろうことか、首だけの姿となったフランはそれでもまだ、生きていた。レミリアの声がした方角へと首を回し、再生しつつある潰れた目玉を、にやりと笑みの形に歪めて見せた。

 それを合図に、仰向けに倒れたまま血を噴き出し続ける首なし人形と化していたフランの胴体が、ゆっくりと起き上がる。そのままふらふらと覚束ない足取りで辺りを彷徨うと、不意に何かを見つけたように立ち止まり、主の頭を拾い上げ、帽子を被るように自分の首へと当てがった。

 それだけの動作で、フランの胴と首とは、すっかり元通りにくっついてしまっていた。ぐしゃぐしゃに潰れていた顔のパーツも、今や完全に回復している。人智を超越してもはや荒唐無稽の域へと達しつつある吸血鬼の力に、死神と魔法使いとは揃って呆然と立ち尽くしていた。

「パチェに——何をしたの」

 一方でレミリアはと言えば、芸のない手品師に向けるような侮蔑の視線を、妹に注ぐのみだった。

「何って……ふふ」

 フランはさも可笑しそうに笑い、

「ちょっと遊んであげただけだよ」

 そして次の瞬間には、フランの両脚が膝下を残して綺麗に両断されていた。再び接近したレミリアが、どういった原理か長く伸ばした爪を横薙ぎに払ったのだった。ぐらりと傾くフランの胴体は、そのままなす術なく地面に倒れるように見えて、しかしその中途で静止した。

「う……あああっ!」

 悲痛な叫び声は、レミリアのものだった。

 クロスカウンター。

 鋭く尖るフランの片翼の先端が、レミリアの右眼を深々と射抜いていた。

 姉の身体を利用して倒れることを防いだフランは、そのままふわりと宙に浮き上がり、切れたまま直立する脚の断面に乗るようにして、患部を接着させた。

「あれれ、意外と打たれ弱いのね、お姉様。じゃあこんなのはどう?」

 先程の光景とは対照的に、フランは伸ばした翼へと力を込める。

「くっ……」

 黒曜石の剣にも似たその翼をレミリアは両手で掴み、何とか引き抜こうとするが、遅かった。

「あ……く……うああっ!」

 熟れた果実に指を突き立てたような、生々しい音と共に。

 レミリアの後頭部から飛び出した黒翼の先端には、紫色の脳漿のうしょうがねっとりと絡みついていた。それでも倒れることさえ許されず、レミリアは半ば宙吊りの状態で中空に垂れ下がる。

「……あは」

 フランの口から嗜虐的しぎゃくてきな笑みが漏れる。

 鋭利な先端に頭蓋を貫通された様は、あたかも咲夜の死に際を模したようであり、違いと言えば、対象の生死くらいのものだった。

「あははは! あははははははは!」

 甲高い声で哄笑しつつ、フランは背後へと大きく跳びすさる。その際にようやくのことレミリアをいましめていた翼が引き抜かれ、少女はその場にがっくりと膝をついた。

「くっ……ハア……ハア……」

 荒い息をつくレミリアだったが、やがて落ち着いた彼女が顔を上げた時には、既に先程の攻撃で抉られた眼孔は治癒し切っていた。

 修復した右眼で、フランを強く睨む。

「やだお姉様。そんな目で見つめないで。フラン、感じちゃう…………ぷっ、くふふ、きゃははははははは!」

 妖艶な目つきをしたかと思えば、堪えきれずに笑い出す。不安定以上に無秩序なフランの情緒は、いよいよもって彼女が狂い始めていることを示していた。虚空に右腕をかざし、何もないはずのその場所から槍とも剣ともつかない棒状の物体を一振り、生成する。

「これでお姉様のお腹の中、かき混ぜちゃったらどうなるのかなあ? どぴゅどぴゅー、って血が出るのかなあ? うふふ、楽しみ」

 焦点のぶれた目を泳がせ、フランは猟奇的な言葉を延々と垂れ流す。肉親であるレミリアを持ってしても、その心情を推し量ることは不可能だった。

 天才を理解することができるのは、同じ天才だけであるように。

 破綻した思考回路を読み解く言語は、狂気以外に有り得ないのだ。

「あは、ははは、ひゃははははは!」

 過度な興奮を孕んだ笑い声が、辺り一帯にこだまする。いつフランが動き出すかわからない。今は膠着状態にあっても、次の瞬間には肺腑を引きずり出されているかもしれないのだ。たとえ即座に回復すると言っても、痛みまでを誤魔化せるわけではない。レミリアの華奢な身体に、一層の緊張が走る。

「あはははは……それじゃいくよお姉様! フランが……たっぷり愛してあげるからあ!」

 脚のバネに力を込め、フランは跳躍の体勢を取る。彼我の距離五メートルは、もはや気休めにもならなかった。

 来たる戦闘は不可避。

 飛んでしまったフランのネジは、探せどどこにも見当たらない。

 張り詰めた空気が、さらに密度を増して周囲に満ちていく。

 まず初めに、誰が動く。

 レミリアか、フランか。

 あるいは魔理沙か、小町か。

 果たして、突如フランの前に出現した人影は、その誰でもなかった。

「……え?」

 府抜けた声は、誰のものともつかない。

 介入者の出現は、前触れなく唐突だった。

 しかしこの場にいる誰もが、その姿を見知っていた。

 小町でさえも。

 知っていた。

 すらりと高い背に、月光を照り返す銀髪。身に纏われた群青色の給仕服と、純白のエプロン。腰に収まる大振りのナイフ。

 かような出で立ちの人間が、レミリアに背を向け、フランに立ち塞がる形で、大きく両手を広げていた。

「……へっ、やっと来たのか。……遅すぎるぜ」

 ポツリと漏らす魔理沙の声は弱々しいものだったが、安息の色に満ちていた。

「…………」

 驚きに目を瞠ったまま、レミリアはさながら氷漬けにされてしまったかのように硬直していた。

「……どいてよ。フランはお姉様と遊びたいの」

 興を削がれたといった様子で至極つまらなそうな声を出すフランにも、人影はふるふると首を横に振るのみで応じない。

 しばしの間、睨み合いが続く。

 先に音を上げたのは、フランだった。

「……あーもう、つまんないの。わかりました。フランはもう帰ります。……また遊んでね、お姉様」

 レミリアへと向けた最後の言葉だけは、いやにうら寂しげな語調だった。言い終えるや否や、フランは揚力の全く期待できない翼を羽ばたかせて、どこへともなく飛び去った。周囲に満ちた緊張の糸が、一気に緩んだ感覚を、魔理沙は覚えた。

 フランが去っていくのを見届け、そこに害意の消失を認めると、人影は広げていた腕をゆっくりと下ろした。心なしか、その後ろ姿は安堵したようでもある。

「ささ、感動のご対面だぜ。私たちがいたら野暮ってもんだ」

「言われなくてもね、あたいはここを辞退するつもりだったよ。こういうむず痒いの、あたいは苦手さ」

 空気を読んだ小町と魔理沙が、そそくさとその場を後にする。途中、一度だけ魔理沙は振り返り、よく通るその声をレミリアに向けた。

「レミリア! うまくやれよっ!」

 レミリアは応じなかったが、それでも魔理沙は満足げな顔で頷くと、「さ、退場退場~」と呟き、両手を頭の後ろで組んで、歩き去った。

「咲夜……咲夜!」

 震える唇に力を込め、万感の思いでレミリアは叫ぶ。

 もう二度と会えることはないだろうと、諦めて、それでも諦めきれなかった彼女の姿が、そこにあった。

 やがて、彼女は振り返る。

「……はい」

 レミリアを向く満面の笑みが、会いたかったと告げていた。

「咲夜……ううっ……」

 抑えきれない涙を、それでもこらえようと懸命に唇を噛み締め、しかし両の眼から零れ落ちる雫はぽたぽたと地面を濡らし続ける。

 もつれる足を強引に動かし、レミリアは駆け出す。

 何度もつまずき、転んで、脱げ落ちた帽子を拾うこともせず、ほとんど転がるようにして咲夜の胸に飛び込んだ。

 そうしてそのまま、しばしみっともなく泣き続ける。

「咲夜、咲夜……会いたかった」

「寂しい思いをさせてしまいましたね、お嬢様。……メイド失格ですわ」

 この時ばかりは咲夜もレミリアに最大限の甘えを許し、ただ優しく抱き締めて、多くを語ろうとはしなかった。

 やがてレミリアは、思う存分涙を流すと、つもりに積もった心中を、感情に任せて語り出した。

 咲夜を失い、それっきり抜け殻のようになってしまったこと。来る日も来る日も泣き続けていたこと。

 紅魔館当主の立場を弁えない、それは最低の振る舞いだったということ。

 そうとわかっていながら、何もできなかったこと。

 包み隠さず、全て話した。

 言葉足らずなレミリアの話を、しかし咲夜は終始笑顔で、全てを受け入れるように聞いてくれていた。

 そして、思いの丈を吐き出し切ったところで、レミリアは咲夜に向けて言う。

「さあ、帰りましょう。咲夜」

 皆の待つ、紅魔館へ。

 しかしながらここで、それまで微笑みを絶やさなかった咲夜の表情が、初めて曇った。

「……お嬢様。残念ですが、それはできません」

 非常に言いづらそうに、しかし咲夜は言い切った。その言葉は、幸せに満ちた時間の終わりを、無情にも——無常にも、示しているようだった。

「えっ…………どうして」

 不意を打たれた心地で、レミリアは咲夜に問い返す。

「私は既にこの世を去った身です。本当ならここにいることさえ許されないところを、幻想郷の皆様の働きかけで特別にお嬢様と会わせていただいているのですわ。実を言うと、もうあまり、時間もありません」

 悲しげな面持ちで、レミリアは俯く。しかしそれも一瞬、気丈なそれへと表情を変え、

「わかったわ」

 とだけ告げる。

「お嬢様……」

 本当はもっと話をしたいのだろう。甘えていたいのだろう。

 共に——同じ時間を過ごしたいのだろう。

 咲夜とて、それは同じだった。

 もっと長い時間、限られた尊い時間を、レミリアと過ごしたかった。

 しかし、レミリアはそれを表に出すことなく、強く立とうとしている。

 ならば、それを自分が邪魔してはならない。

 むしろ、積極的に背中を押してやらねばならない。

 咲夜にとって、それは何より嬉しいことであり——反面、どこか寂しくもあった。

 自分とあって話をするうちに、レミリアは己の悲しみと向き合い、より強くあることを決意した——と思うのは、自惚れだろうか。

 思ってしまうのは、高望みだろうか。

「楽しかったわ、咲夜。久々に会えて」

 必死で取り繕うような、しかし先程とは打って変わったレミリアの態度に、咲夜は最大最良の、偽りのない笑顔で応じる。

「また会いましょう……。また、会いに来るから。必ず」

 それを結びの言葉として、レミリアは咲夜に背を向ける。

 毅然とした立ち振る舞いは、弱い自分を無理矢理押し殺しているようにも見えた。

「お嬢様!」

 本当は引き止めるべきでなかったのだろうが、これだけは言っておきたかった。レミリアは振り返ることなくその場に立ち止まり、咲夜の言葉を背中で聞かんとする。

「お嬢様がこれから永い時を生きていく上で、きっと私の存在が、記憶が、邪魔になる時が来ると思います。もしその時が来たら、ためらうことはありません、咲夜のことを忘れて下さい。ただ……ほんの少しだけ、私のわがままを聞いてもらえるとするなら、時々で構いません。思い出して下さい。咲夜は……咲夜は、レミリアお嬢様を心から愛していましたよ」

「咲夜……!」

 レミリアが振り返った時には、既に彼女の姿はどこにもなかった。

 夜風になびく彼岸花。

 闇夜を照らす朧月。

 一時の幻想はここに終わりを告げ、この日、永遠の苦しみに苛まれ続けた少女は、その呪縛から解放されたのだった。


   ×××


 吸血鬼の外見は年齢によって決定されるわけではなく、当人の『魂の姿』に大きく依存するものだと言われている。

 魂の姿。

 仰々しい言い方を捨てて、平たく表現し直すのならば、精神年齢と言ったところか。

 吸血鬼レミリア・スカーレットの容姿は、六年半の時を経て、いずれ大きな変貌を遂げることとなる。

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