8. 世界で一番きみが好き!
「順を追った方がええね。とりあえず、陽向のことから」
狭いソファの上で愛し合ったあと、ようやく竜之介を信じた和泉がぽつりぽつりと話しだした。
脳裏に蘇るのは、あの日のこと。
子どもが産まれそうだと親友、陽菜【ひな】が連絡をくれた高校最後の夏。和泉は陽菜がいつも通っていた病院へ走った。
和泉が着いたとき、陽菜は全身蒼白で、それでも笑っていた。
『和泉ちゃん、わたしすごく幸せよ』
陽菜は生まれつき体が弱い。子どもを産めるだけの体力はないのだ。
それでも陽菜は子どもの命を選んだ。自分はどうなってもいいから、子どもだけは産みたいと。それは父親である洸太【こうた】とたくさん話して、二人で決めたことだった。
和泉は陽菜の命の灯が小さく小さく、今にも消えようとしているのを目の当たりにして、涙を止められなかった。
陽菜が子どもの命をとったことは、半年前からわかっていた。
陽菜が逝くときには、不安にさせないよう笑って別れるつもりだったのに、ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。
消えかけている命を、和泉はひたすら止めようとした。
『今あいつ呼んだから! もうちょっと頑張り陽菜!!』
まだここに着いていない洸太の事を口にすると、陽菜は幸せそうに笑った。
それでも、命は消えていく。
ありがとうとだいすき、それだけを呟いて、陽菜は眠るように息を引き取った。
そして、生まれた子ども。
同時に更なる悲報が和泉を襲う。仕事を切り上げ、急いで病院に向かっていた洸太が信号を無視したトラックに撥ねられて死んでしまったのだ。
陽菜と洸太は親に捨てられて施設に入っていたため、子どもの引き取り手は誰もいない。
和泉は呆然と二人の亡骸を見つめた。
どうしたらいい、そう問いかけても返事は返って来ない。
どうしたらいいのかわからず、和泉は子どもと二人を病院へ預け、そのまま竜之介へ電話をかけた。
会って話がしたい。
竜之介とよく会っていた公園のベンチで一人、ずっと待っていた。
竜之介を巻き込んでいいのかどうかもわからなかったが、頼る相手が他にいなかった。和泉もまた、中学の頃に親を亡くして一人きりだったから。
いつまで待っても竜之介は来なかった。
理由なんて知らない。連絡のひとつもない。
いつもだったら諦めて許していたけれど、これで和泉は悟ってしまったのだ。和泉は遊びの女なのだと。だから約束をしたのに来ないのだと。
何もかもが吹っ切れた気がした。
和泉は子どもを引き取ることに決めて、竜之介とも二度と会わないと決めたのだ。
あれから五年の月日が経った。
子どもは陽菜と洸太の名前から陽向と名付けて、和泉が母親代わりとなって育ててきた。
まだ陽向に本当のことは話せていない。もう少し大きくなったら、いつか話そうと決めていた。
それで陽向が和泉の元を去っても構わない。けれど陽向が成人するまでは、和泉がしっかりと育て上げる。それは二人の御前で誓ったことだ。
竜之介は黙って話を聞きながら、和泉の髪を撫でていた。苦労も喜びもずっと見てきた髪を感慨深く撫でる。
和泉は心地よさそうに目を細め、言葉を続ける。
「でもあの日来んかったアンタを責めるつもりは全然ない。巻き込むつもりもなかったしな。せやから、こうしてアンタが自分から面倒に巻き込まれたことにびっくりしとる」
「……じゃあテメーはあの日、舞に電話してねーんだな?」
確認するように尋ねられて、和泉は首をかしげる。舞【まい】とは、竜之介に想いを寄せていた、不良に憧れていた女友達のことだ。
竜之介と関係を持つきっかけの飲み会に誘ってくれた友達。その子とはあまり仲が良くなかったため携帯電話の番号なんて教えてなかったので電話なんてできないのだけれど。
和泉の態度で事を悟った竜之介は、苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。
「舞がテメーからケー番と待ち合わせの変更聞いたっつーから俺は駅でずっと待ってた」
「へ?」
「待っても来ねーし電話してもでねーし、明日すっぽかされた礼をしてやろうとしたら退学したっつーし。……あのブス今度会ったらぶち殺す」
チッと舌打ちをした竜之介をぽかんと見つめて、和泉はふと思い出す。竜之介と関係を持つようになってから舞にはいろいろと嫌味を言われていたことを。つまり、舞の嫌がらせのせいでお互い誤解をしてしまったようだ。
和泉は小さく笑って竜之介の背中に額をぶつける。今思うと、なんてまぬけな話なんだろう。
「じゃ、なんでうちの店に来たん? なんか用事?」
「テメーっぽいのが見えたから入った。探してたんだよこれでも」
「……そっか」
「で。他に何か言う事ねーのか」
伸びた黒髪を触っているとふいに竜之介がこちらを向いた。エメラルドの瞳が面白そうに煌めく。
他に、と言われても。隠してたことも全部言ったし、誤解も解けたし。何もないと思うのだけれど。
首をかしげてみせると、にやりと意地悪そうに笑われる。
「テメーが俺のことどー思ってんのか聞いてねえな」
「……っ、は!!?」
ぎょっとして竜之介から離れると、くつくつ笑いながら腕を掴まれる。
竜之介の意図はわかっている、奴は和泉を愛していると言ったけれど和泉ははっきり口にしていない。きっとそれを言わせたいのだろう。
ぼわっと顔が熱を持つのを感じながら和泉が視線をそらす。この態度を見ていれば和泉の気持ちなんて丸わかりなのだが、あくまでも竜之介は言わせようとしている。
「俺に惚れてるって言ってみろよ」
「絶対言わへん! ちゅーか、わかっとるんやろ!?」
「何がだ。全然わかんねえ。さっさと言わねえとまたヤるぞ」
「……っ、言わん! 聞きたいんやったらまず、アンタに惚れさせるとこから始めるんやね!」
「ハッ! いい度胸だ、三日以内に俺なしじゃ生きらんねえって言わせてやるよ」
買い言葉に売り言葉。にやりと腹黒い笑いを浮かべる竜之介を見て嫌な予感を覚えた和泉だが、ずっと想ってきたのだ、少しは追われる側にまわってもいいじゃないかと思い直す。
楽しそうに口元を引き上げながら唇を寄せてくるのに合わせてそっと目を閉じる。唇に触れた温かさが、何よりも優しくて幸せで。
和泉は一滴だけ、嬉しさの涙を流した。
Fin.
「世界で一番きみが好き!」最後までお読み頂きありがとうございました!
不器用すぎる二人の恋、いかがでしたでしょうか。
短く、さくっと、をモットーに、ささっと仕上げた作品です。
最後、ちょっとつめこみ過ぎたような気もしますが、自分の中では気に入っています。
私は関西圏ではないので関西弁を話したことがないので、多少の言い間違いや表現の違いがあるかもしれませんが、その場合はご教授頂きましたら直せるところは直します!
でも、あえてその言い方にしている場合もありますので、その時はご了承ください。
タイトルですが、和泉から陽向への思いでもあるし、竜之介から和泉への思いでもあり、陽向から竜之介と和泉への思いでもあるので、この題名になりました。
主人公二人が不器用すぎるので、タイトルはあえてはっきり「きみが好き!」と言わせたのですが、ストーリーとタイトルの差に違和感がある、との感想を頂いてしまいました。
一部の方のご意見ではなく、大勢の方が違和感を抱くようでしたら、また新たにタイトルを考えさせていただきますのでよろしくお願いします。
最後に、和泉が消えたあとの竜之介を彼視点で書いてみました。
よろしければお付き合いくださいませ。