6. 二度目の喪失
陽向を迎えに行って帰宅すると、やはり竜之介の姿はなかった。
ここ最近ずっと一緒にいた竜之介がいないことに不思議そうに首をかしげる陽向に、着替えるよう促して食事の準備に取りかかる。今夜は麻婆豆腐、昨日の夜ぽつりと竜之介が食べたいとこぼした献立だった。
白ネギをみじん切りにしながら、竜之介はもうここへは戻ってこないのだろうと思った。
だってそうだろう、兄に自分の彼女を放っておくなと言われたら誰でも、さすがの竜之介でも顔を見せに行くに決まっている。
二人が仲直りすればもうここへ来る理由なんてない。和泉は遊びの女なのだから。
どうせいなくなるのなら、旦那になるなんて嘘でも言ってほしくなかった。
いなくなるとわかっていながらも期待してしまった心がじくじく痛む。
胸にある気持ちを吐き出すように深い息をついて、和泉は考えることを止めた。
もういない彼のことを考えていたくない。和泉の気持ちに敏感な陽向に気づかれないように、和泉は意識を切り替えた。
食事の準備が整ってリビングに運ぶ。
和泉が食事を作っているときはいつもテレビを見て待っている陽向に声をかけようと口を開くが、陽向の姿はない。トイレでも行ったかな、と気にせず食事を並べる。
すぐに戻ってくると思っていた陽向は茶を入れ、箸を置き、いざ食事となっても戻って来なかった。
腹でも下したか、とトイレへ足を運んでノックをしてみる。
「ひなたー? ご飯できたんやけど、腹でも痛いん?」
こつんと扉へ額をつけて声をかけるが、返事がない。
もう一度ノックをして声をかけてから、そろりと扉を開けてみた。――陽向の姿はない。
「……陽向…………?」
どくり、と心臓が嫌な音をたてた。毎晩夢を見るあの声が和泉の頭に響く。
『いずみちゃん』
どくどくと心臓がはやる。
恐ろしいほどの喪失感が襲い、とにかく和泉は家中の扉を次々と開け放つ。
寝室、脱衣場、風呂場、クローゼット、押し入れ。しまいには冷蔵庫まで開けてみたけれど、どこにも陽向の姿はなかった。
「……っ、いやや……っ!」
あの時と同じ、いや、それ以上の喪失感。
大切に大切にしていたものが、手の中からすり抜けていく感覚に冷えた身を震わせる。
ぼろぼろと涙がこぼれ、まともに事を考えられない。
リビングに戻ってきた和泉は、陽向の定位置であるテレビの前を見つめて、その場に崩れるように座り込む。
みんな、和泉を置いていってしまった。どうすればいいのかわからない。陽向の笑顔だけがずっと和泉の頭に浮かんでは消える。
うえっ、と幼い子どものような嗚咽を止めることなく、和泉は絶望のままに涙を流した。
と、同時に。
ふわり、と暖かいものに包まれた。香った、嗅ぎ慣れた香水。頬に触れる黒髪。
「何泣いてんだブス」
涙に濡れた視界の中で、真摯なエメラルドが和泉を見つめていた。