2. 懐かしい暴力
「じゃあねお姉ちゃん!」
「ありがとなー気い付けて帰りやー」
作ってやった小ぶりの花束を大事に抱え、逆の手をぶんぶん振りながら駆け出す少年を見送る。
母親の誕生日だからと花束を買いにきた、まだ小学生だろう少年。
花というものは意外と高値で少年の小遣いでは花束にするほど花は買えなかったのだけれど、和泉は内緒でおまけしてやった。
少年の小さな手から大好きな母親へあの花束が渡されるのだろうと思うと、和泉の口元も綻ぶ。
陽向がいるから、ついつい小さな子どもには甘くしてしまう。
「おいブス」
小さくなっていく背中を見送っていると、店の中から低い声が和泉を呼ぶ。振り返ると、休憩用にどかりと腰を下している男と目が合った。
男にしては珍しい背に流れる黒髪を低い位置で一つに結い、ワインレッドのシャツを着こなしている――昨日和泉を殴って消えた、暴君もとい竜之介。
夕暮れ時にふらりと姿を見せ、また殴られるのかと身構えれば、椅子に座っていた和泉を無理やり立たせ、彼がそこに収まった。そして無音のまま、すらりと長い脚を組み、机に肘を置き、目を閉じる。
予約の入っていた花束を作っていた和泉は思わず手を止めてぽかんと竜之介を見つめた。
出来れば会いたくなかったために思わず、どうしてここに来たのかと言葉を漏らせば、彼は閉じていた片目を開いて睨むようにこちらへ視線を投げた。
威圧感たっぷりの重たい視線に、狭い店の中で殴られ暴れられては適わないので、どうぞ好きにしてくださいとため息をつくことで返した。
傍若無人な彼に文句を言おうものなら、暴言とともに暴力まで奮われるのだ。彼と会うのは五年ぶりとはいえ、その性格が変わっているとは考えられない。
そうして放っておくこと一時間。
店には入れ替わり立ち替わり客が訪れ、和泉も最初は気にしていた竜之介を忙しくなるにつれて頭の中から追い出した。さっきの少年が最後の客で、閉店時間まであと十分、そこでようやく声をかけられたのだ。
恐る恐る店内へ戻れば、竜之介は懐から黒い財布を取り出し、万札を一枚、和泉の前に放り投げた。ひらりひらりと舞った万札は和泉の足元に落ちる。
万札に目を落とし、それから眉間に皺を寄せて竜之介へ視線をうつす。屈辱的な行為に内心苛立つと、竜之介はくつりと嘲笑った。
「今から明日の朝まで時間を寄こせ。それは前金だ、さっさと準備しろ」
「…………無理や」
「テメーの都合なんざ聞いてねえんだよ。面貸せ」
「せやから無理やっちゅーとるやろ! そもそも付き合う義理もあらへん!」
「テメーが逃げた言い訳聞いてやるっつってんだ。ぐだぐだ言うんじゃねえ」
「……っ、うちには話すことなんかいっこもない。早よ帰りや」
「ハッ、歳くって刃向かうことを覚えたか。だが、俺が許すと思ってんのか?」
優雅なしぐさで腰を上げ、竜之介は薄っすらと笑いながらこちらへ近づいてくる。
和泉は落ちていた万札を掴んで竜之介の胸へと押し付けた。
「こんなもんいらんわ。うちにはあんたに話すことはない。この後予定も入っとるんや、さっさと帰ってくれへんか」
きつく睨みつけた瞬間、和泉は左頬に衝撃を受け、その場に倒れこんだ。血の味が口の中に広がる。
くらくらする頭を軽く振って竜之介を見上げれば、親譲りのエメラルドグリーンの瞳が冷たく和泉を見下ろしていた。
「うるせえんだよ、ぐだぐだと。テメーの都合なんざ聞いてねえんだ」
竜之介は低く呟くと、倒れている和泉の腕を無理やり引き上げる。
そのまま店を出ようとするから、和泉は全身で嫌がった。
「無理やって……! 時間がないねん!」
「黙れ。どうせ相手は男だろ」
「ちゃうって! ええから離せや、竜!」
懇願するように昔の呼び名を口にすると、竜之介の足が止まる。同時に緩んだ拘束に腕を振れば和泉は自由になった。
掴まれていた腕が痛い。腕を胸に寄せて擦りながら竜之介を見つめれば、チッと大きく舌打ちをされた。
「……俺が納得するような理由だったら諦めてやる」
さあ言え、と不遜に腕を組んで促され、和泉は一瞬躊躇した。
竜之介が納得するかどうかは別として、きっと殴られるんだろうなあと半分諦めてから口を開く。
「幼稚園の娘を迎えに行かなあかん」
理由を口にした瞬間、やっぱり殴られた。




