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世界で一番きみが好き!  作者: ゆん
本編
1/9

1. Lovers Again?

 仕事先の花屋に元カレがやってきました。


「よくものこのこと俺の前に面出せたもんだなブス!」


 向こうからやってきたというのに問答無用で殴られました。

 人の話を聞かない奴だって事は知っていたけれど、久しぶりに会ったというのに対応がひどいと思うのですが。



「ママ、どうしたの!? おかおがあおいよ!?」

「何でもあらへんよ。ちょっと転んでもーてん」

 仕事帰りに我が娘を幼稚園に迎えに行ったら、顔を見たとたん心配そうに駆け寄ってきた。不安げな顔で見上げる娘を安心させるようにへらりと笑うと、信じていないのか娘は泣き出しそうに顔を歪める。

「ころんだらおかおがあおくなるの? ひな、ころんでもおかおあおくならないよ? ママびょーきなの?」

「病気ちゃうよ、転んだ拍子に固いもんに顔ぶつけてしもただけや。そない心配せんでも大丈夫やで」

「ほんと?」

「ほんまほんま。さ、帰ろーか、今日の夕飯何がええ?」

「ひなハンバーグたべたい!」

 泣きそうな顔はどこへやら。ぱっと顔を輝かせてハンバーグを連呼する娘――陽向【ひなた】を見て、自然と口元が緩んだ。


 元彼に殴られた哀れな女は陽向の母親である佐野和泉【さのいずみ】。

 娘ができた頃から切られることのない艶やかな麦茶色の髪を背に流し、嬉しそうに飛び跳ねる娘を見て、髪と同じ色の切れ長の目を猫のように細める。


 こちらを見上げて満面の笑みを見せる陽向へ微笑もうとしたら、殴られた右頬に鈍い痛みが走った。けれどそれは態度には決して出さない。痛む頬を構わず引き上げて愛しい娘に笑いかける。

 内心は、昔と変わらず暴力を奮った男がなぜ和泉の前に現れたのかが気になって、穏やかではなかったのだけれど。



 相変わらず暴力を奮う知人もとい昔付き合っていた恋人の名は藤村竜之介【ふじむらりゅうのすけ】。

 和泉の二つ年下なのに敬語を使わず、むしろ敬語を使われ慕う奴を引き連れる竜之介は、言うなればヤクザの頭のようだった。腕に自信のある奴を片っ端から叩きのめし、和泉の通っていた高校へ入学してわずか一ヶ月で頂点に立っていた男。


 喧嘩や暴力とは無縁で平和に暮らしていた和泉が彼に出会ったのは、不良に憧れていた女友達を通してだった。

 竜之介を慕っていたらしい彼女に一度でいいからと拝み倒されて渋々ついていった彼との飲み会。

 どこそこの高校の頭を潰したときはすごかっただの、あそこの高校の女はいい女ばかりいるだのという会話に、和泉はどうしてここにいるんだろうと気まずくなるほど入っていけず一人黙々と缶酎ハイを煽っていたとき、ふいに腕をとられ無言のまま外に連れ出された。

 どこに行くのかと声をかけても返事はなく、仕方なくされるがままになっていると、たどり着いたのはラブホテル。

 ぎょっとした和泉が逃げようとしたけれど荷物のように担ぎ上げられ、抵抗もむなしく最後まで頂かれてしまった。それが最初。

 朝を迎え、眠る竜之介から逃げ出して、もう二度と会うものかと悔し涙をにじませながら決意したにも関わらず、授業中に不良よろしく乱入され、またも彼の良いようにされた。

 言葉は何もない。抵抗すれば殴られる、蹴られる。和泉だけかと思えば他にも手を出している女がいた。だから二人が付き合っているのかすらわからなかった。それでも最中だけは優しかったから、回数を重ねるうちに和泉は竜之介に思いを寄せていた。


 だがそんな関係も、ある日を堺に崩れ去った。

 高校最後の夏に中退した和泉はそのまま行方をくらませて、五年。もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに、なぜ見つかってしまったのだろう。


 和泉は陽向にわからないようにこっそりと深いため息をついた。

 裏切りを嫌った男だ、彼の前から何も言わず姿を消した和泉もきっとただではすまない予感がする。

 けれど、それでも。

 陽向には絶対に手を出させたりしないと心に誓う。陽向は和泉の何よりも大事な娘だ。成人するまで立派に育てあげると約束したのだから。

 つないだ手を強く握って、和泉は赤い空を見上げた。この手は何があっても離さない。

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