後編
「…兄貴はずるいよな。」
小さな声でぽつりと零された声。
言葉の意味がわからず、見上げれば窓の向こうで彼は悲しみを帯びた表情が目に入った。
グッと悲しみを堪えたような歪んだ瞳から涙が溢れ出している。
「兄貴じゃなくて俺が死ねばっ…、お前は泣かずに済んだのに。」
昔と変わらず、人形みたいなキレイな顔で華奢なのに中身はやたらと男らしい。
そんな印象の同級生の幼馴染が泣いているのを彼の兄の葬儀ですら見たことがなくて、キレイな涙だと状況を読めずにボーっと思った。
大好きな大好きな幼馴染のお兄ちゃん。
初恋の人で、初めての恋人でずっとずっと大好きだった人が雪の積もった寒かった冬にいなくなった。
すぐ傍の公園の角でスリップした車にはねられて、真っ赤な彼の血が雪を赤く染めた。
それを、救急車が来る前にとおりかかった私が見たとき。
大好きな大好きなその人はもう息をしていなかった。
「そんなことないよって…言ってあげられなくて、ごめん…ね。」
聞こえたかなって思う声の大きさで呟いた。
「でもね、きっと。あれが廣瀬でも沢山泣いたと思うよ、私。」
そんなことないよって言ってあげられない、いつまでも前に進めない、人の優しさにつけこむ。
そんな私が嫌いで、それでもそんな私をずっと変わらず好きでいてくれるあなたの気持ちを知りながら、冷たくしたり泣きついたり。
ホント、勝手すぎて自分でも嫌になる。
「それより何よりね・・・、匡くんがいなくても生きれてる私が嫌なんだ。」
ねぇ、どうして私は生きてるの。
どうして私は溶けてしまわないの。
あの雪のように血の温かさで消えてしまえばいいのに。
「雪奈…。」
「ごめんね。匡くんも、廣瀬も。」
生きるってのは凄く体力がいることで、死ぬってことはとても勇気がいること。
どうすることもできず、私はただ無駄な時間を過ごして生かされている。
何もできないのに。
いっそ私が死んでいたら、こんな無駄な時間は生まれなかったのに。
考えていたら悲しみが襲ってきて、この数年何度目かわからない涙がこみ上げてきた。
顔を覆うこともせず、雪を見つめていたら頬から落ちた涙が雪に落ちて、丸くそこだけ雪が溶ける。
私は雪なのに。
溶けることもなくただ無駄な時間を過ごすだけ。
「雪奈…。」
気づいたら視界には、雪の中なのにサンダルをひっかけただけの足が見える。
姿をたどれば、懐かしい幼馴染の姿があって、そこに大好きだった人の面影が見える。
悲しみを堪えようと歪んだ表情は記憶のそれよりも大人びている。
「廣瀬、匡くんに似てきた…ね…。」
こみ上げてくる涙は徐々に量が増えて、言葉さえ繋げなくなる。
「私なんて…溶けてしまえたらいいのに…」
溶けるのはきっと自然なことで、体力も勇気もいらない。
自然と自分が消えることだけを望んで生きる人生。
「っ…雪奈!!」
ぎゅっとしゃがみこんだ彼の体にぎゅっと体を引き寄せられて、硬い肩に頬が押し付けられる。
「…薄着なのは廣瀬でしょ。」
「雪奈、頼むから…。兄貴の事を忘れろなんて言わないから、生きることを考えて。
・・・俺から兄貴も幼馴染も奪わないで・・・。」
悲痛さを帯びた声と、震えた腕の中と、徐々に冷えていく廣瀬の温かかった体。
力加減を忘れたように強い力で抱きしめられて、そっと目を閉じた。
「私の生きる力になってくれたら…、死ぬまでずっと傍にいるよ。廣瀬…。」
愛だとか恋だとか。
そんなものだとはとても思えない。
けど、始まりはいびつだけど、きっと誰よりも信頼した関係が作れる。
死ぬ勇気も生きる体力もない私だけど、支えてくれたらきっとまっすぐ歩くことができるようになる。
人に頼りっぱなしの寄生虫みたいな生き方だけど、私を愛して、傍にいて。手を引いて歩いて。
そしたら、たまには自分の力だけで歩いてみようと思うかもしれないから。
もし私が歩き出したらその時は、振り返った先に微笑む姿があるといい。
私が生きる体力を取り戻すキッカケになってくれたら、一生傍にいる。
ずっと、誰より傍で信じて生きていくから。
だから、お願い。
私より先に死んだりしないでね。
その時は、私も一緒に連れて行って。
二人で死ぬまで一緒にいよう。
もうはぐれることがないように。どちらかが悲しむことがないように。
そして、いつか雪の日には楽しい想い出を作れるといいな。
絶望しか感じない光景を少しずつ明るく変えていこう。
この街でも今年は雪が降ったよ。
あの年以来、初めて見る雪に涙腺を揺さぶられているような感覚になる。
ねぇ、この雪はいつかの私が懐かしむことができるような思い出になるのかな。
最後までダークでスミマセン。
読んでいただいた方はありがとうございます。




