夏に
道の向こうから向日葵を担いで歩いてきた人がいる。
私の、彼氏。
担いだまま電車に乗ってきたらしい。
水揚げの悪い花だから、きっとバケツに挿しておいてもすぐに萎れてしまう。
呆れた私の顔を見て、にこにこと笑っている。
「向日葵、好きだって言ってたでしょ」
確かに、花の中で一番好きだと言ったけど。
バカだバカだと思ってはいたけど、本当にバカ?
「電車の中で恥ずかしくなかった?」
「なんだか、じろじろ見られた。知らない婆ちゃんにどうしたのって聞かれたし」
私だって向日葵担いでいる人がいたら、じっと見る。
それに向日葵の茎って荒い毛が生えてて、あたると結構痛い。
とりあえず風呂桶に水を張って、包丁で水切りしてみた。
予定外の重労働に腹が立って声が大きくなる。
「なんで急にこんなもの持って来たの?」
「プロポーズする時は一番好きな花をプレゼントしたいと思って」
はい?なんておっしゃいました、今?
「結婚しよ」
・・・プロポーズは、大輪の向日葵。
返事を強請られ、呆気にとられたままの承諾。
「向日葵って花束用の小さい種類があるの、知ってる?」
「知らない。目的を果たしたから、もういいや」
悪びれないにこにこ顔で言うから、怒るのがバカバカしくなった。
あの日の向日葵はバケツの水で生きながらえて種を熟成させ、大きな植木鉢が毎年、我が家の広くないベランダに置かれる。
太陽に向かって咲く向日葵は、今でも一番好きな花。
矮性の向日葵を未だに知らないバカが、今年も俺より大きくなったと笑う。
また、夏がやってくる。
fin.