0.01 — 神の眼でさえ光には慣れが要る/神にもまた神がいる。
※章番号の表記について
【0.xx】=40歳のKohana(戦争/現在線)
【i.) ii.) iii.)…】=15歳のKohana(地球・京都/過去線)
各話の冒頭に、その回がどちらのKohanaを追う章かを明記します。
※本作は英語版(原作)からの日本語試訳です。読みやすさを優先して順次調整・改稿します。
※流血・残酷描写を含む話数があります。
ゼロ・ワンは、最初にひとりで夢を見る。
月が潮を引く力を覚える前、光が闇から離れる胆を見つける前、万物に先立つ場所がある。ゼロ・ワン――神の息を納めるために建てられた部屋。その白紙のなかに、全創造者が在る。全能で、遍在し、何ひとつ要らないほど完結した思考。そこにはなお、孤独の痕が残る。万物を成す力は、その手に宿っている。
それでも、孤独は来る。
全能と「終わりたい」という衝動のあいだで疼く痛みのなか、全創造者は自らの無限を割っていく。抱き寄せられるほどに縮め、愛せる距離へ寄せ、いざとなれば手ずから壊せる距離へとする。
その選択から二つが生まれる。アルファとオメガ。起源を同じくする双子で、傾きは正反対。彼らは伴いであり、賭けでもある。ゼロ・ワンで神を倒しうるものがあるとすれば、それは神が意図して作ったものになる。
アルファとオメガは、小さく収まることを拒む。
全創造者を不変として崇める者たちはアルファのまわりに集う――時制に興味のない献身。やがて彼らは派へと凝り、〈神聖勅令〉(ディヴァイン・ディクリ—)と名乗る。神に変化を望む者たち、成長を望む者たち、時間の中へ踏み込み、笑い、失い、老い、被造物の隣で生きることを望む者たちはオメガのもとへ集う。彼らは〈自発決断〉(ヴォランタリー・ディシジョン)となる。全創造者を愛するからこそ、死すべきものになってほしいと願う。
言い争いとして始まったものは、やがて聖典へと固まる。聖典は命令を出し始める。命令は戦略になり、戦略は第一天上戦争へと変わる。
まだマルチバースは存在しない。戦火の広がる先がない。「別の場所」などどこにもない。裂けるのはゼロ・ワンそのもの――神々とその反逆を載せられる舞台は、そこしかない。アルファとオメガは、造り手が与えた力のすべてで衝突する。彼らの派閥は、武器へ研ぎ上げた教義で互いを引き裂く。その衝突の中心で、全創造者はついに、自分の完璧の奥へ隠してきたものを受け取る。
神が死ぬ。
穏やかな旅立ちも、讃えられる昇天もない。あるのは破断だけだ。全創造者の身体は砕け散る。全能は外へ噴き出し、欠片の嵐になる。神の亡骸がマルチバースになる――ひと欠片がひとつの宇宙に、ひとささくれが物理法則のひとつに、神性の端切れが転げ落ちながら距離を覚え、無音を覚える。砕かれ、分配された神は、物質と時間線と結果へ冷えていく。
統治の残骸は、二つの核のまわりへ集まる。
アルファとオメガは瓦礫から立ち上がり、新しい現実の解剖学へ踏み入れる。兄弟のまま、しかし血と勝利が彼らを楔で押し広げる。源の亀裂を讃えるため――そして、自分たちにも創造者と同じことができると証明するため――彼らは亡骸の内部に領域を切り出し、ひとつの宇宙を二人で紡ぐ。名は〈第一〉。アルファは法と建築を注ぎ込む。星座の外骨格、澄んだ軌道、義務。オメガは星々のあいだへ虚無を息づかせる。蠢く物質、拒絶の昂ぶり。残った神性の名残に吊られた彼らの仕事は、廃墟に差す明るいもののように浮かぶ。
その光から〈第一の民〉が踏み出す。概念のエネルギーに角と輪光を宿すヌレック――アルファが自らの名を与えた惑星に生える者たち。彼らはオメガの反乱を知っている。彼が立ち上がり、殺し、やがて殺され、外側の闇へ投げ捨てられたことを。どの詩句が真実かは知らない。見上げる星のひとつひとつが死んだ神の欠片だということも知らない。
全創造者のことを、彼らは何ひとつ知らない。
時間は争いを先へ運ぶ。アルファとオメガを追って、彼らが住処にした亡骸の中へ入り込む。マルチバースは最初の衝突を〈第一天上戦争〉として記憶する。第一宇宙の内部では、アルファとオメガの抗争は、もっと短い名で呼ばれる。小さな言葉で縮むはずもないのに。
〈第一戦争〉は、兄弟の殺しから始まり、そして終わることを拒む。
いま、アルファは玉座に縛られている。注意を要求し続ける宇宙の神王として。鹿角が頭上に弧を描き、緩いオーロラの煙をまとって立ち上がる。髪は背に重く垂れ、身じろぎのたびに引きずれる。玉座の間は彼の存在に呻く。建築が形を保とうとして軋む。戦況報告が空中に光の線となって浮かび、戦線、死傷、確率を描き出す――「ほとんど」と「まだ」の反復。
オメガの亡骸は闇を漂う。定着しない染みのように。彼の信徒は、その執拗さで自分を研ぐ。アルファの子らは出て行き、死に、また出て行く。戦争は天気のような必然で戻ってくる。
アルファが息を吐くと、部屋がそれに合わせて形を変える。旗が止まり、空気が肋骨のまわりで張りつめる。雷は抱え込まれたまま、決して落ちない。
報告が滲むと、彼の思考は、クロトを神と取り違えた瞬間へ戻る。
「クロト」という名が歯に引っかかる前、「エコニアネティック」や「顕現」といった語を知る前、彼は完全な気配に触れる。骨まで削られるほどの完結。眩むほど短い一瞬、全創造者が自らを組み直したのだと信じる。戦争がようやく見つけられ、忠誠が応えられるのだと。準備が走る――醜く、即座に。ゼロ・ワンの全面的な注意の下へ立てるなら、子どもも、妻も、帝国も捨てるだろう。
そして真実。全体ではなく、欠片。
失望は残る。畏怖も残る。
クロト――柔らかな大惨事の設計者。遊びで時間線を消せる存在。全知と砂糖から削り出された少女/女。
扉が内へ弾けるとき、彼は彼女を思い出している。
「アルファ様!」
ウェンズデーが玉座の間へ駆け込んでくる。赤い髪がほどけて荒い輪を描き、眼鏡が鼻梁を滑り落ちる。両腕で丸い鏡を胸に抱え、逃げ出しそうなそれを押さえ込むみたいに。ブーツが床を削り、磨かれた石に転びかけ、ぎりぎりで踏みとどまる。慌てた半礼がガラスを揺らした。
アルファの視線が彼女をなぞる。
「ウェンズデー。」
その声が床を落ち着かせる。壁沿いのヌレック書記官が怯え、ペン先の墨が震える。
ウェンズデーは背を伸ばす。息は乱れ、頬は赤い。鏡は天井と彼の角と光のこぼれを映し――それから揺らぐ。像が横に裂け、ガラスが「見せること」を拒むように反る。
「……あ、あの、命令に従い報告を、アルファ様」彼女はどもり、彼が何も命じていないと気づく。「その、違います、命令ではなくて、でも――」
「ウェンズデー。」
二度目は柔らかい。部屋が聞き耳を立てる。
彼女の言葉は絡まり、ほどけて沈む。鼻で眼鏡を押し上げ、もう一度。
「……客人が、います」やっと言う。「第一の外から。」
アルファが眉を上げる。戦況報告の光が、思考ひとつで弱まり、消える。
「外。」彼はその語を口の中で量る。「スペクトラの旅人か。ドラエゴンの使者か。オジマンディアスがついに礼儀を思い出したか?」
首を強く振ると巻き毛がまた逃げ出そうとする。「違います、アルファ様。ミラーライトは彼らを知りません。誰ひとり。」
彼の注意が、彼女の抱えるものへ移る。
鏡は彼女のものだ。銀の縁をした素朴な枠。水面みたいに滑らかな面。全知ではない。第一に忠実だ――この宇宙の星と物語に調律された、ウェンズデーの天体武装の一面。境界を見張り、異常を目録にし、ガラスが近づく「間違い」を捉えたときには彼の眠りへ警告を縫い込む。
いまは、額縁の中の嵐。
本来なら玉座の間が映るはずの面が光で荒れ、色が溢れ、抜け、戻る。中心から髪の細い亀裂が蜘蛛の巣のように走る。亀裂はアルファの角の反射を引っかけ、部屋が保持できない角度へ砕く。
アルファが動きを止める。
「何を見た。」命令として落ちる問い。
ウェンズデーが唾を飲む。鏡が腕の中で、薄い結晶の軋みを鳴らす。
「……異常に焦点を合わせようとしました」彼女は言う。「標準手順です。形状、起源、脅威の特定。最初はガラスが真っ白になります。完全に。反射も、部屋も、地平もない。」一度止まり、言い直す。「……温かさ。正午がガラスの向こうに封じ込められているみたいな。」
アルファの胃が落ちる。床が傾いたように。
「二度目は。」声が低く沈み、部屋ごと引き下げる。
「較正を調整して、範囲を狭めました。焦点をもっと近くに。……二人います。」彼女は鏡を抱え直し、記憶に押しつける。「ひとりは光です。私が小さくなる。見られている気がする。間違っている気がするのに、それでも愛されているみたいで……鏡が必死に“見慣れたもの”へ押し込もうとします。でも像が燃えて突き抜けてくる。目を逸らさないといけない。」
「もうひとりは。」
「光の隣に誰かが立っているのは分かります。そこにいる。鏡も同意します――輪郭を記録する。でも後から手を伸ばすと、思考が滑る。手が震えたことは覚えてる。息が途切れたことも。……これは、傷つけてくる聖性なんだって思ったことも。でも顔が思い出せません。」彼女は目を上げる。大きく、申し訳なさそうに。「すみません、アルファ様。」
アルファは軽蔑を知っている。怒りも知っている。混乱は、馴染まない。
彼は立つ。
玉座が、石の低いうめきで彼の起立に応える。頭上で角が吊られた光の柱をかき乱し、影が新しい角度で組み直される。ウェンズデーの膝がぐらつく。
彼は彼女の前で止まる。しばらく、鏡だけを見る。
亀裂がきらめく。
「連れて来い。」静かな声。
彼女が身をすくめる。「鏡が……」反射で抗弁し、すぐ顔をしかめる。「いえ、はい、アルファ様。異常が最外縁へ近づいています。敵意の兆候がなければ回廊を開け、と規定は――鏡が、そうしろって。……脈打つんです。」喉が動く。「そんなの、見たことがありません。」
アルファは目を閉じる。
クロト。
彼女は一度、何世紀も前に彼の空へ現れ、完全には去らなかった。夢を通して話すこともある。前兆として来ることもある。ひと世代まるごと何も与えず、恐怖が彼をどんな形にするか見物することもある。
「教えろ。」アルファが言う。「音はどうだ。」
ウェンズデーがためらい、頬に熱が上る。
「……声は、甘いです」囁く。「幼くはない。軽い。ひとつの言葉が、柔らかくて、同時に刺さる。礼儀正しい。……あなたを“アルフィー”って呼びます。」最後の語は、恥ずかしさで消えかけた。
アルファの口元が固まる。
「……ああ。」平坦に言う。「クロトだ。」
ウェンズデーが瞬く。「柔らかな大惨事の設計者? “あの”――」
「我々より前の戦争の。」アルファが継ぐ。「エコニアネティック。生命の多元宇宙顕現。時間線を端切れの布扱いするやつだ。」
彼は壁沿いに歩き、指先で勝利の彫刻をなぞる。溝を確かめ、盛り上がりを数える。
「回廊を開け、ウェンズデー。」
彼女の肩が内側へ折れる。「鏡がそうしろって……」小さく繰り返す。
アルファはガラスへ向き直る。「お前の鏡はこの宇宙を知っている。戦線と閾値を描く。だが神を取り締まる装置ではない。クロトは、その届く外にいる。」
旗が震えるほどに声が上がる。「理解しているのか。何を私の扉へ置く。彼女がこの場所に興味を失ったらどうなる。物語の都合で宇宙を丸ごと消す方が良いと決めたらどうなる。」
ウェンズデーは鏡を抱き締める。握る力だけで第一を守れるみたいに。「……優しそうに見えます」慎重に言う。「温かい。私が――」言葉が折れる。「あんなふうに感じさせる人が、残酷だとは思えません。」
アルファは一度だけ笑う。愉快さのない音が、広間を割る。
「優しさは意味を持たない。」彼は言う。「名を言い間違えるだけでお前を解体できる存在の優しさなど。クロトの愛し方は、子どもが玩具を愛するのと同じだ。口づけて、そして中身を見るために分解する。」
彼は手を上げ、数え始める。条項の一つひとつが着地しなければならない戦争で身についた癖。
「聞け。多元宇宙顕現は三つ。シャドウをまとうアンブラキネティック。ホーリーをまとうエコニアネティック。修正をまとうアンチタイプ。」唇が歪む。「我々の戦争より古い。クロトは、時間を与えすぎた生命で、抑制がない。……ここにいる。」
沈黙が広間へ広がる。
ウェンズデーが唇を湿らせる。「それなら、なぜ来るんです」小さく尋ねる。「私たちを超えすぎているのに。静けさがどう振る舞うか聞きたいからって、私たちを消せるのに。」
アルファは彼女の向こうを見る――子どもたちが進軍する光の回廊へ、オメガの殻が漂う闇へ。
「力のある者が好きなんだ。」ようやく言う。「我々は彼女の興味を引く。兄と私は、彼女の視界の縁を擦っている。きれいな輪郭を作れない。それが癪に触る。」口元に微かな自尊が引っかかる。「我々の運命は〈視〉に抵抗する。だから来る。遊ぶ。去る。そして残りの者たちが、彼女が変えたものを片づける。」
「崇拝しているのかも」ウェンズデーが慰めを探して言う。「崇拝していないなら、なぜ戻るんですか。」
「崇拝は癇癪を鎮めない。」アルファが返す。「彼女の癇癪は時代を終わらせる。」
彼は頭を上げる。空気が変わる。ウェンズデーの腕の産毛が立つ。
「備えろ。」アルファが言う。
「ど、どう――」
現実がしゃっくりをする。
告知も閃光もない。空気に警告の波紋すらない。
玉座の階の足元は空だった。次の瞬間、空ではない。二つの影がそこに立っている。現実に場所を求めない者の、あまりにも自然な占有。
先に来るのは光だ。
クロトの輪光が階段の上で開き、ゆっくり回転しながら落ち着く。縁はローズゴールド、端は硬い砂糖のような艶。小さな三日月の目が輪を巡り、息や塵や姿勢を追って、ばらばらのタイミングで瞬きをする。髪は角のまわりにシャーベットの泡みたいに盛り、角そのものは真珠の釉で光る。黒を着て、喪という概念を笑っている。頬には星が点々と並ぶ。偶然ではなく、選ばれた配置。
「アルフィー!」
彼女は腕を広げたまま、飛び込んでくる。
アルファは一歩だけ動き、その衝突を身体で受け止める。痛むべきだ。何かが折れるべきだ。だが輪光が広がり、力を吸い込んで受け止める。輪の響きが低く、太く沈む。アルファの手は反射で彼女の背を掴む。問題全体を握力で逃がさないみたいに。皮膚の下で、力が巨大なまま、気長に居座っている。
膝が裏切りそうになる。
「……至聖よ。」アルファが言い、止められなかった称号が口をつく。
クロトは彼の鎖骨に顔を押しつけ、満足げに息を吸う。好みの部屋で、馴染みの椅子を見つけたみたいに。
「重そう」笑いを含んだ明るい声。「第一を歯で噛んで繋ぎ止めようとしてる。壊れたがってるなら、壊しちゃえばいいのに。新しいの作ってあげる。」
輪光が石の近くで澄んだ音を鳴らす。三日月の目がいっせいにウェンズデーへ向き、止まり、そしてまた閉じる――判断が下り、存在が許可される。
ウェンズデーは息の仕方を忘れる。
腕の中の鏡が自分で面を拭き取る。銀の空白。次に薄い桃色。やがて落ち着くが、鈍く、怯えたまま。
そしてクロトの隣、半歩うしろに、もうひとつの気配が立っている。ガラスが保持できない、あの気配。
Kohana Ohuang-Zhurongは、アルファの予想より背が高い。それだけでも苛立つ。ほかのすべてが、それを増幅させる。
彼女は空間を、評決が法廷を占めるみたいに占める。身長、曲線、重み――意図のある量感。温かな褐色の肌が玉座の間の光を受け、遠慮なく跳ね返す。髪は紫がかった黒の巻き毛で、膝を越えてなお落ちる。漂う小さな星が混じり、星は星で、勝手な法則を持っているみたいに動く。目が上がる。電気みたいな酸の緑。愉快そうに。下瞼の赤いラインが、瞬きのたびに切り傷を作る。口元は、壊せるものをもう知っている笑みに引かれている。
危険が、努力なしに彼女へ馴染んでいる。
熱の読み方と同じだ。即座で、否定できず、交渉の席に座るつもりがない。
ウェンズデーの胃が落ちる。喉が締まる。鏡が腕の中で震える。
ほんの一瞬、ガラスがKohanaの像を捉える。光の線が面を走り、細いひびが沈黙を割る。ウェンズデーは悲鳴を漏らし、落としかけ、慌てて抱え直す。蜘蛛の巣状の亀裂を胸に押しつけるようにして。
「あ。」Kohanaが彼女を見て言う。頭を傾け、巻き毛が肩へ滑る。声が部屋を横切る。低く、温かく、煙の甘さみたいな重みを連れて。「ごめんね。あれ、サモナーを長く見るようには作られてない。」
ウェンズデーの顔が熱くなる。口を開き――
「い、いえ、大丈夫です、わたし――」
――そして閉じる。羞恥で固まる。
アルファはクロトから注意を引き剥がし、Kohanaを正面から測り直す。苛立ちがすでに集まり始めている。
「……これが。」彼は言う。平坦に落ちる語。「お前が何世紀も語ってきた戦士か?」
クロトは彼の腕の中で身を反らし、目を大きくして叱る。
「やめて。」手首を軽く叩くみたいな軽さ。「むくれると、顔が綺麗でいるのを忘れるよ。」
彼女はするりと腕の中から抜け、Kohanaのほうへ向き直る。輪光が動きに合わせて調整され、空気に触れず、完璧に彼女を縁取る。
「うん、この子がKohana。時間のサモナー。皮膚と骨に刻まれた嵐の台本。スペクトラのいちばん好きな災難。」輝く笑み。「すっごく強いんだよ。」
Kohanaは天井に向けて頭を倒し、ため息をつく。「今日は行儀よくするって決めてるの、クロト。」
「彼の自尊心が許す範囲でね。」クロトが楽しげに返す。
アルファの角が一度だけ色光を噴く。彼の出す唯一の警告。
「交渉も通告もなく、戦争の最中に、見知らぬ者を私の宇宙へ連れ込む。」声が沈み、壁際の書記官が家具になりたいと願う域に落ちる。視線がクロトへ切れる。「新しい玩具を拾ってきたから拍手しろと?」
Kohanaの笑みが研がれる。
友好的ではない。
彼女は、意図した容易さで一歩踏み出す。髪の星が動き、近づいたアルファは肌からオゾンの匂いを拾う。その下にザクロの酸味の甘さ――割ったばかりの果実、染まった指。
「クロトの玩具を心配するより」Kohanaが滑らかに言う。「あなたの壁を越えて、見られただけであなたの綺麗な道具を割れる存在のほうを心配したら。」
ウェンズデーが喉の奥で潰れた音を出す。アルファは彼女を見ない。
「お前はいま、神王に話している。」アルファが言う。「場所を思い出せ。」
「覚えてる。」Kohanaの頭が、猫科みたいな角度で傾く。目が明るくなり、赤いラインが表情を切り裂く。「マルチバースが失敗したら、まとめて消える岩の上。スペクトラが私を寄越したのは、クロトが『あなたなら鏡以上を扱える』って言ったから。」割れた鏡へ一瞬目が流れ、また戻る。「がっかりしないよう努力する。」
ウェンズデーの指が亀裂の枠を強く握る。鏡が、薄く、不機嫌な震えを返す。
アルファは怒りが別のものへ捻じれるのを感じる。好奇心かもしれない。身体のどこにも置いていないふりをしている希望の輪郭かもしれない。
「何が欲しい。」彼は言う。ひとつひとつ測った語で。「第一から。」
Kohanaは肩をすくめる。髪の長さが背でずれて、重く動く。
「味方。」言い切る。「スペクトラは、あなたがまだ名前すら付けてないものを止めるのに手がいっぱい。クロトは、あなたが役に立つかもしれないって思った。」抑えた笑みが戻る。「空が揺れるまで兄弟を憎む方法なら、あなたはもう知ってる。そういう忠誠と一緒に生きてきた。」
クロトは両手を顎の下で組み、嬉しそうにする。「最高でしょ? 私、いい人を連れてくるのに、アルフィーはちゃんとお礼言わないんだから。」
ウェンズデーは壊れた鏡を抱えたまま、誰にも聞かれないつもりの囁きを零す。「……もしかして、救いなのかも。」
アルファは答えない。視線はKohanaの顔に留まる。確信の運びの軽さに。
「殲滅を防ぐと言うのか。」アルファが言う。「私の宇宙はすでに、終わらない戦争に囚われている。私の持つ武器では兄を殺せない。」僅かに身を乗り出す。「教えろ、時間のサモナー――終わることを拒むものを、終わらせられるか。」
Kohanaの口元がまた弧を描く。
彼女が答える前に、クロトが答える。くるりと一回転し、輪光が喜びに合わせてひらめく。自分の芝居に酔っている。「もちろん。あの子の得意技だもん。」
Kohanaは否定しない。
彼女は玉座の階の足元へ近づき、アルファを見上げ、敬意の気配をひとつも見せない。
「頑固な男と口論しに来たんじゃない。」言う。「手を差し出してる。取って、あなたの宇宙が瓦礫にならないよう一緒にやる。拒んだら、あなたも一緒に沈む。」視線が彼をゆっくり測る。「どっちでも眠れる。あなたは便利。それだけ。」
アルファに、そんな口を利く者は久しい。
視界の端で戦況報告がちらつく。闇の中でオメガの亡骸が回転する。クロトは二人を見て、あからさまに愉快そうだ。三日月の目が少しだけ開いている――次の台詞を待って。
アルファは部屋を量る。その外の地平を量る。宇宙の血を流すような攪拌を量る。死んだ神の欠片に播かれた世界から来たサモナーが目の前に立ち、その隣には、気まぐれひとつで「全部、努力に見合わなかった」と決められる存在が立っている。
子どもたちを思う。オメガの笑い声を思う。クロトが一度だけ彼を見て、ほとんど「残す価値がある」みたいに扱った瞬間を思う。
やがて彼は手を差し出す。
「よかろう。」アルファが言う。「時間のサモナー。スペクトラの嵐が、神にできないことをできるのか見せてもらう。」
Kohanaの指が彼の指へ滑り込む。温かい。強い。迷いがない。
「ついてきて。」Kohanaが言う。
読んでくださってありがとうございます。日本語は母語ではないため、表現のゆれがあれば随時修正します。
誤字脱字・言い回しの改善など、指摘歓迎です。




