聖女は騎士に懐かれている
今朝も私は祈りの間へ続く廊下を歩く。さてと。この角を曲がったら、またあの男がいるのだろう。
「おはようございます! 聖女様! 毎朝お会いするなんて、やはり俺たちは運命の相手ですね」
やっぱり、いた。
もう一年ほど毎日毎日ここで待ち伏せているのだから、運命でも何でもないと思うのだけど。
「おはようございます、アラン」
「はい! おはようございます! 聖女様!」
何度挨拶をするのだろう。アランのハキハキした声の挨拶は、遠くまで聞こえていると思う。短い髪が少し寝癖で跳ねている。身だしなみに気をつけろと団長さんに怒られるんじゃないか?と心配になる。
「聖女様、今日も一日無理せず頑張ってくださいね!」
「ありがとう。アランもお仕事頑張ってください」
私が言葉をかけると、アランは嬉しそうに返事をして去っていった。
毎日同じことをしているのに、よく飽きないものだ。
「アラン様は聖女様のことが大好きなんですね」
侍女に冷やかされてしまった。毎朝の恒例行事なのだから、軽く流して欲しい。
朝の祈りが終わって部屋へと戻る。侍女と話をしながら廊下を歩いた。
「そういえば聖女様、憧れの騎士の方には会えましたか?」
付き添いの侍女が世間話として話題に出したのは、私の憧れの騎士様の話だった。
三年前、私は聖女として災害現場に派遣されていた。その時に右腕を怪我した騎士様の治療をした。
彼は寡黙で愛想がなく、治療後も小さな声で礼を言ったかと思えば、すぐにまた救助に向かっていった。あの黙々とすべきことをこなす姿は素敵だった。
怪我人に寄り添いながら避難を手伝う。迷子で泣いている子どもがいれば、言葉少なくても優しくあやしながら親を探してあげる。一生懸命な姿が好ましかった。治療を続けながらも、つい目で追ってしまったくらいだ。
他の騎士たちも同じように救助活動をしていたのに、何故か彼だけが気になった。ぶっきらぼうに見えて優しい、その差に興味を持ったのかもしれない。
結局その後は話しかける機会がなかった。彼は髪が全体的に長めで、前髪が目にかかっていて顔がハッキリとは見えなかった。そのせいで、どこの誰かもわからないままだ。
「いえ、全然どこの誰かわからないままで……。お会い出来たら嬉しいんですけどね」
「ずっと気にしてらっしゃいますもんね。素敵な方だったんでしょうし、再会したら恋が始まるかもしれませんね」
「恋、ですか。いえ、それは……恥ずかしいですね」
「まあ、聖女様照れてらっしゃいますか?」
侍女がクスクスと笑っている。からかわれたのかもしれない。
この国の聖女の仕事は祈りと治療だ。祈りによって、国を瘴気から守っている。十代後半から二十代前半くらいまで十年経たないほどの期間が過ぎると、その力は神に選ばれた別の誰かに引き継がれる。
私は十六歳で聖女になり今年二十歳なので、もう数年で聖女の仕事は終わる。
力が無くなった聖女は自由だ。国と神殿から栄誉をたたえられて、報奨金が渡される。そして大抵は聖女の間に知り合った男性と結婚している。私も誰かと恋をして、結婚することになるのだろうか。
今朝も私は祈りの間へと続く廊下を歩く。今日もいつも通りだろう。そう思いながら角を曲がる。
……いない。いつもなら出てくるアランがいない。急に出会わなくなると、なんだかソワソワする。どうしたのかしら? 不思議に思い、近くにいた騎士に聞いてみる。
「アランですか? 彼なら聖女様には心に決めた相手がいると知って、失恋して泣いていますよ」
「心に決めた相手ですか?」
「そうです。世間はその噂でもちきりですよ」
何故そんな噂が広まっているのかわからない。私は一体いつ心に決めた相手が出来たのだろうか、と疑問に思う。もしかして、昨日の憧れの騎士様の話が誤解されたのだろうか。
「心に決めた相手なんていませんよ」
「本当ですか! 聖女様!」
訂正しておこうと口にした途端にアランの声が聞こえて、彼が目の前に飛び出してきた。近くにはいないと思っていたのに、どこで聞いていたのだろう。
「ええ。憧れの騎士様がいる話はしましたが、心に決めた相手ではありません」
「憧れの騎士様がいるんですね」
「そうです。三年前にお会いした方です」
それを聞いてアランが悔しそうにしている。
「どうしました?」
「三年前って、俺が聖女様にお会いした頃じゃないですか! あの頃騎士をしていて聖女様に憧れられる奴がいたなんて羨ましい!」
「……三年前にアランと私は会っていたんですか?」
アランとは知り合って一年ほどだと思っていたのに、そんなに前に会ったことがあったのだろうか? 一体どこで?と不思議に思う。
「そうですよ。三年前に聖女様に右腕の治療をしてもらった時にお会いしました」
「えっ?」
三年前の右腕の治療って、まさか。
「それは、あの災害現場でのことですか? 右腕を怪我した騎士様の手当てをした……」
「覚えててくれたんですね! そう、それが俺です。あの時の聖女様は優しくて、俺は運命の女性に出会えたと思いました!」
……全然違うじゃない。あの時の騎士様は寡黙で髪も長くて、前髪で顔が見えづらくて。
「……だいぶ、今とは違ったんですね」
「俺、あの時はクールで無口な男がかっこいいと思ってたんですよ。なので会話は最低限、髪も長くして憂いを感じさせるようにしてました。影のある男ってやつです」
「……何故、今はそうじゃないの?」
「あれ騎士団で不評だったんですよ。声が聞き取りにくい、中途半端な髪が見てるだけで鬱陶しい、いつまで思春期みたいなことしてるんだ、と評判が悪かったんです」
「そう……」
それだけ返事をして、私は祈りの間へ足を進めた。憧れの騎士様がアランだったとは。あんなに寡黙で素敵だと思っていた人が、この元気なアランだったとは。憧れの騎士様はこんなに身近にいた。
アランが憧れの騎士様だとわかったけれど、本人には何も伝えなかった。なので別に何かが変わった訳ではない。相変わらず彼は毎朝挨拶に来てくれるし、何かと会いに来てくれる。聖女様! 聖女様!と懐いてくれているので、邪険にするのもなと思う。
それに、なんだか可愛くて心癒される。アランに会うのを楽しみにしている自分がいた。
そんな、ある日。中庭を通りかかると、アランが貴族の女性と話している姿が目に入った。
アランが女性と話している姿を見て、心が落ち着かない。私以外と楽しそうに話している。あの女性のアランのことを見る目が恋している気がする。
アランが私以外の人を見るなんて、と嫉妬心が起こって愕然とする。アランに恋していることに気付いてしまった。自分にこんな嫉妬深い醜い恋心があるなんて知りたくなかった。
そして、私はその日からアランを避けてしまうようになった。
今日こそはいつも通りに挨拶をしよう。話しかけようと思うのだけれど、どうしても意識してしまう。話しかけられると、恥ずかしくて何を話して良いのかわからなくなって逃げてしまう。それなのにアランの姿が見えないと、近くにいないか無意識に探している。
そんなことが数日続くとアランが悲しそうな表情で、廊下を歩く私の前に現れた。侍女に目配せすると少し二人にしてくれる。
「俺、聖女様に何かしましたか?」
「い、いえ。特に何も……」
「俺が何かした訳じゃないんですね」
「ええ。避けたりしてごめんなさい」
本当にアランが何かをした訳ではないし、私の心の問題だけだ。お互い黙り込んでしまう。少ししてアランが口を開いた。
「ずっと聞きたかったんです。聖女様は、憧れの騎士様を見つけたらどうするつもりですか?」
「そ、それは……」
顔が熱くなる。憧れの騎士様はもう見つけた。目の前にいる。そして、私はアランのことが好きだ。最近は聖女のお勤めが終われば、一緒になれないかと想像することもある。
「……やっぱり、憧れの騎士様には敵わないですね」
真っ赤になっただろう私を見て勘違いしたようだ。寂しそうに話すアランを見ていると慰めたくなる。彼がこのまま、私の前からいなくなるんじゃないかと不安になった。
いつまでも逃げてばかりではいられない。この気持ちを伝えるチャンスかもしれない。
「……いい」
「えっ? なんて言いましたか?」
いつもは、どんな小さい声でも聞いてるくせに、何故こういう時だけ聞き逃すのだろう?
「あなたがいい!」
アランの驚く顔が見える。
「アラン、あなたのことが大好き!」
勢いをつけて彼の胸に飛び込んだ私を、アランは軽々と受け止めてくれた。
「姿が変わっていて最初は気付かなかったけれど、私の憧れの騎士様はあなたよ」
「えっ?」
「仕事に一生懸命だったところが素敵だったの。頑張っている姿を目で追っていたの」
「そうだったんですか?」
「毎朝あなたに会えるのが楽しみだったの。他の女性と話す姿に嫉妬したの。恥ずかしくて避けてしまったけれど、あなたが好き。だから私から離れていかないで」
それを聞いて嬉しそうに、彼は私を抱きしめた。
「嬉しいです。俺も聖女様が大好きです。三年前からずっと大好きです」
◆◇◆
人けが少ない廊下を歩いていると、アランがまとわりついてくる。歩きにくい。
大きな体でくっついてくるので、とても鬱陶しいけれど邪魔者扱いするのも可哀想だ。それに私も少し、いや結構嬉しいと思っていたりする。
「ねえ、聖女様、フローラ様。俺のこと好き?」
「好きよ」
「あーっ! もう! 何回聞いても幸せ。ねえ、もっと言って?」
「アランが好きよ」
「フローラ様の憧れの騎士様が俺だったなんて嬉しすぎる! もっと好きって聞きたい!」
アランがうるさい。黙っていられないんだろうか。私は立ち止まって、彼の首元に手を伸ばし顔を引き寄せる。そして彼の唇を塞いだ。
もう静かになったかしら? 私が離れると彼は片方の掌で口を覆い、その場に蹲った。
「……ずるい」
そう呟いて、彼は恥ずかしそうに真っ赤な顔で私を見上げるのだった。
ありがとうございました




