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第3話 氷の貴公子

どうすればいいんだろう。


何を言っても信じてくれそうにない。それどころか、自分が狂人と思われかねない。

だからと言ってこのままにもしておけない。もしかしたら、アンジェロ殿下は自分の体と入れ替わって、監獄に閉じ込められているかもしれないからだ。

それに、自分が重罪人として捕まっているのなら、両親も自分のことを大変心配しているに違いない。


でも、きっと勝手に出て行こうとしたら、捕まってしまう。


どこまで行ってもうまくいきそうにない状況、私は絶望のあまり泣きそうになった。


う、うう。どうすれば。どうすればいいのかしら。



ちょうどそのとき、ノックの音がした。


「誰?」


「俺だ、チェーザレだ。開けてくれ。至急話がしたい」


チェーザレ? 


自分の知るチェーザレは一人しかいない。アンジェロ殿下の親友、公爵令息チェーザレ・ネスタ。


無理無理無理。話すの無理。絶対無理。助けてもらうどころか、もし私がアンジェロ殿下じゃないと分かったら……


私はあの冷酷な人に、親友を騙した罪で拷問を受けるかもしれない。


私はさらなる絶望に追い込まれてしまった。



ネスタ公爵領の領主、ラザロ・ネスタの息子、チェーザレ・ネスタ。


さらさらとした銀色の髪、アイスブルーの涼やかな切れ長の瞳。スラリとした長身。いつも冷静沈着で、必要なこと以外は口にしないとてもクールな人物だ。


王立学校に通いながら、学業の傍ら、病弱な父である公爵の代わりに領地経営にまで携わっているという。彼の類まれなる経営手腕は領民からも絶大な支持を受けていて、すでに父である領主ラザロを上回る評判まで得ているから驚きだ。


しかし、一方彼は氷の貴公子とまで言われていて、とても冷酷な男と言う評判でも知られていた。


彼がなぜ氷の貴公子と言われるかというと、妙齢の女性にとにかく冷たいのだ。


次期公爵であり、有能な経営手腕も見せ、さらに、その類まれなる美貌も相まって、女性からの人気は絶大だったけれど、彼には婚約者がいないどころか、浮いた噂は一切なかった。


社交の場でも、その日を待ち焦がれた女性たちが彼を目当てに集まっているのにも関わらず、必要最低限の露出で済ませ、あっという間にいなくなってしまう。まさにミステリアスな人だった。


当然、あの容姿、地位、能力からたくさんの女性が陰に陽にアプローチをしていたが、どんなに美しいとされていた女性でも、どんなに高貴な女性でも全く相手にされることはなかった。


そんなことなので、今では相手にされなかった女性たちが腹いせに、彼は男の方が好きなのではないかと陰で囁かれる始末であった。


私もアンジェロ王太子殿下の婚約者として、パーティなどで彼と同席することがまれにあったが、しゃべったことなど一切なかった。


どうすればいいの、こういう場合…… 下手に話をすると勘づかれそうだ。もし私がティナだと知ったら、ただじゃ置かないだろう。何より彼と何を話せばいいのかわからない。世間話すら通用するかわからないからだ。


ここはもうお帰りになってもらうしかない。そう考えて、私はアンジェロ殿下の声を真似て扉越しに答えた。


「今日はちょっと忙しいんだ。別の機会にしてくれないか」


しかし、扉を叩く音は鳴り止まなかった。


「おい、聞こえているんだろう。開けろ。開けてくれ。一生のお願いだから」


うーん。彼も必死になることがあるんだなと思いつつ、彼は王太子の親友であるなら、これ以上拒むわけにもいかない。悩んだ末、開けることにした。どうか、バレませんように。


ドアを開けると勢いよく、チェーザレ様が入ってきた。その様子はとても氷の貴公子の印象はない。取り乱している様子がありありとみえ、髪は少し乱れ、頬は上気し、息を弾ませている。


「よかった」


チェーザレはいきなり私の手を握ってこういった。


ひいぃ。いきなり手を握られて声をあげそうになる。いけない、いけない。殿下のふりをするならこの辺は自然な態度でやらないと。


私は引き攣った笑顔で手を握り返した。


「ああ、もう大丈夫だ。ケガの方は問題ない」


いや、私、氷の貴公子に手を握られちゃっているよ…… 


それにしても氷の貴公子とは思えない雰囲気。いつもとのギャップに戸惑いながらも私には一つの疑惑が湧いてきた。


も、もも、もしかして、殿下が言っていた真実の愛の相手って、チェーザレ様なの?


ああああ…… 恐ろしいことに気づいてしまった。


確かにアンジェロ王太子殿下とチェーザレ公爵令息は非常に仲が良いと言われていた。でも、周囲の目がある状態では、それほど馴れ馴れしい感じでもなく、いつも、チェーザレ様はアンジェロ殿下に対して礼節を守っていた。こんな感じの口調を聞いたことは一度もなかった。


ま、まさか。二人きりだと、こんな感じなのかしら。


それに、単に怪我の心配をしている感じではない。取り乱した様子は恋人に危機が起こったかのようだった。しかも、まだ、両手を握っているし。


この際、本当のことを言って、仲間になってもらおうか。そうすれば王太子殿下も救えるかもしれない。


いやいや、さっきのシルバーノさんの反応を見ても、そんなことを言ったらまた、頭がおかしいのではと思われてしまう。そうなると、まともに協力してくれるどころか、しばらくは相手にしてくれないかもしれない。これでは檻に閉じ込められている王太子殿下を救出できなくなってしまう。


うーん。どうしよう。どうしよう。


私が考えていると、心配そうにチェーザレ様が私の顔を覗き込んできた。


近い、近い


香水の良い匂いが漂う。吐息がかかるほどの近い距離、アイスブルーの瞳が自分の姿を捉えている。何かを求めているような、そんな切なそうな瞳。


ダメです。チェーザレ様。私はアンジェロ殿下ではありません。


私の心拍数は急上昇し、自分の頬が上気してくるのが分かった。自分ではもうどうしようもなかった。あれほどの端正な顔で、引き込まれるような美しい瞳で見つめられて、心の平静を保てる女性がこの世界にいるのだろうか。


「なんだ。熱でもあるのか」


そういうと、チェーザレ様は自分の額を、私の額に押し付けた。


ひぃぃ。思わず私はチェーザレ様の胸を押すと、距離を取った。


「いけません。チェーザレ様」


思わず女性の口調でしゃべってしまった。


「? 熱はないようだが…… まだ調子が悪いのか? お前がそんなようでは間に合わないんだ。もっとしっかりしてくれ」


「何を…… ですか?」


もうだめ。頭がぼーっとして何も考えられなくなってきた。


「何をって決まっているだろう。ティナさんだ。ティナさんが今、監獄に閉じ込められているんだ。お前しか救える奴はいない。お願いだ。なんとか協力してくれ」


チェーザレ様は深々と頭を下げた。


ティナ…… さん。私のこと? なんで?


「えっと、その、なんで助けたいんですか?」


我ながらなんとも間の抜けた質問をしてしまった。しかし、チェーザレ様は笑うどころか、真剣な眼差しでこう言い放った。


「俺はティナさんを何があっても救いたい。そうだ、もうこうなったらお前に隠す必要なんかないだろう。俺はティナさんを愛しているんだ。お前よりもずっと前からな」


え…… チェーザレ様は今なんて言ったのかしら? 何か空耳が聞こえたような……

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