第14話 前日
私はその夜、アンジェロ殿下に会いに行った。シルバーノさんに頼んだら、彼は何も言わずにすぐに手配をしてくれた。
扉をいくつも通り抜け、彼の監獄の前に立った。看守さんは気を利かせて下に降りて行っている。灯りがぼんやり窓から漏れ出ていた。
「アンジェロ殿下。私です。ティナです」
「ああ、来てくれたか」
彼はゆっくりとこちらに来てくれた。髪はボサボサだが、前よりも心なしかふっくらしている。あれから色々と差し入れだけは届けてもらっていた。
「明後日に決まったんだって?」
彼は自分からこう切り出してきた。
「うん、そうみたい。証拠が間に合わなくて……ごめんなさい」
「いや、いいんだ。自業自得だから。覚悟はしているさ」
「本当にごめんなさい」
「君が謝る必要なんてない。全部俺があの女に騙されたからこうなっているだけだから。あれから一人で色々考えてみたんだ。俺の人生はなんて浅いものだったんだろうってね。だから、もしもう一度人生をやり直せるなら、今後は本当に自分の足で確かめて、一歩一歩進んでいくようにしたい。いろんなものを与えられ、調子に乗って満足していた自分を変えていきたい」
「そう」
そして、私は周囲の状況を再確認すると、窓際まで近寄って小声で囁いた。
「チェーザレ様が明後日、刑場であなたを助ける計画を練っています。だから、諦めないでください」
彼の顔が少し明るくなったが、すぐに難しい顔に戻る。そして彼は静かに言った。
「それは本当か?」
「彼は絶対に助けにやってきます。信じてください」
「そうか、まあ、そうだよな」
彼は少し笑っていた。
「どう言う意味?」
「あいつ、本当は君のことが好きなんだぜ」
「どうしてそれを」
私は驚いて、アンジェロ殿下の顔を見た。彼は笑っていた。
「いや、そんなの見てたらわかるだろう。意外と分かりやすいやつだぞあいつ」
「そ、そう」
「いいのか?」
「え、なに」
「君も好きなんだろ、あいつのこと」
「いえ、そんな……」
「いいって。見ていればわかるさ。それに気にするなよ。もう俺たちは婚約解消されているんだからな。俺が君のことをもうどうこう言えるような資格はない。だからいいんだ。それより、もし俺が助かって、そして、互いの体が元に戻ったら、俺は君たちのことを応援してやるよ」
「うん」
「あいつは意外と不器用で、いつもぶっきらぼうなところはあるけど、本当は優しいやつなんだ」
「うん、分かっている」
「俺はさ、自分のためだけだったらもうとっくに諦めてもいいと思っていたんだ。でも、この体は本当は君のものなんだ。だから、俺も死ぬわけにはいかない。絶対生き抜く。そして、君は元の姿に戻って、幸せになってくれ。俺はそのために絶対に諦めないから」
「分かった。頑張ろう」
そして私は立ち去ろうとした。その時、再び彼に呼び止められた。
「ちょっと待って、今思い出した」
「え、なに?」
「あの女、いやロザリアは、いつも、顎でこき使っているやつがいたんだ。タヴァーノ、そうタヴァーノ子爵令息だ。あいつの家は伯爵家に頭が上がらないし、それに、奴は気が弱くて彼女の言うことをなんでも聞いていた。何度かそういう場面を見たこともある。もしあいつを捕まえたら、気が弱いからすぐに何かを自白するかもしれない」
「うん、分かった。伝えるよ」
彼はニッコリと笑った。それは、今まで見たこともないような笑顔だった。
◇
翌日、私はそのことを伝えてみた。チェーザレ様はゆっくりと頷いて聞いていた。
「そうだな、王立学校に関係者以外が入り込んだら、かなり目立つしすぐにわかるはずだからな。俺も学校内の関係者ではないかと思っていたよ。でも、普通の貴族の子女だったら、侯爵令嬢を屋上から突き落とすなんてことをするはずがない。ということは、伯爵家の息がかかっている実家の意向か、それとも、本人がロザリアに弱みを握られているか、どっちかだと思っていた。だから、やつが一番怪しいだろう」
「どうするの?」
「うん、ティナさんを助ける作戦はそのまま続行するよ。明日までに無実を証明するのはとても難しい。でも同時に、そいつについて調べることもやっていく。うまくいけば、俺たちがどこかに潜伏しているうちに無実を証明できるかもしれない。それなら、隣国に亡命までしなくてもいいからな」
「大丈夫かな。うまくいくかな」
心配そうに彼をみている私に、彼は明るく笑って言った。
「当たり前さ。うまくいくに決まっている。しばらく、お前とは会えないかもしれないけど、絶対に無実も証明してみせる。だから、その時はみんなで一緒に会おう」
その時、私は突然、胸が苦しくなった。そうか、もう会えないかもしれないんだ。これで最後かもしれないんだと。
彼はティナの体を持ったアンジェロ王太子殿下を遠いどこかに連れて行ってしまい、私の心はこのまま、この王国内に取り残されてしまう。
私がこんな感じで落ち込んでいたところで、いきなりチェーザレ様は爆弾発言をぶちかましてきた。
「ところで、俺、ティナさんを助けた後、すぐにプロポーズしようと思うんだけど、うまくいくと思うか?」
そ、そんなこと、今、私に聞かれたって……
「やっぱり無理かなあ、諦めた方がいいのかな、俺」
ちょ、ちょっと待って。私は慌ててこう言った。
「き、きっと大丈夫だよ。そ、その、ティナもす……いや、少し気になっているって言っていたし」
「本当かその話、信じていいんだな」
チェーザレ様、そ、そんな、いきなり接近しないでください。
「俺はまだ、お前がティナさんとよりを戻そうと思っているのかと思って、心配していたんだが、大丈夫か?」
「そ、それはないよ。それはない」
「そうか…… じゃあ助けた後、すぐに告白しよう。こういう時は勢いが大切だから」
「いやちょっと待って」
私は慌てて止めた。助けてすぐってことは、私じゃなくて、アンジェロ殿下に告白するってことで、それは、ちょっと嫌だし困る。
「き、きっと、ゆっくりした方がいいんじゃないかな。ゆっくり。しばらく、静養して、だんだんとお互いの気持ちが高まった後の方がいいような気がするなあ」
「そ、そうだな。ゆっくり行こう。俺もすぐに告白するのはどうかと思っていたんだ」
ああ、よかった。私は胸を撫で下ろしたが、同時に少し嫌な予感がした。
もしかして、体が入れ替わった後も、チェーザレ様のことだからなかなか告白してくれないかもしれない。
ここまで考えて、私はちょっと吹き出してしまった。
なんてバカなことをこんな時に考えているんだろう。
全ては彼を助けてから。それからのこと。
彼を助けなければ、私の体は戻らないし、そうなったら、本当にどうにもならなくなる。
いつの間にか気持ちが軽くなっていた私は、チェーザレ様にこう言った。
「全ては、救出作戦が成功してから」
「そうだな」
屈託のない顔で笑うチェーザレ様をみて、私は全てのことがうまくいくような気がした。