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第8話:他人の幸せを願う人たち


 カロン兄さまは、玄関口に堂々と立っていた。

 私の姿を見つけると、ひらひらと手を振ってくる。



「兄さま、どうして……!?」


「なんだ、妹に会いに来てはいけないのか?」


「そういうわけでは……!」



 兄さまの視線が、私の隣へ向く。ルキウスさまがにこりと微笑んだ。



「初めまして、ルキウス・エヴラールだ。先日は挨拶出来ずに申し訳なかった」


「……いえ。外出しているうちに、妹が勝手に婚約して勝手に家を出て行って、その後婚約相手の男共々一切の連絡が無いことを、決して怒ってなどいませんよ?」



 カロン兄さま、それは絶対怒っています。

 私は兄さまへのフォローを忘れていた自分を、引っ叩きたくなった。兄さまは、恐ろしく私のことが好きなのだ。


 その異常さを感じ取ったのか、ルキウスさまが困ったように眉を下げる。



「それは……未来の義兄に失礼なことをした。俺はノエルと……」


「ノエル」



 ルキウスさまの言葉を遮り、兄さまが私を呼ぶ。その失礼な振る舞いに、私は思わず顔をしかめた。



「……兄さま、ルキウスさまは…」


「ノエル」



 有無を言わせない声だった。私はため息を吐き、ルキウスさまに頭を下げる。



「……すみません、ルキウスさま。少し兄と話す時間をください」


「もちろんだ。……ゆっくりするといい」



 こんな時にでも、ルキウスさまは優しく微笑んでくれた。私はもう一度頭を下げ、駆け足でカロン兄さまに近付く。



「兄さま、話なら外でしましょう」


「なんだ、侯爵家では客人をもてなしてくれないのか?」


「………兄さま?」



 私が負けじと凄んだ声を笑顔で発すれば、兄さまはぐっと口をつぐんだ。

 兄さまの腕を半ば引っ張るようにして、私は侯爵邸から外に出た。


 そして、外に出るなり口を開く。



「〜もう兄さま、どうして連絡も無しに来るのよ!失礼でしょ!」



 普通は、訪ねる数日前に連絡を取るものだ。それが爵位が上の相手なら、なおさら。



「勝手に押しかけて来たくせに、ルキウスさまにあんな態度まで取って……!」



 ふつふつと怒りが沸いて震える私を見て、兄さまが狼狽え始める。



「わ、悪かったノエル。お前が俺に一言も言わずに男を見つけて出て行ったりするから……!」


「確かに一言も言わなかったのは私が悪いけど、誰かと結婚するのに兄さまの許可は要らないでしょう!?」



 私に怒られ、兄さまはしょんぼりと肩を落としていた。これでも伯爵家次期当主としての腕は凄いのだ。

 尊敬している兄さまだからこそ、ルキウスさまへの態度が許せない。



「私はルキウスさまと結婚するの。だから、カロン兄さまがくれる言葉は、祝福の言葉が良いわ」


「………本当に侯爵は、お前を幸せにしてくれるのか?」



 カロン兄さまは小さな声で続けた。



「侯爵が不運体質だということは、有名な話だから知っている。そしてノエル……お前は強運の持ち主だ。侯爵はお前を利用して…」


「もう、そんなこと一番最初に私が思ったわよ。ルキウスさまは否定してくれたし、この間だって不運に遭っても、私を頼ろうとはしてくれなかったんだから!」



 私は感情が昂ったまま、それを兄さまにぶつけるがごとく吐き出した。



「ルキウスさまはいつもそう!不運を引き寄せるくせに、自分より他人の心配ばかりして!」


「……ノエル」


「私の強運を頼って欲しいのに、私が幸せにしてあげたいのに、私ばっかり幸せになれる言葉をくれるんだから!もう少し自分のことを大切にっ…」


「……ノエル、ちょっと…」



 カロン兄さまに遠慮がちに声を掛けられ、私は肩で息を切らしながら視線を向けた。

 兄さまが私の背後を指差している。振り返ると、そこには腰に手を当てて立っている美少女がいた。



「―――ディアナさま?」



 私が驚いて名前を呼ぶと、ディアナさまは険しい顔で靴音を鳴らしながら近付いて来る。

 私の目の前で立ち止まったかと思えば…そのままがしっと両手を掴まれた。



「あなた……合格よ!」


「………え?」


「私はあなたを見直したわ!」



 きらきらと輝く眼差しをディアナさまから向けられ、私は困惑した。

 すると、ディアナさまは視線をカロン兄さまへ向ける。



「ところで、このむさ苦しい男性はどなた?」


「むさ……!?」



 むさ苦しい、と言われた兄さまはショックで言葉を失っていた。

 顔はそこそこ良いと私は思っているけれど、整えるのが面倒くさい、という理由で兄さまは髪が乱雑に伸びている。

 そのせいで確かにむさ苦しく見えるのだ。ディアナさまはルキウスさまという完璧な兄を見ているから、尚更だろう。


 固まるカロン兄さまを横目で見つつ、私はディアナさまに答える。



「ディアナさま、私の兄のカロンです」


「え、あなたのお兄さまなの?……そう…兄と言っても色々な方がいるのね」



 ディアナさまは憐れみの視線を隠すことなく兄さまに向けてから、私の両手をぎゅっと握った。



「そんなことより、私はあなたと話がしたいわ。……ルキウスお兄さまのことを、きちんと見てくれているあなたと」


「ディアナさま……」



 ディアナさまには、視察から帰ってきた次の日辺りから、じーっと視線を向けられるようになっていた。

 話し掛けて来ることもなく、物陰からじーっと見てくるだけなので、私は一度ルキウスさまに相談していた。

 返ってきた返事は、笑顔で「気にしなくていいよ」だったけれど。



 ……もしかしてずっと、ルキウスさまについて私と話したいと思ってくれていたのだろうか。



「……もちろんです。私もディアナさまから、ルキウスさまのお話を聞きたいです」


「では、そうね……この先にあるベンチで話しましょう。そこならあまり不運が起きないから」



 ディアナさまがそう言って歩き出し、私がついていこうとしたところで、カロン兄さまが我に返ったようだ。慌てて私の腕を掴む。



「ノエル!俺の話はまだ終わってないぞ!」


「……私は、婚約を祝福もしてくれない兄さまとこれ以上話すことは何もありません」


「ぐっ……!」



 押し黙る兄さまに、ディアナさまがちらりと視線を向ける。そして驚くことにこう言った。



「いいわ。あなたも話に入りなさい」


「え」


「ディアナさま、でも……」


「いいのよ。ルキウスお兄さまの魅力なら、あなたより私の方が伝えられるわ」



 得意気に笑うディアナさまは、とても可愛かった。





 それから私たちは場所を移動し、ベンチに並んで腰掛ける。

 私はディアナさまとカロン兄さまに挟まれて座りながら、なんとも不思議な気分になっていた。



「それでは、まず……」



 そう言いながら、ディアナさまは両手を膝の上で揃え、私に向かって頭を下げた。



「……今まで失礼な態度を取っていて、ごめんなさい」


「ディアナさま、顔を上げてください…!」


「私……どうせあなたもお兄さまの容姿と爵位が目当てで近寄って来たんだと思ったの。それですぐお兄さまの不運の酷さを体験して、逃げて行くくせに、って…」



 ゆっくりと顔を上げたディアナさまは、とても申し訳無さそうに眉を下げていた。



「でも、あなたが強運の持ち主だと知ったわ。そして、視察先では領民を護り、お兄さまも助けようとしてくれたことを……バーネットから聞いたの。それに……」



 ディアナさまの大きな瞳が、私をしっかりと捉える。



「あなたの先ほどの言葉を聞いて、私はあなたなら大丈夫だと確信したわ。あなたなら、ルキウスお兄さまを幸せにしてくれる。……不運を自分だけで背負い込もうとするお兄さまを、救ってくれる」


「……ディアナさま…」


「ちょっと待ってくれ」



 突然口を挟んできたのは、カロン兄さまだ。額に手を当て、それはダメだとばかりに頭を振る。



「それは結局、ノエルの強運を利用したいって意味だろう?そんなこと、俺が許さない」


「兄さま、ルキウスさまはそんなことしないって言ったでしょう!それに、もしそう言われても、私は喜んでこの身を差し出すわ」


「なっ……!?どうしてだノエル、お前はあんなに他人に利用されたくないって言っていたじゃないか……!」



 私は兄さまを睨む。どうしてこの人は、領地経営以外のことはポンコツなのだろう。



「どうして分からないの?ディアナさまが口にしているのは切実な願いだわ。ディアナさまだって不運体質なのに、兄であるルキウスさまのためだけに私と話してるのよ?」



 ディアナさまは一度だって、私の強運を自分のために使えとは言っていない。

 ルキウスさまだってそうだ。自分に危険が迫っていても、領民を優先していた。


 ルキウスさまもディアナさまも、不運を背負いながら、他の人の幸せを願っている。



「私は、この強運を初めて誰かのために役立てたいと思ったの。ルキウスさまを幸せにしたいと思ったし、今はディアナさまにも同じ気持ちを抱いているわ」


「ノエル……そうか、分かった」



 私の強い想いは、ようやくカロン兄さまに伝わったようだ。



「俺の心配は、どうやら杞憂だったようだな。……よし、俺はエヴラール侯爵に非礼を詫びに…」


「その必要は無い。兄であるあなたの心配は最もだ」



 ………ん?ルキウスさまの声が聞こえた気がする。

 私とカロン兄さま、そしてディアナさまは顔を見合わせてから、きょろきょろと辺りを見渡した。すると。



「ははっ、ノエル。後ろだよ」



 その笑い声に振り返れば―――窓枠に頬杖をつき、優しく目を細めているルキウスさまがいた。


 ……もしかして、全部、聞いていた?


 一気に顔が熱くなった私に、ルキウスさまはまた笑顔を向けるのだった。



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