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第7話:強運の婚約者


 ルキウスさまは、出来るだけ畑や町に被害がないような場所に向かって走っているようだった。


 馬たちはルキウスさまを目掛けて走っているように見える。もうすぐルキウスさまに追い付いてしまいそうだ。



「バーネット!」



 私が馬に乗ってバーネットに追い付くと、バーネットはギョッと目を丸くして驚いた。



「ノエルさま!?何してるんです!?」


「いいから乗って!」



 一旦スピードを緩めた隙に、バーネットの手を引いて背後に乗せる。



「お願い、手綱を握って。私、馬に乗ったことって一回しかないの」


「……それにしては様になっていましたけどね。失礼します」



 後ろからバーネットの手が伸びる。頭上からはため息が聞こえた。



「ああ……ノエルさまと一緒に乗馬なんて、あとでルキウスさまに何て言われるか…」


「もう、ルキウスさまはそんなに心が狭くないでしょ」


「いえ、あなたに関しては針の穴くらい狭いですよ。……さて、急ぎますかね」



 ぐん、と馬の駆ける速さが増す。

 もうすぐ馬に追い付くけど―――馬の向かう先を私に向けないとダメだ。



「ルキウスさま!」



 大声で名前を呼んでも、ルキウスさまは振り返ってはくれない。

 きっと、自分一人で何とかするつもりなのだ。


 ルキウスさまは一本の木の近くで立ち止まった。すぐ後ろに馬が迫っている。

 そして何を思い立ったのか、大木に手をかけて登り始めた。



「ルキウスさま!?」



 私は驚いて、再度名前を呼ぶ。

 その時だった。木に亀裂が入り、その亀裂がどんどん広がっていく。


 ミシッという音がしたかと思えば、木が根本から倒れ始めた。

 ルキウスさまを追っていた馬の目の前で、木が倒れる。馬たちは驚いて立ち止まり、その隙に私たちは追いつくことが出来た。



「ルキウスさま……ルキウスさまっ!」



 私は馬から飛び降りると、ドレスが汚れることも気にせずにルキウスさまを探す。

 倒れた木のすぐ近くで、ルキウスさまは仰向けに横たわっていた。



「……ノエル」


「ルキウスさま、おケガはっ……」


「大丈夫。何もないけど……ははっ」



 ルキウスさまが突然笑い出し、私は困惑しながらも近くにしゃがみ込んだ。

 結ばれていた長い金髪がほどけ、地面に散らばるように輝いている。



「自分の不運に、賭けてみた。そうしたら本当に木が倒れて……笑ってしまうな」


「笑いごとではありません!私の強運があればっ……、」



 ルキウスさまの長い人差し指が、私の唇にそっと触れた。



「……ノエル。俺だって、君を護りたい」



 言葉が意思を持って動き出してしまうなら、私の心臓はルキウスさまの言葉でぎゅうぎゅうと締め付けられていたことだろう。

 いまだかつて、私は男性にそんな言葉を貰ったことはない。



 私は滲みそうになる涙をぐっと堪え、ルキウスさまの額をぺしんと叩いた。



「……それでも、ルキウスさまご自身を危険に晒すのはやめてください」


「……聞いてくれバーネット。俺の婚約者が…」


「バーネットは今、五頭の馬とじゃれ合っています」


「昔からあいつは、動物に好かれるからなぁ」



 私とルキウスさまは顔を見合わせ、フッと笑い合う。

 ルキウスさまが体を起こすと、遠くから領民たちが駆け寄って来るのが見えた。

 みんな揃って心配そうな顔をしている。



「エヴラール侯爵…!ご無事ですか!?」

「馬を持ち込んだ商人の者を、連れてきました!」

「いやぁ、急に暴れ出して一直線に逃げ出してしまって……ご迷惑お掛けしましたぁ〜」



 商人はへらへらと笑いながら謝っているので、とても誠意ある謝罪には見えなかった。

 私はルキウスさまのそばを離れ、その商人の青年の前で立ち止まる。



「……おや、どうされましたぁ?美しいお嬢さん。馬の購入をご希望でしたら…」


「あなたの馬は、この侯爵領の当主にケガを負わせるところでした」


「それそれは、申し訳ありませんでした。それで……お嬢さんは何をお望みで?」



 青年の目が妖しく光る。商人の目だな、と私は思った。



「私が望むことは一つだけです。この先あなたが向かう先々で、“エヴラール侯爵は不運に立ち向かう素晴らしいお方”だと言いふらしてください」


「……………はい?」


「あと…“どうやら強運の婚約者がいるらしい”も、付け加えていただければ」



 真剣な顔をしてそう言った私を見て、青年は笑い出した。



「ふっ……あははは!面白い、いいでしょう。それで、あなたがその“強運の婚約者”ですか?」


「そうです、私が―――…」


「ノエル」



 ルキウスさまの手が、私の腰の辺りをぐっと引き寄せた。見上げればすぐ近くに端正な顔があり、思わず見惚れてしまう。


 ルキウスさまは眉間にシワを寄せ、青年に鋭い眼差しを向けた。

 対して青年は、にこにこと笑みを浮かべている。



「これはこれは……エヴラール侯爵ですね。ここは大人しく退散しましょう」


「そうしてくれ。もし大切な馬に何か傷でもあれば、請求は俺に宛ててくれれば良い」


「お優しいですねぇ。では、失礼します……約束は守りますよ、美しいお嬢さん」



 青年は最後に私に向かって片目を瞑ると、バーネットから手綱を受け取って去って行った。

 ルキウスさまはその背中をずっと睨むように見送ってから、私へ視線を移す。



「全く……ノエルが美しいだなんて、俺が一番良く知っているのに」


「ルキウスさま、それはさすがに目の検査をしてください」



 私はルキウスさまを直視出来ずに顔を背けた。

 生暖かい目をバーネットから向けられているし、領民たちもみんなニヤニヤしている。



「それはそうと…皆、騒がせて悪かった。木もダメになってしまったし…それと、やはり俺の近くにいては皆に危険が及んでしまう」



 ルキウスさまの言葉に、みんなが顔を見合わせる。そして、私が最初に話をした男性が前に出た。



「……いえ、エヴラール侯爵。俺はあなたとちゃんと話してみたいと思いました」



 俺も、私も、と続けざまに声が上がる。

 その様子をルキウスさまが目を丸くして見ていた。



「これは……どうしたんだ?ノエルのおかげなのか?」


「いえ、みなさんずっとルキウスさまとお話したかったそうですよ」


「そう……なのか?」



 ルキウスさまは驚いた表情のまま、みんなをぐるりと見回す。みんなが照れくさそうにルキウスさまを見て頷いていた。


 その中で、小さな男の子が声を上げる。



「ぼく、おねーさんともお話してみたい!きょーうんのおねーさん、かっこよかった!」


「ふふっ、ありがとう」


「おねーさん、ぼくとけっこんしてー!」



 男の子が無邪気に笑った。とても可愛い。

 でも、私はもうルキウスさまと結婚の約束をしている。ここは幼心を傷付けないように…



「残念だが、ノエルはもう俺の婚約者で、いずれ妻になる。誰にも渡さないぞ」



 ルキウスさまの腕に力が込もり、私の体はルキウスさまと密着する。

 私が言葉を失っていると、すぐ後ろで、バーネットが「……ほら、針の穴くらいの狭さでしょう」と呟く声が聞こえた。



「えーっ!ずるーい!」


「羨ましいだろう。君もいずれ、素晴らしい人と出逢えるはずだ」



 男の子が頬を膨らませ、ルキウスさまが大人気なく話し、それを見ていたみんなが笑う。


 この穏やかな空間はしばらく続き、ルキウスさまと話したいという領民の姿が途絶えることはなかった。





***



 それから数日後、あの商人の青年がちゃんと約束を守ってくれたようで、ルキウスさまの良い話を聞くようになった。

 それに伴い、ルキウスさまの呼び名が一つ増えた。


 “歩く彫刻”、“生きる国宝”、“不運に愛された男”―――そして、“強運の婚約者にも愛された男”。

 その呼び名を、ルキウスさまはとても気に入っているようだ。



「ノエルに愛されている、って広まるのはいいな。これでノエルは、もう俺から逃げられない」


「どうしますノエルさま、笑顔で脅迫めいたこと言われていますよ」



 呆れ顔のバーネットに問い掛けられ、私は手元の書類を揃えながら苦笑する。

 最近は、ルキウスさまの仕事を手伝わせてもらえることが増えていた。領地のことを知ることが出来て、とても楽しい。



「私はルキウスさまの求婚を受けましたから。逃げるつもりはありませんよ」


「……残念。本当に愛していますから、とはまだ言ってもらえないか」



 ルキウスさまの言葉に、私はピタリと手を止める。すると、すぐにルキウスさまが慌てだした。



「わ、悪い。ノエルを困らせたかったわけではないんだ。俺は求婚を受けてもらえただけで嬉しいから、それ以上を強要するつもりはない。……もちろん、俺を、その…好きになってもらえたら嬉しいが」



 だんだんと声が小さくなっていくルキウスさまを、バーネットが「俺のことを好きにさせてやる、とか格好良く言ったらどうです?」と茶化す。

 私はなんと答えていいか分からず、手元の書類を眺めているフリをしていた。



 ルキウスさまのことは、好きだ。

 好きだけれど……これが恋愛としての好きかどうかは微妙なところだった。


 甘い言葉にも、触れられることにもドキドキする。向けられる好意は嬉しいし、私が幸せにしてあげたいとも思う。

 でもまだ、明確に「あなたのことが好きです」と伝えられるだけの確信がない。



 モヤモヤとした気持ちを抱えていると、扉がノックされる。

 ルキウスさまが返事をすると、中に入って来たのは使用人のクラリスだった。クラリスはお辞儀をしてから、なぜか私を見て口を開く。



「ノエルさまに、お客さまがいらしています」


「………私に?」


「はい。カロン・クレージュさまです」



 その名前を聞いて、私はポカンと口を開けて固まった。


 カロン・クレージュ―――兄さまの名前だった。



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