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第6話:想い合い、庇い合い


 ―――町の人たちに嫌われている。


 そんなルキウスさまの言葉が嘘ではないということが、町に入ってすぐに分かった。



「……エヴラール侯爵…?」

「……嘘だろ、どうして?」

「……困ったわ、どうしましょう…」

「……せめて、事前に教えてくれたら…」



 ルキウスさまの姿を見るなり、領民たちはヒソヒソと顔を寄せ合って話し始めた。

 そしてルキウスさまと目が合うと、避けるようにしていなくなってしまう。



「ルキウスさま……」


「ノエルは気にしなくていいよ。俺の父親の代から、この町は被害を受けていたんだ。それに、俺とディアナの不運体質に巻き込まれたこともある……嫌われて当然だ」



 ルキウスさまは、堂々と町中を歩いていた。その姿はとても神々しいけれど、時々不運のせいで躓いて転びそうになっている。

 私は隣を歩きながら、ルキウスさまに不運が重ならないよう気にかけていた。


 するとやがて、ルキウスさまに向いていた領民たちの視線が、私にも向けられるようになっていた。

 何を噂されているかは聞こえないけれど、「隣の女誰?」的な何かだろうか。



 農作物の育てられている畑が広がる場所に出ると、ルキウスさまは一度足を止めた。

 周囲にぐるりと視線を巡らせると、顎に手を添えて唸り始める。



「うーん……やはり例年より数が減っていそうだな。バーネット、どう思う?」


「見た限りでは減っていますね。日照り不足で成長が遅れているんですかね」



 こういう時に、意見を求められないのは悲しいものだな、と私は思った。

 ルキウスさまとバーネットが、ああでもないこうでもない、と意見を交わし合っている。


 もう少し真面目に領地経営を学んでいれば良かった。

 でも、我が家の領地は兄さまが受け継ぐ予定で、私の役割は条件の良い家に嫁ぐことだった。


 その結果、侯爵であるルキウスさまに求婚してもらえたわけだけれど……。

 いずれルキウスさまの妻となるなら、きちんと領地のことを学ばなければ。



 私はふと、どこからか視線を感じて周囲を探る。

 気難しい顔をした中年の男性が、家の玄関口からじっとこちらを見ていることに気付いた。



「……ルキウスさま」


「ん?……ああごめんノエル、放ったらかしにしてしまって」


「いえ、大丈夫です。少し、この辺りを見て回っても良いですか?」



 私の提案に、ルキウスさまは一瞬表情を曇らせる。



「……心配だから、目の届く範囲にいてくれるかな」


「ふふ、分かりました。心配はいりませんが、ありがとうございます」



 心配されること自体が滅多にない私は、少しくすぐったい気持ちでルキウスさまに微笑んだ。


 私はそのまま、気になる視線の先にいる男性の元へ向かう。男性は私に気付き目を丸くしたけれど、逃げ出そうとはしなかった。



「こんにちは。私はノエル・クレージュと申します。少しお話させていただいてもよろしいですか?」


「………あんた…」



 男性はちらりとルキウスさまへ視線を飛ばす。



「……侯爵の女か?」



 女、という言い方は少しアレだけれど、私は小さく微笑んだ。



「先日、エヴラール侯爵と婚約させていただきました。よろしくお願いします」


「なんだい、侯爵が婚約だって?」



 男性の立っていた玄関口から、女性がひょこりと顔を出す。



「そりゃめでたいじゃないか。この町には明るい話題だねぇ」


「おい、話に割り込んでくるな」



 男性は女性を追い払うような仕草をする。私は女性の言葉が気になった。

 ルキウスさまの婚約が、おめでたいと言ったのだ。



「この町の方は、侯爵をどう思っていらっしゃるんですか?」


「どうって……領地を立て直した凄腕の侯爵だって、みんな思ってるはずだよ。ねぇ、あんた?」


「………まぁ、そうだな。こうやって定期的に様子を見に来てくれるしな」



 ……おかしい。それが本当の言葉なら、どうしてルキウスさまに伝わっていないのだろう。


 不思議に思いながら首を傾げていると、今度は隣の家から女性が現れた。



「ねぇ、エヴラール侯爵の婚約者って聞こえたけど本当?あなたが?」


「あ、はい。ノエルと申します」


「まぁぁ!可愛らしいお嬢さんね!良かったわぁ。不運のせいでこのまま独身なのかしらって、みんな心配していたのよ」


「……あの…もしかして皆さん、ルキウスさまとお話したことは…」


「侯爵とお話!?嫌だわ、恐れ多い!」



 私は確信した。これは完全に、コミュニケーション不足だ。



「……でもよぉ、侯爵は不運な体質だろ?」



 男性がボソリと言った。その不運に巻き込まれたくないと思い、ルキウスさまと話さない人もいるのだろう。

 けれど、しょんぼりとしてしまう私の耳に、予想外の言葉が届く。



「……俺らが近付いて、その不運に巻き込まれたら…傷付くのは侯爵じゃねぇか」



 え?と私は思った。この男性は、自分の心配をしているわけではない。

 ……ルキウスさまの、心配をしているのだ。


 奥さんと思われる女性も、別の女性もうんうんと困ったように頷いている。



「もう十年くらい前かねぇ……ルキウスさまとディアナさまが揃っていらっしゃったとき、同じ年くらいの子どもが不運に巻き込まれてね、ケガをしちゃったのさ」


「幸い、大したケガじゃなかったのにね…ディアナさまが取り乱しちゃって。そのあとご自宅から外に出られなくなったと聞いて、あたしたちはむやみに近付かないようにしようって決めたんだよ」


「……そんな、ことが……」



 私は言葉に詰まった。だってルキウスさまは……嫌われてなんかいないと分かったからだ。

 それなのに嫌われていると思い込んでいるなんて、これも不運体質のせいなの?



 気付けば、私の周りにわらわらと人が集まって来ていた。

 みんながルキウスさまの話をしていて、そのどれもがルキウスさまやディアナさまの体調を気遣ったものだ。


 それなら、と私は手を叩く。



「みなさん、ルキウスさまとぜひお話してください」



 私の提案に、みんなが目を丸くする。すぐに反対の声が上がった。



「でも私たちが近付けば、不運に……」


「大丈夫です、私がいます。私は、強運なので」



 にこりと笑ってそう言えば、みんなが固まる。信じられないものを見ている目だ。

 それでも、このすれ違いを解決する方法はこれしかない。



「……どうか、信じてください。みなさんが心から、ルキウスさまのことを想ってくださっているのなら」



 私の言葉に、みんなは顔を見合わせていた。

 その中からスッと手が挙がる。最初に話した男性だ。



「……あんたを信じよう。俺は、エヴラール侯爵と話してみたい」



 私は笑顔で頷くと、他の人たちにも視線を向ける。みんなが期待と不安の混じったような顔をしていた。



「行きましょう。ルキウスさまとお話したい方は、私についてきてください」






 畑の近くで真剣な顔で話していたルキウスさまとバーネットが、私に気付くと二人揃って目を見開いた。

 私は今、ぞろぞろと領民を引き連れて歩いているのだ。



「……ノエル?何の騒ぎだ?」


「ルキウスさま、みなさんがお話したいとののとです。視察には、現地の声ほど重要なものはありませんよね?」


「それはそうだが……」



 ルキウスさまの瞳が、緊張している領民たちへ向けられる。ルキウスさまもきっと、いつ不運が起こってしまうのかと心配しているだろう。

 バーネットがそっとルキウスさまの背中を押した。



「ノエルさまのご厚意を、無駄にしないでくださいよ」


「……そうだな。……聞いてくれ、みんな。俺は少しでもこの町の力になりたい。どうか、知恵を貸してくれないだろうか」



 ルキウスさまの凛とした声に、みんながごくりと喉を鳴らす。そのときだった。



「―――大変だ!商人の馬が暴れてこっちに…!!」



 誰かの叫び声と共に、何頭もの馬が物凄い勢いで向かってくるのが見えた。

 このタイミングで、最悪の不運の引き寄せ方だ。ルキウスさまが瞬時に反応する。



「みんな、そこを動くな!……ノエル、こんなときに君に頼る俺を許してくれ」


「はい、大丈夫です。私が馬を…」


「みんなのことを、護ってくれ」



 ルキウスさまは優しく微笑み、私にそう言って走り出した。

 強運で馬を止めにいくものだと思っていた私は、ルキウスさまの行動に面食らってしまう。


 バーネットが「〜ああもう!」と言いながらルキウスさまの後を追った。



 五頭の馬のうち、四頭が引き寄せられるようにルキウスさまを追い掛けて行く。

 五頭のうちの一頭はパニック状態なのか、一際大きく暴れながら私たちの方へ向かって来た。



「みなさん、大丈夫ですから動かないでください!」



 悲鳴を上げ逃げ出そうとする人たちを止め、私はみんなを庇うように前に出る。

 馬が近付いて来た。私がそっと両手を伸ばすと、背後から「危ない!」と声が掛かった。



 ところが、馬は私のすぐ手前で急に大人しくなって立ち止まった。

 私はその馬の目を見ながら、ゆっくりと近付く。



「大丈夫……大丈夫よ。安心して、何も怖くないから」



 私が体を撫でながら声を掛ければ、馬はすっかりと大人しくなっていた。

 ホッと息を吐いてから、私はその馬の背中に跨る。



「みなさん、ここにいてくださいね。私はルキウスさまを助けに行ってきます」



 呆然としている領民たちに向かって微笑みかけると、私はルキウスさまの元へと馬を走らせた。



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