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第5話:領地視察へ


「……それであなた、どうやってルキウスお兄さまに取り入ったのかしら?」



 目の前で美少女に顔を覗き込まれ、私は覚醒しきっていない頭のまま、ぼんやりとその整った顔を眺めていた。


 次第に視界と頭がスッキリと覚醒し、瞬きを繰り返す。



「……ディアナさま?」



 ディアナさまがフンと鼻を鳴らす。私はゆっくりと起き上がると、完璧な装いで腕を組む不機嫌な美少女を見た。


 昨日、バーネットは朝に使用人を寄越してくれると言っていたけれど…代わりにディアナさまが来てしまった。

 おそらく、バーネットもルキウスさまでさえも知らないだろう。



 寝起きでボサボサ頭の私をじろじろと眺めながら、ディアナさまは目を細める。



「お兄さまったら、どうしてこんなどこにでもいるような女を…?あなた、家名は?」


「クレージュです、ノエル・クレージュ…私は、伯爵家の娘です」


「クレージュ伯爵?…まぁいいわ、有名な家名じゃないと聞いても分からないし」



 遠回しにバカにされているのだが、私は気にならなかった。我が家が数ある伯爵家の中でも、底辺に位置していることは分かっている。



「それで、もう一度訊くわね。ルキウスお兄さまには、どうやって取り入ったのかしら?」


「……それは…」


「それは?」


「……ええと、運です」


「………………あなた、私のことバカにしてる?」



 じとりと睨まれてしまった。

 けれど、私は強運ですから、としか言えることはないのだ。

 ルキウスさまの方から求婚された、と言っても信じてもらえないだろう。



「とにかく、私は認めないわよ。どうせあなただって、お兄さまの不運に巻き込まれたら嫌になって逃げ出すに決まっているんだから!」



 捨て台詞のようにそう言って、ディアナさまは部屋から出て行った。


 そのあとすぐ、バーネットが言っていた使用人が慌てたように部屋に入ってくる。



「ノ、ノエルさま、失礼致します!今、ディアナさまがこちらへいらしていましたか!?」


「あ…うん、そうよ。嵐のように出て行ったけれど…」


「何も起きませんでしたか!?棚が倒れたり、照明が落下したり…」


「落ち着いて、大丈夫だから。私もディアナさまも、なんともなかったわ」



 あまりの使用人の取り乱し方に違和感を覚えながらも、私はそう言った。

 使用人はホッと息を吐くと、すぐに畏まったお辞儀をする。



「……取り乱してしまい、大変失礼致しました。私はノエルさまの身の回りのお世話をさせていただくことになりました、クラリスと申します」



 私はクラリスに顔を上げるように言ってから、その綺麗な紫の瞳に気付く。

 茶髪に、顔立ちも似てる…もしかして。



「もしかして、バーネットの血縁の方…?」


「はい。バーネットは私の弟です」



 微笑んだクラリスの顔は、バーネットにとても似ていた。予想が当たったことに私は嬉しくなる。

 姉弟でルキウスさまを支えているなんて、とても素敵な話だ。


 クラリスはクローゼットから私が持参したドレスを取り出し、手早く準備を始める。

 優秀な手際だなと感心しながら、私は口を開いた。



「クラリス、その…聞きたいことがあるの。ディアナさまは、ルキウスさまと同じような不運な体質なの?」


「……はい。けれど、どちらかといえばディアナさまの方が、周囲を巻き込みやすい不運に遭うことが多いです」



 クラリスの言葉に、私は押し黙る。

 周囲を巻き込んでしまうから、ディアナさまは外に出たがらないのかもしれない。

 ……それなら、ディアナさまはルキウスさまと同じだ。同じ、優しい心を持っている。


 優しい人たちが不運のせいで苦しんでいるなんて、とても理不尽だと思ってしまう。



 考え事をしているうちに、私の身支度は整っていた。

 いつの間にか髪も丁寧にセットされている。


 ちょうどその時、タイミングを見計らったかのように扉がノックされた。



「ノエルさま、バーネットです。よろしいですか?」


「ええ、どうぞ」



 部屋に入って来たバーネットは、クラリスをちらりと見ると口を開く。



「……ディアナさまが、髪を結って欲しいと駄々をこねています」


「そう…分かったわ。ノエルさま、失礼致します」



 クラリスはスッとお辞儀をして、足早に部屋を出て行った。

 どうやら、ディアナさまはクラリスがお気に入りなようだ。



「失礼致しました、ノエルさま。クラリスは昨日までディアナさまの侍女をしておりまして…」


「………それってもしかして、私すごくディアナさまに恨まれるんじゃない?」



 ディアナさまの私への評価に、お気に入りの侍女を盗った女、が加わってしまう。

 バーネットは両手を挙げた。



「クラリスをノエルさまの侍女へ変更したのは、ルキウスさまですからね。俺じゃありませんよ」


「ルキウスさまが?」



 わざわざディアナさまから外したということは、何らかの意図があってのことなのだろう。

 私が一人納得したような顔をしていると、バーネットは眉をひそめた。



「ずいぶんと、ルキウスさまを信頼なさっているんですね?」


「……そうね。ルキウスさまの言葉は不思議と信頼できるし、私は自分の強運にも自信があるから」



 少し悪戯に笑ってみせれば、バーネットも「それは頼もしいですね」と笑う。



「では、今日もノエルさまの強運を頼りにしていますよ」


「今日は何をするの?」


「ルキウスさまと、領地の視察です」



 領地の視察。私はちょうど、このエヴラール侯爵領をじっくり見てみたいと思っていたところだった。



「分かった。ふふ、楽しみだわ」



 このときのバーネットのなんとも言えない表情の理由を、私はすぐに知ることになった。






***



「………ルキウスさま、本当に毎日こんな感じなのですか…?」



 息を切らしながらそう言えば、ルキウスさまはとても申し訳なさそうに眉を下げる。



「これでも、ノエルがいてくれるから楽な方なんだけどな…」


「………楽…、」



 私はそれ以上言葉を続けられず、無心で足を動かす。

 現在私たちは、視察予定の場所まで向かっている途中だ。……なぜか、徒歩で。


 というのも、ルキウスさまが不運に愛されてしまっているからだ。



 馬車は突然動かなくなり(脱輪しないだけマシらしい)、馬はルキウスさまが乗ろうとすると暴れ(よくあることらしい)、結局徒歩で向かうことになってしまったのだ。



「ノエルさま、まだ視察先が近い方ですから。酷い時はルキウスさまと三日間かけて歩きづめです」


「み、三日…!?まさかそれ、帰りも…」



 私が口元を押さえれば、バーネットが遠い目をしてゆっくりと頷く。

 ルキウスさまも乾いた笑いを漏らしていた。もはや、笑い事ではない。



「ルキウスさま、私……ここまで不運に愛されている人を知りません」


「ノエル、それは俺もだよ。おそらく誰もがそう思うだろうな」


「……強運の私がいても、あまり役には立てませんね…」



 私がポツリと呟いた言葉に、ルキウスさまが足を止めた。振り返ると、眉を寄せて私を見ている。



「……ルキウスさま?」


「ノエル。俺は君に、自分の不運を救って貰いたいとは思っていない、と言ったはずだ」


「それは……はい、覚えています」



 私は頷きながら、でも、と続ける。



「私が、ルキウスさまの力になりたいと…役に立ちたいと、そう思えたのです」



 今まで私は、自分の強運で誰かの役に立ちたいと、そう思ったことはなかった。

 強運を誰かに分けられるわけではないし、強運だからと頼られて、結果に満足がいかずに責められるということもあったからだ。


 だから、ルキウスさまを幸せにしてあげたい―――と思っている自分がいることが、とても不思議に思える。



「……聞いてくれバーネット。俺の婚約者はとても優しい」


「そうですね、そのセリフはもう昨日聞きました」



 バーネットは明らかな作り笑顔でルキウスさまの言葉を聞き流すと、「お」と声を漏らした。



「見えましたよ、ノエルさま。あともう少しです」



 木々の隙間から、町並みが見えてきた。

 これから視察へ向かうのは、比較的小さな町らしい。

 最近の日照り不足の影響で、農作物の収穫に影響が出ているとのことだ。



 町の出入口付近で、ルキウスさまが急に立ち止まる。

 そして私を振り返ると、申し訳なさそうに眉を下げた。



「ノエル……ここから先、少し嫌な思いをさせるかもしれない」


「嫌な思い…ですか?」


「ああ。俺は―――この町の人たちに、嫌われているんだ」



 そう言ったルキウスさまの瞳は、とても悲しそうに揺れていた。



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