第12話:感謝
夢でも幻覚でもない。
会いたくてたまらなかったルキウスさまが、私に駆け寄ってくる。
「ノエル……!ディアナ、無事か!?」
私はポロポロと涙を零しながら、無言で何度も頷く。
「……私、は……大丈夫です。ディアナが、転んでしまって……」
「お兄さま、少し足を捻っただけです。それより、後ろの男たちをお願いします」
後ろを振り返れば、剣を持つ男たちに動揺が走っているのが分かった。
このまま戦うべきか、逃げるべきか迷っているようだ。
「―――バーネット」
「はい。お任せを」
ルキウスさまが名前を呼ぶと、いつの間にか近くにいたバーネットが駆け出して行く。
あっという間に敵に近寄り、長剣を振るっていた。
その動きに目を奪われていると、階段から複数の足音が聞こえてくる。視線を向ければ、階段から大勢の騎士が現れた。
「……エヴラール侯爵、ただいま到着致しました!」
「待っていたよ。この先にいる人物を、一人残らず捕らえてくれ」
「はっ!」
騎士たちが駆け足で横を通り過ぎて行く様子を、私は呆然と見ていた。あまりに突然の展開で、頭が追いつかない。
「……ノエル」
優しく名前を呼ばれ、私はルキウスさまを見上げた。ルキウスさまは眉を下げ、揺れる水色の瞳で私を見ている。
「遅くなってすまない。怖い思いをさせたね」
「……ルキウスさま……」
「どうした?」
「ルキウスさまぁ……!」
助かったという安堵感と、ルキウスさまに会えた嬉しさで、私の涙腺は崩壊した。
涙が溢れて溢れて止まらない。ルキウスさまの姿がぼやけていく。
「……ノエルさま。ディアナさまは俺がお預かりしますね」
いつの間にか戻って来ていたバーネットが、ディアナをひょいっと抱き上げる。ディアナは顔を真っ赤にしていた。
「ルキウスさま、ディアナさまを医師のところへ先に連れていきます」
「ああ、頼んだ」
ぼやけた視界の端で、バーネットがディアナを抱えて階段を駆け上がって行く。
ルキウスさまの指が、私の目元を優しく拭った。少し躊躇う素振りを見せてから、ルキウスさまの口が開く。
「……ノエル、その……君が嫌ではなければ……抱きしめても、いいだろうか」
その言葉を聞いた私は、返事をするより先にルキウスさまに自分から抱きついていた。
「ルキウスさま……!ルキウスさまっ……!」
「……ノエル、もう大丈夫だ」
ルキウスさまが、優しく抱きしめてくれる。私はそれが嬉しくて、ぎゅうぎゅうと力を込めた。
「……あー……」
「?」
頭上から困ったような声が聞こえ、私は顔を上げる。
ルキウスさまは天を仰いでいた。
「……こんな場所でいいのか……?でも我慢できないしな……」
何やらブツブツと呟いたかと思えば、ゆっくりと私に視線を合わせる。熱のこもった瞳に、心臓がうるさく跳ねた。
「ノエルが可愛いのが悪い。先に謝るよ、ごめん」
「なに……」
何が、と問おうとした私の唇は、ルキウスさまによって塞がれていた。
想いが流れ込んでくるような、とても優しいキスだった。
唇が離れると、ルキウスさまがふわりと笑う。今まで見た中で、一番極上の笑顔だった。
「―――好きだよ、ノエル」
その笑顔に悩殺された私は、がくんと膝から崩れ落ちそうになり、ルキウスさまに慌てて支えられた。
「ノエル?どうしたんだ、まさか俺の不運のせいで何か……?」
「……いえ……悶えているだけです」
両手で顔を覆い、私はそう答える。
指の隙間からルキウスさまを見れば、とても嬉しそうに笑っていた。
***
―――翌日。
侯爵邸にやって来た騎士の報告によると、あの地下で人身売買に手を出していた商人と、その客として参加していた人たちは全員捕らえられたらしい。
また、売られそうになっていた女性たちと子どもは、それぞれ無事に元いた場所へ帰ることが出来るようだ。
それを聞いて、私はホッと息を吐く。
「……他に何か、聞きたいことはあるかな?」
ルキウスさまがそう言って、私の髪を撫でた。優しい眼差しにドキッとしたけれど、それよりも。
「あの……ずっとこのままですか?」
私は今、ルキウスさまの隣にピタリと密着するようにソファに並んで座っている。
そしてルキウスさまの肩に頭を預け、その頭をルキウスさまに撫でられているという状況だ。
幸せな気持ちにはなるけれど、とても恥ずかしい上に、近くに控えているバーネットの視線が痛い。
「本当は、俺の膝の上に座らせたいくらいなんだが……」
「ルキウスさま、それはさすがに俺が目のやり場に困るのでやめてください」
「なんだバーネット、見なければいいだろう」
くすりと妖艶な笑みをルキウスさまが浮かべ、バーネットは口元を引きつらせている。
私は顔が熱くて仕方がない。
「あの、ルキウスさま、ディアナは……」
「ディアナは心配ないよ。今日ここへ戻って来る予定だから、そうしたら会ってやって欲しい」
「はい。もちろんです」
昨日、ルキウスさまお抱えだという医師の元へ連れていかれたディアナは、足首の捻挫の手当てを受け、そのまま疲労で熱を出して休んでいた。
昨日の出来事が新たなトラウマになって、外出が嫌にならなければいいのだけど……と少し心配になる。
扉がノックされ、クラリスが顔を出した。その後ろから、今回の手柄を立てた人物が姿を現す。
「ノエル、少しは落ち着いたか?」
「カロン兄さま!」
なんとカロン兄さまは、私とディアナがいた美食の街ルッセに滞在していたのだ。
それは何故かと言うと、ルキウスさまが私とディアナを見守るように、兄さまにこっそり頼んでいたからだった。
そしてそのおかげで、兄さまは私とディアナが誘拐されるところを目撃していた。
こっそりと後をつけ、ルッセの街外れにある古びた建物に入っていく様子を見ていたらしい。
「兄さま、本当にありがとう。おかげでみんな助かったわ」
「いや、エヴラール侯爵の重すぎる愛のおかげだな。普通婚約者の兄に、心配だからって尾行を頼むか?」
そう言いながら、兄さまが可笑しそうに笑う。ルキウスさまは平然としていた。
「友人と楽しく遊ぶノエルが見られる、と喜んでいたのはあなただろう」
「……兄さま?」
「ちょっ、侯爵!そこは内緒にしておいてくださいよ!」
だから昨日、ルキウスさまと握手をして帰るフリをした兄さまは笑顔だったのか…と半ば呆れた視線を送る。
それでも、兄さまが目撃してくれたおかげで、みんなが助かり、多くの違法者を捕まえることが出来たのだ。
そして私も、こうしてルキウスさまの元へ帰ることが出来た。
隣に座るルキウスさまの手を、そっと握る。ルキウスさまはピクリと反応し、私を見た。
「ノエル?」
「……なんと言いますか……ルキウスさまと出逢ってから、私は私の強運を見つめ返すことが出来て、とても感謝しています」
ルキウスさまと出逢う前は、強運が当たり前で、それに対して感謝する気持ちは薄れていた。
けれど、不運体質があることを知り、その不運と戦っている人たちをこの目で見た。
私の強運は、とても恵まれたものだと改めて思う。
そして、そんな強運が連れてきてくれた出逢いに、想いに、感謝が止まらない。
ルキウスさまは優しく微笑んで、私の手を握り返してくれる。
「俺も、より不運に負けないようにしなければと思ったよ」
「……もしかして、助けに来てくれるまでの間も何かありましたか?」
「それは……置いておこうか。俺が格好良く助けに入った、という事実だけ、ノエルの頭に残しておいて欲しい」
「実際に敵と戦ったのは俺ですけどね?ノエルさま、そこは記憶を改ざんしないでくださいね?」
「それを言うならノエル、お前の居場所を突き止めたのは俺だぞ!俺の方が格好良いだろう!」
「バーネット、カロン、うるさい」
ルキウスさまが笑顔でピシャリと言い放ち、私はくすくすと笑う。
本当に、こうして笑い合えることが幸せだと思う。
ふと、私はある大切なことに気が付いた。
「ルキウスさま」
ルキウスさまの腕を引き、私は耳元で囁く。
「ルキウスさま―――私も、大好きです」
目を見張ったルキウスさまが、ソファからずるずると滑り落ちる。そんなルキウスさまを見て、私はまた笑うのだった。




