サマリ04:エルフの里と涙の決意
現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。
どーぞ、ごひいきに。
この日もメディクの案内で、陽翔とアーツはエルフの里へと向かっていた。森の奥に広がるエルフの集落は、木々と調和した美しい場所だったが、至るところで苦しそうに鼻をすすったり、目をこすったりするエルフたちの姿が目についた。
里に足を踏み入れると、まずは長老のもとを訪れた。長老の住まいは、集落の中央に位置し、大きな樹木の幹を利用して作られた荘厳な建物だった。
「よく来たな、メディク。そして……見慣れぬ者たちよ、君たちは何者だ?」
長老は穏やかながらも鋭い目を陽翔とアーツに向けた。陽翔は深く一礼し、静かに名乗った。
「俺は陽翔、こっちはアーツ。俺たちは医療の知識を持ち、病を治すために活動している者です。メディクから、この里で奇妙な症状が広がっていると聞きました。もしよければ、詳しく教えていただけますか?」
長老はしばらく陽翔を見つめていたが、やがて頷いた。
「実は……ここ最近、村人たちが次々と、鼻をすすり、くしゃみをし、目をかゆがるようになったのだ。最初はただの風邪かと思ったが、どうにも様子がおかしい。症状は日によって変動するが、決して治る気配がない。我々の治癒魔法も、ほとんど効果を示さんのだ」
「やはり……」
陽翔はメディクと目を合わせ、頷いた。すでに予想していた通りの状況だった。
「長老、俺たちはこの症状の原因を突き止め、治療を試みたいと考えています。許可をいただけますか?」
長老はしばらく考え込み、陽翔たちを鋭い眼差しで見つめた。
「……正直に言おう。私は君たちを完全に信用しているわけではない。しかし、我々の治癒魔法が効かず、手立てがない今、頼れるものにはすがるしかないのも事実だ……」
長老は深く息をつき、続けた。
「メディク、お前はこの者たちの力を信じるのか?」
メディクは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに強く頷いた。
「……はい。彼らの知識は本物。私自身も彼らの薬で症状が和らいだ」
長老はその言葉を聞き、静かに目を閉じた。そして数秒後、ゆっくりと頷いた。
「……いいだろう。ただし、我々も状況を見守らせてもらう。協力は惜しまぬゆえ、存分にやってくれ」
「ありがとうございます」
こうして、正式にエルフの里での治療活動が始まることになった。
長老の許可を得た陽翔たちは、早速、診療所のような場所へと足を運んだ。
診療所の中に入ると、そこには数人のエルフが横になっていた。苦しそうに呼吸をしながら、力なく天井を見つめている。
(アーツ。この人達は、花粉症で間違えないか?)
『はい。詳しい検査をしたいところではありますが、グレイスを使って確かめたので間違えないでしょう。症状からして、メディクよりも重症のようですが、ひとまず即効性のある小青竜湯で様子をみましょう。効果を実感できれば、今後の治療や対策も取りやすくなります』
アーツからの指示を受けた陽翔は、メディクに小青竜湯を使うように指示を出す。
メディクはそっと彼らに歩み寄り、優しく声をかけた。
「……今から、新しい薬を試してみる。少しでも楽になればいいが……」
エルフたちは、弱々しく頷いた。彼らもまた、今のつらい状況をどうにかしたかったのだ。
陽翔はメディクと共に、事前に調合していた小青竜湯を患者たちに飲ませた。ゆっくりと薬を口に含み、少しずつ飲み込んでいくエルフたち。静寂が診療所を包み込んだ。
そして、数30分後——。
「……あれ?少し……楽に……」
最初に変化を感じたのは、一人の年配のエルフだった。目のかゆみが治まり、鼻の通りが良くなっているのを感じたのか、驚いたように自分の顔を触っていた。
「本当に……効いてる……!」
次々と、他のエルフたちも同じような反応を示し始める。呼吸が楽になったと喜ぶ者、くしゃみが収まったと笑顔を見せる者。その様子を見たメディクの瞳が、大きく揺れた。
「……良かった……」
彼女は小さく呟くと、そっと目元を拭った。
「メディク……?」
陽翔が驚いたように声をかけると、メディクはかすかに笑った。
「……ずっと、ずっと……何もできなかった。私が薬を作っても、治せなかった。みんな苦しんでいたのに……」
その言葉に、陽翔は彼女の苦悩を感じ取った。メディクはずっと、自分の無力さに苦しんできたのだ。
「でも……今は違う」
メディクは涙をこぼしながらも、まっすぐに陽翔を見つめた。
「あなたたちと出会って、私の薬で、誰かを救うことができた……」
陽翔は微笑みながら言った。
「それは、メディクが努力してきたからこそだよ。君の家にあった薬草や調合した薬の数々。あれを見て十分に伝わってきたよ。だから僕たちは、少しアドバイスをしただけさ。実際に必要な薬草を準備して、里の人達のために調合をしたのはメディクだ」
メディクは静かに薬の瓶を握りしめ、目を伏せた。
「……私はずっと、自分の無力さを感じていた。どんなに薬を調合しても救えなかった。みんなが苦しんでいるのに、私には何もできなかった……」
彼女の声は震えていた。
陽翔は静かに彼女を見つめ、そっと頷いた。
「メディク、君の努力は今、確かに誰かの命を救っている。そのことを誇りに思っていい」
メディクは涙をぬぐい、小さく頷いた。
「……ありがとう」
彼女の中で何かが変わり始めていた——。
最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。