サマリ19:微睡みの馬車と静かな水面
現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。
どーぞ、ごひいきに。
盗賊との戦闘を終えた陽翔たちは、再び帝都バルゴを目指し、馬車を走らせていた。昼を過ぎた森の道は風がほとんどなく、むっとするような熱気が馬車の中に籠もっている。
陽翔は幌の内側、木製の座面に腰掛けながら、額に浮いた汗を拭っていた。
その隣にはメディク、正面にはディエットが座っている。どちらも、戦闘の緊張から解かれた今、わずかに頬を紅潮させているように見えた。
「陽翔様。……さっきの戦闘における指揮判断、的確だった」
メディクがやや視線を逸らしながら、淡々と語った。その声は平静だが、耳の先がわずかに赤い。
「いや、俺だけじゃないよ。メディクの魔法がなかったら、たぶん無事じゃ済まなかった」
「……うん。評価されるのは……悪くない感覚」
一瞬だけメディクの手が陽翔の袖に触れ、すぐに引っ込めた。その控えめな仕草は彼女らしく、しかしどこか意識しているようでもあった。
その向かいで、ディエットが視線を落としたまま、柔らかく微笑んでいた。
「陽翔。ああやって言えるの、私もすごいと思う。私は……あの戦い、まだちょっと怖かったよ」
「そりゃあ俺だって怖いよ。でも、誰も傷つかなかった。それだけで十分さ」
「……うん。陽翔がいてくれると、ほんとに心強いから」
そう言って、ディエットはふっと目を伏せた。頬にかかる髪が揺れ、その胸元に小さな光が反射する。
「……ただの、看護師だったんだけどな、俺」
陽翔が照れくさそうに言ったとき──
「……おい、静かにしろ。馬が集中できない」
前方から、クリラボのくぐもった声が飛んでくる。彼は手綱を握りながら、振り返りもせずに言った。
「この気温は人体にも馬にも負荷が大きい。そろそろ冷却と水分補給が必要だ。ちょうど左手に湖がある。地図にはないが、湧水由来で水質も問題なさそうだ」
「OK!じゃあ、ちょっと休憩していこう」
クリラボが馬車を止め、皆が外へ降りると、そこには涼しげな湖が広がっていた。
「盗賊達。焦がされたくなければ、ここで馬を労っていろ」
「へ、へいぃぃ」
―――森に囲まれた静かな水面。空の青を映しながら、さざ波ひとつ立たない湖は、まるで鏡のように穏やかだった。
「気持ちよさそうだな……ちょっと、足くらい浸けてみるか」
陽翔が靴を脱ごうとすると、ディエットが一歩前に出る。
「じゃあ、私が先に行くね」
彼女はすっと裾をまくり、白い脚を湖に差し入れた。
「ひゃっ、冷たいっ!」
跳ねた水しぶきが陽翔の頬に飛んでくる。
「おいおい、かけすぎだって!」
「えへへ、ごめんってば」
その様子を見て、メディクが近づいてくる。感情を見せぬまま淡々と語る。
「陽翔様、皮膚表面温度が上昇傾向。対策として、水による直接冷却が有効」
「え、あ──うわっ冷たい!」
メディクが無表情のまま、手のひらで陽翔の首筋に冷たい水を押し当てたのだ。
「冷却効果を得るには、この程度の刺激が適正と判断」
「ちょ、ちょっとは加減して……!」
その光景を見ていたディエットが、ちょっとだけムッとした顔をする。
「……ねぇ、ちょっとそれやりすぎじゃない? 私にもやらせて」
「そ、そういう意味じゃないんだけどなぁ……」
(これって、俗にいうハーレム状態だよな……。1人はエルフで、もう1人は、狐の獣人。物語の主人公はこうゆう気持ちだったのか。あぁぁぁ。良いじゃないかッ!俺、この世界に来て、始めて良かったと心の底から思ったかも……)
そのとき──
「……騒がしい」
馬車から降りてきたクリラボが、頭をタオルで拭いながらぼそりと呟いた。
「水は良質。冷却効果あり。感情の高揚も生理的効果のひとつ。……好きにしろ」
その口調はあくまで淡々としていたが、湖面を見つめる彼の目元は、少しだけ和らいでいた。
アーツが陽翔の肩に乗りながら、静かに囁く。
『……このような時間も、きっと大切なのですよ。陽翔。たとえそれがハーレムでも』
(えッ!アーツ、お前って俺の心の声まで聞こえるのか!?)
『もしわたしがグレイスを使ったとしても、そこまでは聞こえません。ですが、あの鼻の下を伸ばした表情を見ていれば、心が読めなくとも推測は容易です』
(あ、そうゆうこと……。鼻の下を伸ばしてたのか俺。少し自重しよ……)
──そして、夕刻。
焚き火の前で、みんなは濡れた服を乾かしながら、穏やかな表情で火を囲んでいた。
「……楽しかったな。ちょっと騒ぎすぎたかもだけど」
ディエットが微笑む。
「今日みたいに、誰かと笑い合える時間って……忘れちゃいけない気がする」
「うん。明日からはまた、きっと厳しい日々が待ってる。だからこそ、こういうひとときが、必要なんだろうな」
陽翔はそう言いながら、火のゆらめきを見つめた。
「騒がしかったが……悪くない時間だった」
クリラボがぽつりと呟くと、メディクが静かに言った。
「感情の安定は、精神的回復の第一歩とされます。……本日の過程は、有意義でした」
『すべての命に、休息の価値は等しくあるのです』
アーツのその言葉と共に、焚き火が優しく、静かに、星明りの下で揺れていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。




