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異世界看護師と猫の医師  作者: 十二月三十日
第3章:絶望の都と癒しの種火
18/23

サマリ17:栄養士ディエット

現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。


どーぞ、ごひいきに。

──それは、復興の兆しがようやく見え始めた頃だった。


畑に人が戻り、枯れかけていた苗が息を吹き返し、街に穏やかな空気が漂い始めていた。

だがその裏で、陽翔は気になる変化を感じていた。

子どもや高齢者の一部に、妙な“元気のなさ”が見られるのだ。


「体は動くけど、すぐ疲れちゃうの」「ごはん食べても、おなかが空いた気がしない」


そんな声がぽつぽつと聞こえてくる。


陽翔は迷わず、≪バイタルスキャン≫を起動した。

脈拍、血圧、体温──微熱傾向、頻脈、軽度の低血圧。数値は全体的にやや不安定だ。


アーツが陽翔の肩から飛び降り、静かに言った。


『クリラボ。体調がすぐれない方の検査をお願いします。特に生体内の水分量と電解質、血中蛋白の確認を』


「……了解。グレイス(生体の恵み)発動」


クリラボは、目の前の患者に手をかざした。

彼の瞳が淡く光り、解析されたデータが浮かび上がる。

そして、その結果は紙に記され、すぐにアーツの前へ差し出された。


アーツが目を通すと、眉をひそめた。


『ヘマトクリット、ナトリウム、尿比重、いずれも上昇。さらにアルブミン、ヘモグロビン、鉄、すべてが低下傾向……』


アーツは陽翔とクリラボ、そして隣に立っていたメディクに向けてはっきりと言った。


『脱水症状と、複合的な栄養失調です。対象者には直ちに補水と栄養再建を行ってください』


「メディク、頼む」


「すぐに調合する」


メディクは静かに頷き、グレイス(調薬の恵み)で経口補水液を調合した。

わずか数分で完成した液体は、木の器に注がれて、アーツが診断した住民一人ひとりへ丁寧に手渡されていく。


やがて、少しずつ、子どもたちの顔色が和らぎ始めた。

だが、陽翔はアーツの表情がまだ険しいままであることに気づいていた。


「アーツ……」


『補水だけでは、不十分です。根本は、“食”の不足にあります』


その言葉に、陽翔は一人の人物の顔を思い浮かべた。


──ディエット。


あの日、《たんぽぽ亭》で最初に出された夕食。

素材は乏しかったはずなのに、彼女が作った料理は完璧な栄養設計がされていた。


「ディエットに……頼んでみよう」


その夜。厨房で静かに作業をしていたディエットの背を、陽翔はそっと呼び止めた。


「……ディエット。少し、時間もらえるかな?」


彼女は振り返り、陽翔の真剣な眼差しを見て、道具を置いた。


「ええ、何か……ありましたぁ?」


陽翔は静かに語り出した。


「この街の人たち、少しずつ元気を取り戻している。でも、いくら補水をしても、回復しきれない人たちがいる。……それは十分な栄養が足りていない可能性が高い」


ディエットの表情が曇る。


「……私には、もう誰かを救う資格はありません。昔、家族を……」


「知ってるよ。宿屋の女将さんに聞いちゃいました。申し訳ない……。でも、俺は思うんだ」


陽翔は一歩、彼女の前に踏み出した。


「命を守るのは、薬や魔法だけじゃない。食べさせることも、医療の一部だと」


ディエットが、目を見開いた。



―――、長い沈黙のあと、ディエットがぽつりとつぶやく。


「……私の料理で、もう一度、誰かが笑ってくれるなら。……私、作ります!」



【契約】


陽翔は静かに一歩踏み出し、彼女に向き直った。


「ディエット。君に力を与えたい。俺たちと一緒に、医療の道を歩んでみないか?」


ディエットの瞳が揺れた。


「……力を?」


「君の料理は、誰かの命を救える。あの日、君が作った夕食がその証だ。食事の力で命を守るために、俺と――契約してほしい」


彼女は一瞬、目を伏せた。

だが、ふたたび陽翔を見つめたときには、確かな決意が宿っていた。


「……はい。私に、できることがあるなら」


陽翔は、ゆっくりと画面の【YES】をタップした。


次の瞬間、光が彼とディエットの体を柔らかく包み込んだ。


ディエットの足元に淡い魔法陣が展開され、上昇する光に包まれながら、彼女の正面にステータス画面が現れる。


 

【契約が成立しました】


【ステータス画面】


〇名前:ディエット

〇種族:獣人(狐人族)

〇職業:栄養士

〇レベル:30

〇HP:4200

〇MP:6200

【グレイス】

 ≪滋養の恵み≫食材の栄養価と組み合わせ効果を把握し、患者の状態に合わせた最適な栄養配分で調理できる。特に虚弱体質や病中病後の患者に対する回復食の効果が大きく上昇する。


【魔法】

 火魔法


【進化】

 幻尾への進化が可能です・・・『進化する』


その瞬間、彼女の耳に、これまで届くはずのなかった落ち着いた声が響いた。


『……初めまして、ディエットさん。ようやく、私の声が届くようになりましたね』


彼女は驚き、目を見開いた。


「え!?この声……だれ……?」


アーツが穏やかに答える。


『わたしは、アーツ。いつも陽翔達と一緒にいる守護猫で、医師です。あなたと陽翔の“契約”が成立したことで、私の言葉があなたにも届くようになりました。改めて、よろしくお願いいたします』


ディエットは、胸に手を当てて深く頷いた。


「……こちらこそ。命を守るために、私の料理を……使ってください」


「ディエット、改めてこれからよろしく。ところで君のステータス画面にも進化の項目は出ているかな?」


「これかな?」


ディエットは、疑問を持ったまま反射的に【進化】をタップした。


次の瞬間、空気が静かに震えた。


柔らかな風が吹き、ディエットの足元に薄い蒼の光が集まり、ゆっくりと魔法陣を描いていく。

その光は彼女の身体を優しく包み込み、やがて彼女の内側から、何かが目覚め始めた。


「え?……何!?……」


体が熱を帯び、脈打つように流れ込む力が全身を巡る。

それは恐怖ではなかった。

どこか懐かしく、自分の中にずっと眠っていた“何か”が、ようやく呼吸を始めた感覚だった。


彼女の尾がゆっくりと二股に分かれ、毛並みが淡い銀に染まっていく。

耳はわずかに伸び、鋭さを増し、その表情はどこか神秘的な気品を帯び始めた。


背後に漂う光が、ふと一文字を浮かび上がらせる。


【進化が完了しました】


【種族:獣人(狐人族) → 幻尾(げんび)


 

静かに目を開いたディエットの瞳には、月のように柔らかく澄んだ光が宿っていた。


「……これが、私の“進化”……」


彼女は両手を胸に当て、小さく息をつき、改めてステータス画面に目をやった。


【ステータス】

〇名前:ディエット

〇種族:幻尾

〇職業:栄養士

〇レベル:80

〇HP:30000

〇MP:45000

【グレイス】

≪滋養の恵み≫食材の栄養価と組み合わせ効果を把握し、最適な形で調理できる。

 特に虚弱体質や病中病後の患者に対する回復食の効果が大きく上昇する。


【魔法】

レジストラ(栄養魔法):クックファイア(癒しの炎で、一時的に対象者の栄養状態と体力を底上げする)


「命を救いたい。守りたい。その想いが、この姿を導いたのなら──私、恐れずに進むわ!」


草の揺れ、風の音、星のきらめきすら、彼女の背を押しているようだった。


そして翌日。


陽翔たちは、街の外れにある井戸の様子を見に行った。

水はまだ戻っていない。雨が降らない以上、根本的な解決は難しい。


だが、そこでメディクが前へ出た。


「水の精霊に……お願いしてみる」


彼女は両手を組み、静かに祈りを捧げる。


「──どうか、もう一度この地に、水を……」


空気が震え、草が揺れる。

大気中の微細な水分が、地面へと還り、やがて井戸の底から「ちゃぽん」と水音が響いた。


「戻ってきた……」


人々が歓声を上げる。小川の水も、ほんの少しずつ流れ始めていた。


そして夜。

《たんぽぽ亭》の前に、長いテーブルが並べられた。

その中央には──ディエットの作った料理がずらりと並んでいる。


粥、野菜と薬草のスープ、果実を使ったゼリー。


どれも優しく、あたたかい。


子どもたちがそれを頬張り、目を輝かせて笑った。


「おいしい!なんか体がほかほかする。暖かい」


「これ、もう一杯!」


ディエットがその様子を見つめ、そっと目を細める。


「……私の料理を食べた人がみるみる元気になっていくのが見て取れる。凄い。これがグレイスの力なの!?」


陽翔が彼女の隣で言った。


「命を奪うんじゃなくて、支える。そして癒す。それが、君のグレイスだよ。それは、紛れもなく()()だ」


──そうして、命を救う“医療のかたち”がまたひとつ、この地に刻まれた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。

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