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異世界看護師と猫の医師  作者: 十二月三十日
第3章:絶望の都と癒しの種火
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サマリ16:命を奪わぬ戦い、命をつなぐ土地

現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。


どーぞ、ごひいきに。

──朝霧がうっすらと立ち込める中、陽翔たちは街の中心広場に集まっていた。


街の人々からの聞き取りは、思った以上に深刻な状況を物語っていた。

干ばつと水不足で畑は枯れ、そこに追い打ちをかけるように魔獣と盗賊の出没が続いた。夜に作物を荒らされるのは当たり前で、日中も畑に近づくのをためらう者さえいた。


「東の丘だよ。昨日も夜になると唸り声がしてた。あっちにはもう半年近く近づけてない」


「水源の近くの畑もやられちまった。魔獣が根ごと引き抜いていくんだよ……」


「盗賊? ……何度か見たことはあるけど、今は魔獣の方が怖いね」


陽翔は情報を聞きながら、地図の上に赤や青の印をつけていった。魔獣が現れる範囲、盗賊の動線、そして井戸や畑の位置――すべてを重ねて見て初めて、街を取り巻く危機の輪郭が見えてきた。


「……やはり、東の丘だな。魔獣の縄張り化が進んでる。ここを制圧できれば、畑に人が戻れるはず」


『陽翔。戦闘準備は万全に。今回の目的は“排除”ではなく“封じる”ことです。非殺傷を維持しましょう』


「もちろん。命を守るのが、俺たちの原則だ」


その言葉にメディクも頷いた。


『では、動きを封じるために筋弛緩薬を使用しましょう。この薬は筋肉注射で効果を発揮します。メディク、アネクトン注の調合をお願いできますか?』


「うん。任せて。即効性を高める」


陽翔はポーチから注射器を取り出し、メディクが調合した薬剤を丁寧に充填していく。

全てが静かに、しかし確かに進んでいた。


──そして、夕刻。


陽翔たちは東の丘に到達した。あたりは荒れ果て、獣道のような痕跡が無数に残っている。風が草を揺らし、その隙間からかすかな気配が漂ってきた。


『……左斜面です。三体を確認いたしました。先頭の一体は足取りに乱れがあり、左後肢に異常が見られます』


アーツが低く告げる。野生の本能に裏打ちされた感知能力。魔法でも魔術でもない、守護猫としての生存直感。


「──行くぞ。非殺傷で制圧する」


メディクが精霊陣を展開し、陽翔は充填済みの注射器を手に、魔獣たちの接近を待つ。


風を切って、牙獣が現れた。筋肉質な体に鋭い牙。だが、確かに足を引きずっている。


「≪精霊召喚・風狼よ、敵を絡め取れ≫!」


メディクの詠唱と同時に、風の精霊が地を駆け、獣の足元にまとわりついた。その一瞬の拘束に乗じて、陽翔が走る。


「っ──今だ!」


魔獣の脇腹に注射針を突き立て、アネクトン注を一気に注入。

唸り声を上げかけた魔獣は、数秒後にその場に崩れ落ちた。


『鎮静成功ですね。次に備えてください』


咆哮。続く二体が草を裂いて突進してくる。


「防壁展開! ≪精霊の護陣≫!」


メディクの結界が陽翔を包み、突進を受け止める。

陽翔はもう一本の注射器を抜き、風の流れを読むように踏み出した。


「っ──!」


跳ねるように一体に接近し、注射器を刺し込む。薬液が流れ、二体目の魔獣も崩れる。


残る一体は、仲間の無力化を見て怯えたように唸り、やがて森の奥へと逃げていった。


「……終わったな」


『はい。非殺傷での制圧、完了です』


「行こう。これで、街に畑を戻せる」


陽翔たちは、無力化した魔獣を縄で拘束し、荷台に乗せて街へ戻った。


──夜。


街の長老が魔獣を見て、静かに目を伏せた。


「……この個体が、皆を脅かしていたのか」


「命は奪っていません。ただ、決断は……そちらに委ねます」


陽翔の言葉に、長老は深く頷いた。


「……命は大切だ。けれど、あの畑を守るためにも、終わらせねばならん。……静かに、眠らせよう」


処理は、街の者たちの手で行われた。

殺したのではない――命に区切りをつけた。誰も声を荒げず、ただ静かに、敬意を持って。


──そして翌朝。


陽翔たちは、街の畑へと向かった。メディクは大地に膝をつき、静かに手をかざす。


「……聞こえる? 土の声が。草木が、戻りたいって言ってる」


彼女の指先から、柔らかな光が広がっていく。


≪精霊呼応・地の息吹≫


精霊魔法が土地の瘴気を浄化し、眠っていた根が目を覚ます。

干からびていた苗に、新しい芽が伸びる。

色褪せていた葉が、淡い緑へと回復していく。


「……ほんとに、戻ってきた……」


「この土地は、生き帰ったんだな……!」


人々の目に光が宿る。その場にいた誰もが、奇跡を見たと実感していた。


陽翔は、ふと横に立つディエットを見た。


「……ねえ、ディエットさん。料理って、こういう時、何を出す?」


「ディエットでいいよ、涼風陽翔。んー、今日なら、祝いの肉料理ね!命に感謝して、明日に向けて力をつけるものを」


そう微笑むディエットの横顔に、陽翔は“何か”が始まる予感を感じていた。


──その夜。


街の広場には、炊き出しの香りと人々の笑い声が満ちていた。


献立には、処理された魔獣の肉を香草で煮込んだ煮込み料理や、新芽のサラダ、干し果実のデザート。

誰もがそれを恐れず、感謝して口に運んだ。


「いただきます!」


子どもたちの元気な声が、夜空に響く。


陽翔は皿を手に取り、空を見上げた。


「命を奪わずに済むなら、それが一番。でも……どうしても断たねばならない時は、その命を“生きる力”に変えていく。それも……医療者の在り方かもしれないな」


アーツがそっと尻尾で陽翔の肩を叩いた。


『……ええ。その選択に、私も異論はありません』


炎が揺れる。

人々の命と、土地の命が、再びつながっていく。


陽翔たちの旅は、また一歩進んだのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。

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