サマリ16:命を奪わぬ戦い、命をつなぐ土地
現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。
どーぞ、ごひいきに。
──朝霧がうっすらと立ち込める中、陽翔たちは街の中心広場に集まっていた。
街の人々からの聞き取りは、思った以上に深刻な状況を物語っていた。
干ばつと水不足で畑は枯れ、そこに追い打ちをかけるように魔獣と盗賊の出没が続いた。夜に作物を荒らされるのは当たり前で、日中も畑に近づくのをためらう者さえいた。
「東の丘だよ。昨日も夜になると唸り声がしてた。あっちにはもう半年近く近づけてない」
「水源の近くの畑もやられちまった。魔獣が根ごと引き抜いていくんだよ……」
「盗賊? ……何度か見たことはあるけど、今は魔獣の方が怖いね」
陽翔は情報を聞きながら、地図の上に赤や青の印をつけていった。魔獣が現れる範囲、盗賊の動線、そして井戸や畑の位置――すべてを重ねて見て初めて、街を取り巻く危機の輪郭が見えてきた。
「……やはり、東の丘だな。魔獣の縄張り化が進んでる。ここを制圧できれば、畑に人が戻れるはず」
『陽翔。戦闘準備は万全に。今回の目的は“排除”ではなく“封じる”ことです。非殺傷を維持しましょう』
「もちろん。命を守るのが、俺たちの原則だ」
その言葉にメディクも頷いた。
『では、動きを封じるために筋弛緩薬を使用しましょう。この薬は筋肉注射で効果を発揮します。メディク、アネクトン注の調合をお願いできますか?』
「うん。任せて。即効性を高める」
陽翔はポーチから注射器を取り出し、メディクが調合した薬剤を丁寧に充填していく。
全てが静かに、しかし確かに進んでいた。
──そして、夕刻。
陽翔たちは東の丘に到達した。あたりは荒れ果て、獣道のような痕跡が無数に残っている。風が草を揺らし、その隙間からかすかな気配が漂ってきた。
『……左斜面です。三体を確認いたしました。先頭の一体は足取りに乱れがあり、左後肢に異常が見られます』
アーツが低く告げる。野生の本能に裏打ちされた感知能力。魔法でも魔術でもない、守護猫としての生存直感。
「──行くぞ。非殺傷で制圧する」
メディクが精霊陣を展開し、陽翔は充填済みの注射器を手に、魔獣たちの接近を待つ。
風を切って、牙獣が現れた。筋肉質な体に鋭い牙。だが、確かに足を引きずっている。
「≪精霊召喚・風狼よ、敵を絡め取れ≫!」
メディクの詠唱と同時に、風の精霊が地を駆け、獣の足元にまとわりついた。その一瞬の拘束に乗じて、陽翔が走る。
「っ──今だ!」
魔獣の脇腹に注射針を突き立て、アネクトン注を一気に注入。
唸り声を上げかけた魔獣は、数秒後にその場に崩れ落ちた。
『鎮静成功ですね。次に備えてください』
咆哮。続く二体が草を裂いて突進してくる。
「防壁展開! ≪精霊の護陣≫!」
メディクの結界が陽翔を包み、突進を受け止める。
陽翔はもう一本の注射器を抜き、風の流れを読むように踏み出した。
「っ──!」
跳ねるように一体に接近し、注射器を刺し込む。薬液が流れ、二体目の魔獣も崩れる。
残る一体は、仲間の無力化を見て怯えたように唸り、やがて森の奥へと逃げていった。
「……終わったな」
『はい。非殺傷での制圧、完了です』
「行こう。これで、街に畑を戻せる」
陽翔たちは、無力化した魔獣を縄で拘束し、荷台に乗せて街へ戻った。
──夜。
街の長老が魔獣を見て、静かに目を伏せた。
「……この個体が、皆を脅かしていたのか」
「命は奪っていません。ただ、決断は……そちらに委ねます」
陽翔の言葉に、長老は深く頷いた。
「……命は大切だ。けれど、あの畑を守るためにも、終わらせねばならん。……静かに、眠らせよう」
処理は、街の者たちの手で行われた。
殺したのではない――命に区切りをつけた。誰も声を荒げず、ただ静かに、敬意を持って。
──そして翌朝。
陽翔たちは、街の畑へと向かった。メディクは大地に膝をつき、静かに手をかざす。
「……聞こえる? 土の声が。草木が、戻りたいって言ってる」
彼女の指先から、柔らかな光が広がっていく。
≪精霊呼応・地の息吹≫
精霊魔法が土地の瘴気を浄化し、眠っていた根が目を覚ます。
干からびていた苗に、新しい芽が伸びる。
色褪せていた葉が、淡い緑へと回復していく。
「……ほんとに、戻ってきた……」
「この土地は、生き帰ったんだな……!」
人々の目に光が宿る。その場にいた誰もが、奇跡を見たと実感していた。
陽翔は、ふと横に立つディエットを見た。
「……ねえ、ディエットさん。料理って、こういう時、何を出す?」
「ディエットでいいよ、涼風陽翔。んー、今日なら、祝いの肉料理ね!命に感謝して、明日に向けて力をつけるものを」
そう微笑むディエットの横顔に、陽翔は“何か”が始まる予感を感じていた。
──その夜。
街の広場には、炊き出しの香りと人々の笑い声が満ちていた。
献立には、処理された魔獣の肉を香草で煮込んだ煮込み料理や、新芽のサラダ、干し果実のデザート。
誰もがそれを恐れず、感謝して口に運んだ。
「いただきます!」
子どもたちの元気な声が、夜空に響く。
陽翔は皿を手に取り、空を見上げた。
「命を奪わずに済むなら、それが一番。でも……どうしても断たねばならない時は、その命を“生きる力”に変えていく。それも……医療者の在り方かもしれないな」
アーツがそっと尻尾で陽翔の肩を叩いた。
『……ええ。その選択に、私も異論はありません』
炎が揺れる。
人々の命と、土地の命が、再びつながっていく。
陽翔たちの旅は、また一歩進んだのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。