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異世界看護師と猫の医師  作者: 十二月三十日
第2章:王都疫禍と揺らぐ信仰
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サマリ13:貧困の影と命の光

現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。


どーぞ、ごひいきに。

──王都サルファン、外縁部・下街。


少女シーナの案内で、陽翔たちは急ぎスラム街へと向かった。王都の外縁部に広がるこの地域は、“下街”と呼ばれる貧困層が暮らす区域であり、石畳の途切れた先には泥と排水が混じる細道が延びていた。ここでは、人族だけでなく、亜人、獣人、エルフ、ドワーフなど多様な種族の難民たちが、簡素なテントや壊れかけた廃屋で肩を寄せ合って生きている。


漂う悪臭と咳の連鎖、うめき声。目を伏せる余裕すらない陽翔は、医療者としての覚悟を胸に刻んでいた。


──少女シーナのテント。


「ここ……お母さんがいるの……」


彼女の案内で、小さな布製のテントに入った。中には痩せた女性が横たわり、呼吸を浅く早く繰り返し、全身が汗で濡れていた。陽翔は彼女の脈と皮膚の弾力、呼吸の深さを確認する。口唇は乾き、皮膚は張りを失い、意識はもうろうとしていた。


『……亡くなってから、何日か……』


隅に敷かれた布には、すでに冷たくなった男性──シーナの父の遺体が静かに横たわっていた。陽翔達は手を合わせ、静かに祈りを捧げた。


クリラボが≪診具創成≫を発動し、呼気石と試薬キットを用いてシーナと母親のインフルエンザ検査を実施。両名ともに陽性反応を示した。


「続いて、母親の全身状態を確認する」


左目に宿したグレイス(生体の恵み)が発動され、クリラボの視界に淡い魔紋が展開された。視覚化された体内情報が紙に転写され、アーツへ手渡される。


『血中クレアチニン上昇、BUN上昇、BUN/Cr比30、Na・K・Cl各電解質上昇、血清浸透圧上昇、Hctも高値。典型的な脱水に伴う腎機能低下の兆候ですね』


アーツは厳粛な口調で告げた。


『診断は「インフルエンザ陽性」および「脱水・腎機能軽度低下」になります。嘔吐症状が出ており経口補水は困難。静脈からの輸液治療とタミフル・アセトアミノフェンの投与が必要です。シーナの方は、軽度脱水とインフルエンザ陽性。経口補水液とタミフル、発熱にはアセトアミノフェンを』


「メディク、治療薬と輸液の調合を頼む」


「わかった。すぐにやる」


メディクがグレイス(調薬の恵み)を発動し、点滴用の輸液と経口補水液、タミフル、アセトアミノフェンを次々と作成。陽翔はステータス画面を展開し、グレイス(医療の恵み)で点滴セットを取り寄せると、母親の腕に慎重に穿刺した。


「輸液、滴下開始……これで少しでも体の水分バランスが戻れば」


少女には調剤された薬を渡し、陽翔が丁寧に用法を伝える。


「タミフルは、1日2回朝晩。アセトアミノフェンは熱があるときに、6時間空けて飲んで。経口補水液も少しずつでいいから、ゆっくり飲もうね」


シーナはこくりと頷き、薬を口にした。


──夜。


母親の点滴は順調に進み、発汗とともに解熱。嘔吐や下痢の症状も軽快し、明け方には穏やかな寝息を立てていた。少女も高熱が引き、すやすやと眠っている。


「よかった……少なくとも、この親子だけでも救えた……」


陽翔はテントの片隅で膝を抱え、長い息を吐いた。


──翌朝、陽翔たちは下街の視察へ向かう。


そこには、約100人の人々が過酷な環境に暮らしていた。糞尿混じりの水、配給の届かない食事、治療どころか体を横たえる布すらない人々。数人の遺体が無造作に路地の隅に積まれ、病に倒れた者達が力なく眠るように息を潜めていた。


陽翔は拳を握り締め、言葉を漏らす。


「これが……現実かよ……」


『看過できる状況ではありません。ですが、この規模の医療災害となると、我々だけでは……』


「そうだな……。よし、早速力を借りようか」



―――陽翔らは急ぎ、王宮へ戻り、セラフィーナ王女へ直談判し、下街に仮設の医療救護所の設置を認可された。さらに、医聖庁の職員も導入してもらえた。


──そして、3日間にわたり、陽翔たちは診察を続けた。


クリラボは検査を、アーツが診断を、メディクが調薬を、陽翔が点滴や内服介助そして、患者の精神的なサポートを。彼らは眠る時間も削り、1人でも多く救うことに尽力した。


──四日目の朝。

早朝から、医療救護所の前には、長蛇の列ができていた。全員の再検査を終え、インフルエンザの陰性を確認したあと、陽翔は、クリラボと話しをしていた。


「クリラボ。インフルエンザの感染源、調査できるか?」


「任せてくれ。過去の症例と発症時期、接触履歴……調べてみる」


王都医聖庁と連携し、判明した結果は衝撃的だった。


「感染源は、最近王都に輸入された鶏。輸出国は、帝都バルゴ……」


それは、つい先日まで王国と戦争状態にあった国だった。


陽翔は拳を握り締め、王城の高台から下街を見下ろした。


「どこで生きていようと、命は平等のはずだ。でも現実は、そうじゃない。なら俺が、俺たちが、変えてやるよ……この世界の医療を」


傍らでシーナが頭を下げた。


「ありがとう……お母さんも助かって、わたしも元気になって……本当に、ありがとう……」


陽翔は、彼女の頭にそっと手を置いた。


「俺たちの仕事は、命を救うだけじゃない。希望を渡すことだって、できるんだ」


──かくして、陽翔たちの新たな戦いは、静かに幕を開けた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。

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