サマリ11:開戦、インフルエンザ
現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。
どーぞ、ごひいきに。
──王女セラフィーナの弟、リアン・サルファンの私室。
陽翔たちは、王女の案内で弟リアンの診察にあたっていた。部屋には付き人のほか、医務担当の治癒士が控えていたが、王女の命により退室を命じられた。
リアンはベッドに横たわり、額に冷却布を当てられていた。頻呼吸を繰り返し、時折激しい咳が体を揺らす。肌は火照り、意識もやや朦朧としている。
「殿下、お加減はいかがですか?」
陽翔が優しく問いかけると、リアンはうっすら目を開け、かすかに頷いた。
クリラボは静かに一礼し、≪診具創成≫の魔法を発動。左手に浮かぶ魔力の紋章が光を描き、簡易的な試薬キットと呼気検査用の魔導石が生成される。
「では、検査を始めます。リアン殿下、深呼吸をお願いします……吸って、吐いて」
リアンが吐き出した息が魔導石に触れると、淡青の光が赤紫に変色した。続いて、喉から採取したぬぐい液も試薬キットの上で色の変化を示す。
「……感染反応あり。これはインフルエンザ陽性になります」
王女は表情を強張らせ、そっと唇を閉じた。
アーツが陽翔の肩で、メディクやクリラボにも聞こえるように診断と治療方針を指示する。
『インフルエンザ陽性のため、タミフルの内服を開始してください。併せて、高熱もありますのでアセトアミノフェンの内服指示も出します』
「了解。メディク聞こえたな。調剤をお願いできるか?」
「うん、すぐに作る」
メディクがグレイス(調薬の恵み)を発動し、カプセル状のタミフルと錠剤のアセトアミノフェンを生成。その間に陽翔はステータス画面を開き、グレイスで現代の体温計を取り寄せた。
「体温は……39.8度。これは確実に高熱だ。指示のアセトアミノフェンを飲ませよう」
陽翔は、メディクからタミフルとアセトアミノフェンを受け取った。
「タミフルは1日2回、内服して。アセトアミノフェンは発熱時に使用する薬。投与間隔は、6時間でお願い」
リアンはすぐに両方の薬を内服。数分後、汗をかき始め、呼吸も安定。体温も徐々に下がり、意識もはっきりしてきた。
「私がグレイスを使って調剤したこの薬、普通より効果も上がっているし、作用時間も早いから」
メディクがぽつりと告げたその言葉通り、薬を服用したリアンは短時間で熱を下げ、苦しみから解放されていった。
「……少し、楽になった……」
王女は目に涙を浮かべながら弟の手を取る。
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
陽翔は微笑を浮かべて答えた。
「ひとまず状態は落ち着いたようですね。完全に回復するにはまだ時間がかかりますよ」
王女は小さく頷きながら顔を上げた。
そして場が落ち着いたところで、アーツから陽翔達全員に追加指示が出た。
『感染をこれ以上広げないためにも、接触者全員に検査と予防内服が必要です。王女とその付き人、そして看病していた者たち全員です』
陽翔がアーツの指示を王女に代弁すると、即座に臣下たちに命令を出してくれた。
「可及的速やかに、弟に接していた者すべて、検査と予防投与を受けよ。私も含めて」
その命令を皮切りに、クリラボとメディクは、それぞれ≪診具創成≫とグレイス(調薬の恵み)により、検査と予防用タミフルを配布。陽翔の用意したマスクも、王女以下、全員に装備してもらった。
「インフルエンザ陽性になった臣下に関しては、最低5日間は他人と接しないように仕事も休ませてください」
陽翔は、現代の一般的な目安として、王女に進言した。
「委細承知した。皆の者、陽翔殿の言う通りに行動するように。虚偽は許さんぞ。しっかりと体調の回復と予防に努めるのだ」
──翌日。王城・玉座の間。
そこには、体調の回復したリアン王子の姿もあった。
「メディクの薬の効果高すぎだろ。翌日には、インフルエンザ陰性になるなんてどんだけだよ……。あとで王女様に、インフルエンザ陽性時の療養期間を2日に短縮することを伝えないとだよ……」
『さすがに私も驚いてグレイスを使用してみましたが、実際に寛解しているので、この世界ではそうゆうものとして受け入れていくしかないですね』
現代の医療を知る陽翔とアーツには、とても信じがたい事象だったが、改めて異世界にいる実感が湧きあがっていた。彼らが今の状況を静かに噛みしめていると、正装に身を包んだセラフィーナ王女が、文官と治癒士の代表者を前に立った。
「本日より、王都サルファンにおける感染症対策を強化する。陽翔殿とその一行を、王命により医療支援者として正式に迎える。私直属の騎士団以外は、これに協力せよ。無論、治癒士もだ。良いな。……では、皆の者行動せよ」
文官たちは動揺しながらも、王女の威厳ある言葉に従った。
──同日夕方。王都内の北東区にある、教会兼平民向け診療所。
陽翔たちは、次なる目的地へ向かっていた。そこにはすでに多くの患者が押し寄せ、治癒士や修道士も足りていない状況だった。
「……想像以上に広がってるな」
『そうですね。地道に一人ずつ診ていきましょう』
陽翔は取り寄せた体温計を使用し、次々と発熱者の状態観察を行った。クリラボは≪診具創成≫で呼気と試薬キットでの検査をし、診断をするアーツへ情報提供をした。アーツは診断を終えた人達の指示をメディクに出し、陽性者にはタミフルと必要に応じてアセトアミノフェンを調剤していく。王命で陽翔達を手伝っている治癒士や兵士たちは、全員にマスクを配り歩いてくれた。
──そして日没とともに、最後の患者を見送り終えた。
「今日はここまでだな……」
「うん……いっぱい、ありがとうって言われた」
メディクの頬に光る涙を、アーツはそっと見守る。
『信頼は集まった。だが……次は治癒魔導士たちが黙ってはいないはずだ』
陽翔は夜の空を見上げ、深く息をついた。
「それでも、やるしかない。俺たちは、もう“知ってしまった”んだから──放ってはおけない」
──こうして、王都での本格的な医療活動が幕を開けた。だが、それはまだ“戦い”の始まりに過ぎなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。