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異世界看護師と猫の医師  作者: 十二月三十日
第2章:王都疫禍と揺らぐ信仰
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サマリ10:王女の信頼

現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。


どーぞ、ごひいきに。

──翌朝。王都サルファン、古塔地下の研究室。


柔らかな光が差し込まぬ石造りの空間で、陽翔たちは出発の支度を進めていた。


『陽翔。私たちも予防内服が必要です。今の王都の感染拡大速度から見て、私たちも例外ではいられません』


「……処方は?」


『抗ウイルス薬、タミフル。主成分はオセルタミビルリン酸塩。ただし、この世界で化学式を用いた合成は困難でしょう。私もそこまでの知識は有しておりません。調薬は、メディクに委ねるのが適切と判断します』


陽翔は頷き、調合机に向かっていたメディクに声をかけた。


「メディク、アーツの話を聞いていたと思うが、この“タミフル”って薬──作れるか?」


「……構成式は分からないけど、グレイスが反応してる。構成も作用機序も、もう見えてる。……できる」


「ほんとに?」


「うん、任せて」


間もなく、メディクの手によりタミフルのカプセル剤が四人分調合された。


陽翔、メディク、アーツ、そしてクリラボもそれを服用し、陽翔がグレイスで取り寄せたマスクをそれぞれが装着する。まだこの世界に普及していない異質な()()だが、感染地域の視察には必要不可欠だった。


「それじゃあ、僕たちは感染地域を見てくる。その間に、王女との面会の件、頼めるか?」


「了解だ。セラフィーナ殿下とは学院時代、何度か講義の合間に言葉を交わしたことがある。信頼は……されていたかはわからないが、無視される関係ではなかったと思う」


クリラボが頷くと、陽翔たちは頷き返し、北東区──感染初発とされる地域へと出発した。


視察先では、街の至るところに咳や発熱に苦しむ人々の姿があり、教会前には治療を待つ人々の行列ができていた。だがその治癒魔法は功を奏してはおらず、陽翔たちは重症化の兆候と蔓延速度の高さを確認していった。


──同日午後。王城のとある一室。


この謁見は、第一王女セラフィーナの意向により秘密裏に行われていた。集められたのは、王女とその付き人、陽翔、アーツ、メディク、そしてクリラボ──わずか六名のみ。


外界と断絶されたその石造りの部屋には、天井から吊るされた魔導灯だけが淡い光を灯していた。椅子に腰掛けた第一王女セラフィーナ・サルファンが、まっすぐにクリラボたちを見つめている。


白金の髪、淡青の瞳を持つ彼女の姿には、王族としての威厳と同時に、冷静な理知と覚悟が宿っていた。


「……お久しぶりですね、クリラボ。あなたの名が再びこの場で聞かれるとは」


「ご面会を賜り、光栄に存じます。セラフィーナ殿下」


王女は視線をその背後の三人に向けた。


「そちらは?」


「僕の協力者です。涼風陽翔、そして薬師のメディク。医療の見識を持ち、各地で医療体制の向上を目的に旅をしているそうです」


陽翔が丁寧に膝をつき、深く頭を下げる。


「初めまして。涼風陽翔と申します。私たちは、王都での感染症拡大に対し、少しでも医療支援になればと思い、参上いたしました」


メディクも小さく会釈し、アーツは陽翔の肩の上で静かに佇む。


王女は一拍の沈黙を置き、鋭い目を向けた。


「……クリラボが信頼する方々ということで、一定の敬意は払います。しかし、あなた方が何者であり、どのような力を持つかが明確でない以上、軽々しく信用することはできません。この密談を設けたのは、貴方方の正体と、その“力”を不用意に知られぬようにするため。そして、今回の病の流行に、何者かの意図が関わっている可能性を、私自身が危惧しているからです」


王女の言葉に、陽翔は静かに頷く。


「当然のご懸念です。ですから、私たちは証拠とともに参りました」


「……聞きましょう。あなた方は、何を伝えに来たのですか?」


陽翔は一呼吸置き、穏やかだが確かな声で語り出した。


「王都で広がっている症状──高熱、咳、関節痛、頭痛、倦怠感。これらの症状は、私たちの知識の中で“インフルエンザ”と呼ばれる感染症に酷似しています」


王女は眉をわずかに潜める。


「その病名には聞き覚えがありません」


(うぁ……。王女様、俺のことめっちゃ怪しがってるよ。よし、そうだな。人との信頼関係を築くには、お互いに腹を割って相手の事情を知って、こっちの事情も伝える。ってところから始まるんだったな)


それは、陽翔が患者との関わりの中で学んで培ってきた教訓でもある。だから彼は、別世界から来た異世界人であること、契約のこと、グレイスのことを包み隠さず王女に話した。


「これは、私たちのいた世界──別の地域、別の文明において知られていた病名です。ただし、症状、経過、感染経路の一致から、放置すれば拡大し、死者が出る可能性が高いと判断しています」


王女は、そんなことがあり得るのだろうかという表情で、一瞬顔から冷静さを欠いたが、すぐに我を取り戻す。そして、陽翔達への信頼を確かめるように口を開く。


「……そ、その確証は?」


陽翔はクリラボに目を向けた。


「殿下、僕が数週間にわたり、王都内の症例を記録してきました。感染者の発症傾向、移動経路、初発地点の分析を統計的に行い、間違いなく人から人へと感染していると断言できます」


さらに一歩踏み込んで、クリラボは左手を静かに掲げる。


「そして僕は、陽翔との契約によって新たな魔法≪診具創成≫を得ました。この場で実演させていただきます」


魔力が彼の掌に集中し、淡い光が魔法陣として展開される。そこから現れたのは、呼気検査用の魔導石と簡易的な試薬キット。


「これは、対象者の呼気や鼻や喉から取ったぬぐい液に反応し、感染の有無を可視化する診断用の器具です」


王女は、自分の目の前で起きた現象と陽翔達の包み隠さない真摯な態度に、警戒心を緩めた。


「……実のところ、私も今の王都の医療体制に不安を抱いておりました。民は魔法にすがるのみ、診断の知識を持たず、治癒士たちは病を“神の試練”として解釈するばかり。限界は、とうに来ていたのです」


彼女はそっと視線を落とす。


「そして、私の弟──リアンもまた、高熱と咳に苦しんでおります。どの治癒魔法も効果を示さず……私は打つ手を失いかけていました」


彼女の瞳が揺れたのを、陽翔は確かに見た。


「だからこそ、最後の望みに賭けて、この密会を設けました。──あなた方の力に、可能性があるならば」


そして、王女は毅然と顔を上げた。


「……私の弟を診ていただけますか?」


陽翔は緊張の色を浮かべながら、静かに膝をついた。


「謹んで、拝命いたします」


こうして、王女セラフィーナの弟君を対象としたインフルエンザ検査が、秘密裏に行われることとなった。結果が王女の信を得られれば、王命による王都全域への対応が正式に始動するだろう。


──疫病との本格的な戦いの幕が、今、開かれようとしていた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。

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