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異世界看護師と猫の医師  作者: 十二月三十日
第2章:王都疫禍と揺らぐ信仰
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サマリ09:進化したヒューマン、検査師クリラボ

現役看護師が執筆する医療系の異世界転生ものです。


どーぞ、ごひいきに。

王都サルファンの東端。陽翔たちは、クリラボの案内で古びた塔の地下へと足を踏み入れていた。


そこは、静寂と仄暗さに包まれた場所だった。石造りの階段を下りていくと、空気は次第に湿り気を帯び、ひんやりとした空気が肌を刺す。どこか薬品や古い標本の匂いが鼻をくすぐる。


「ここが……クリラボの研究室?」


陽翔が思わず呟くと、先頭を歩くクリラボが無言で頷いた。


扉を開けた先にあったのは、魔法道具と科学機器が融合したような異質な空間だった。壁一面にはびっしりと症例の記録や図表が貼られ、棚には瓶詰めの標本、乾燥された臓器、骨格模型。中央の大きなテーブルには、観察用の水晶レンズとグリモワール風の分厚いノートがいくつも積まれていた。


メディクが、言葉を失って室内を見回す。


「……すごい……。これ、全部……一人で?」


「他に手伝ってくれる者はいない」


クリラボは淡々と答える。


「……情報、整理されてるな。症状、経過、地域別の分布。全部網羅してる」


『症例の記録から見ても、感染源は北東区の市場か、医療施設としての教会あたりが初発点の可能性が高いですね』


アーツの声が陽翔の頭に届く。


「初発地点は北東区の可能性が高いって。ここまで記録が整っていれば、次に備える対処もできる」


クリラボは一瞬だけ陽翔の方を見た。


「……君は、見えない誰かと話しているのか?」


「あっ、いや……まあ、そんなところだ」


陽翔は曖昧に答える。アーツの存在を明かすには、もう一歩信頼が必要だった。


「クリラボ。君のような人間が、どうして学院を辞めた?」


陽翔の問いに、クリラボはしばし沈黙し、壁の一枚の紙を指差した。


「これは……?」


「学院時代、俺が記録したある病の症例だ。当時、この病には魔法がまったく効かなかった。だが、誰も調べようとしなかった。俺がその経過を細かく記録したことで、逆に“呪術の実験”だと誤解された」


メディクが静かに目を伏せる。


「誰も、分かろうとしなかったんだね……」


「僕は、()()より()()()()ことに重きを置いている。だが、それがこの世界では異端とされる」


陽翔は静かに歩み寄り、テーブルの上に置かれた一冊のノートを手に取った。そこには、患者の症状の変化と微細な反応、そして生活環境まで詳細に記録されていた。


「これだけ精緻な観察と記録……それができる人間は貴重だ。いや、必要なんだ。この世界には、君みたいな存在が」


陽翔は、ステータス画面を開いた。


【契約】


クリラボと契約することで、彼の「グレイス」を覚醒させることができます。

契約には双方の同意が必要です。クリラボに「契約」を申し出ますか?


「クリラボ。君に力を与えたい。俺たちと一緒に医療の道を歩んでみないか?」


クリラボの目がわずかに揺れた。


「……力を?」


()()でも()()()()でもいい。君の探求は、きっとこの世界の医療を前に進める。俺たちは色々な病に対する知識を有している。きっと君にも利があると思うが、どうだろうか」


クリラボは視線を下ろして一呼吸付くと、今度は視線を上げ陽翔の目を見てゆっくりと頷いた。


それを見た陽翔が画面の【YES】をタップすると、光が彼とクリラボを包み込む。次の瞬間、クリラボの目の前にステータス画面が現れた。契約には双方の同意が必要です。陽翔の申し出に同意しますか?


クリラボは目を輝かせながら同意した。


【契約が成立しました】


クリラボの左目が淡い蒼の光を放つ。


【ステータス画面】

名前:クリラボ

種族:ヒューマン

職業:検査師

レベル:1

HP:90

MP:70

【グレイス】

・生体の恵み:このグレイスは彼の左目に宿る。医療器具を必要とせず、視覚によって生理機能検査を行うことが可能。ただし、それは彼のずば抜けた生体知識があってこそ発現する力である。


【魔法】

・なし


【進化】

トランスヒューマンへの進化が可能です・・・『進化する』


彼の左目に浮かび上がる淡い紋様を見て、陽翔は確信する。


『ようやく声が届きましたね。クリラボ。改めて、医師・アーツです』


「……この声は……君か。なるほど、そういう仕組みか」


アーツの声に対しても、クリラボは動じることなく応じた。冷静で、だが確かに少しだけ、目が嬉しそうに細められていた。


「ところで、クリラボ。やっぱり君のステータス画面にも、()()という項目があるのかな?」


「進化……?」


クリラボは自分の前に浮かび上がった光の画面を無言で見つめた。そしてそこに書かれた【進化】の文字を読み取り、ゆっくりと呟いた。


「……トランスヒューマン、か。まさか自分が“人間の拡張”という未来的概念に辿り着くとはな」


陽翔は説明を加える。


「進化すれば、君の身体と脳が拡張される。思考速度、視認力、解析能力……すべてが強化されるらしい」


「……それは、まさに僕が目指していた完全なる観察者の形だな」


静かに息を吸ったクリラボは、何の迷いもなく画面に指を伸ばした。


【進化】


指先が触れた瞬間、彼の身体が一気に金色の光に包まれた。


空間が振動し、強烈な波動が研究室の器具を微かに揺らす。

周囲の空気が一変し、アーツもメディクも目を細めてその輝きを見守った。


「っ……!」


光の中心で、クリラボの体が変化していく。

その身体を包む光の中から、うっすらと見えるその輪郭が、人間のそれを超えていく。


肌の質感はより滑らかに、そして薄く光を帯びるような透明感を得た。

神経系をなぞるような微細な光の回路が、彼の首筋から目元にかけて走り──

左目は完全に変質した。


その瞳は、深く、透徹した銀光を放ち、まるで何層にも情報を重ねて見ることができる“多重視界”を宿しているようだった。


筋肉や骨格に極端な変化はない。だがその“雰囲気”は明らかに変わった。

人間の延長線上にない、何か異質で冷徹な“超然”とした気配。


「これが……トランスヒューマン……」


クリラボは手を見つめる。

その手には、かつてなかった神経的な感覚の精密さと、空間の“わずかなゆらぎ”まで検知するかのような集中力が満ちていた。


「……クリラボ、何か変化は感じるか?」


「……ああ。思考が明瞭すぎて、逆に少し不気味に感じるほどだ。今、お前の脈拍と筋肉の微細な震えまで視えている」


メディクが一歩引きながらぽつりと呟く。


「……まるで、人じゃないみたい……」


だが、陽翔はその姿に、確かな安心と期待を感じていた。


(これなら、この疫病の正体に……辿り着ける。というか、グレイスが常時発動しているような感じだな)



【ステータス更新】


名前:クリラボ

種族:トランスヒューマン

職業:検査師

レベル:50

HP:9800

MP:7600


【グレイス】

・生体の恵み(進化):視覚による生理機能解析に加え、魔力波動・血中因子・神経伝達物質の視覚化が可能。解析速度・処理精度が飛躍的に向上。重度感染症や複雑な免疫反応の観察も行える。


【魔法】

・テクノマンサー:診具創成(魔力を用いて一時的に簡易検査器具を具現化する魔法。血液分析プレート、呼気反応石、魔力試薬キットなどの創成が可能。使用者の生体知識が深いほど精度と応用範囲が拡がる)


「理解した。この力で……見よう。世界の病と、人間の限界を超えたその先を」



──その後、休憩の合間にクリラボが一言、切り出した。


「一つ、提案がある。俺には王立学院時代に唯一、まともに話をしてくれた人物がいた。王都の第一王女──セラフィーナ・サルファン殿下だ」


「王女……?」


「彼女は学院の客員講師として来ていたことがあり、僕の研究に興味を持ってくれた。直接会えば、疫病への理解と、王都の医療体制への介入が可能かもしれない」


「……話が早いな」


陽翔は目を細めながら頷く。


「問題は、どうやって面会の許可を取るかだな」


「そこは任せてくれ。彼女が今も俺のことを覚えていれば、招待は通るはずだ」


陽翔は静かに手を差し伸べる。


「なら、次は王女との会見に向けて、動こう」


こうして、クリラボを正式な仲間に迎えた陽翔たちは、新たな支援と医療の拠点を求めて、王都中枢へと歩を進めることになる──。

最後まで読んでいただきありがとうございました。引き続きお楽しみください。

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