魔女と風の魔女
「ク~フェア~!!」
植物の家で静かに本を読んでいたら扉が勢いよく開き喜色満面の声と共に少女がまるで我が家の様に此方の了承もましてやノックすらなく入ってきた。
そんな少女にクフェアは何時もの事なので嫌に慣れ最早我関せずといった態度で本を読み続ける。
そんな無造作なクフェアに対し少女も関係無いとそのままクフェアに抱きつこうとする。
抱きついたならばクフェアの心地よい匂いを堪能し柔らかな身体を味わおうと欲深な思いを抱えていた少女だがその欲深な願いは叶わなかった。
「ウェ!?」
飛び付こうとした少女を家の蔓が絡めとり外に勢いよく放り投げられた。
ズザザザザザ。
外の砂漠に放られ何回も転がりながら行く。
本来なら幾ら柔らかな砂とはいえ多少は身体に傷を作り砂まみれに成るはず。
しかし少女は不思議な事に無傷なうえ身体に砂の一粒もついてはいなかった。
少女は立ち上がると走りだし家に入ると
「ク~フェア~!」
また植物の蔓に絡めとられ外に放り投げられた。
二度の経験、流石に同じ轍は踏まないだろうと誰氏もが思う。
しかし少女は違った。
「ク~フェア~!」
まるでさっきあった事実さえなかったかの様に同じ事を繰り返す。
「ク~フェア~!」
何度も
「ク~フェア~!」
何度も
「ク~フェア~!」
何度も
「ク~フェア~!」
それは諦めが悪いと言うよりは最早学習能力皆無と言って過言はないだろう。
そんな同じ過ちを繰り返す少女に関係者たるクフェアはというと
「…………」
一瞥することもなく相も変わらず本を読んでいた。
しかしその後も同じ事を無駄に繰り返し続ける少女に諦めたのかそれともめんどくさくなったのか
「ハァア…いいわ」
溜め息を吐き植物に制止をかけた。
クフェアとの間に遮るものが無くなった少女は座っていクフェアのお腹にダイブし堪能する。
飛び込んだ少女の痛みが無いことから勢いはあったもののクフェアが痛くないようにちゃんと加減は行っているようだ。
クフェアに関しても遠慮無く痛みを与えてくるものなら此方も遠慮なく痛みを与えると確定事項ではあるが。
少女の抱きつきは許したクフェア。
その少女はというと
「ハァアアアア~~、サイコ~~」
人前では決して出してはいけないだらしない顔をしながら此方をまるで薬物の様に匂い感触を堪能し恍惚を晒していた。
同じ女性通しとはいえ端から見たら危ない香りを遥かに超えて犯罪臭しかしない。
ペラ………ペラ………ペラ
「…………」
そんな状態が胸から下で起きているにも関わらず、クフェアはまるで他人事のように本を読み続けている。
「グヘヘヘヘヘ」
ペラ…ペラ
「グヘヘヘヘヘ」
ペラ…ペラ
「グヘ…」
とはいえ毎度の事とはいえ面倒くさく諦めがあろうとやっぱり鬱陶しいのは鬱陶しいのだ。
3分は許したのだからもう十分とばかりにクフェアの意思に反応し植物の蔓が少女に巻き付くと自動的に空いた外へと繋がる扉に勢いよく投げ飛ばした。
「クフェアただいま~」
少女は今までの事が無かったかのように当たり前の顔で戻ってきた。
「此処は私の家であって貴女の家じゃないわ」
「チッチッチ、それは違うよ。
どんなに遠く離れようとそれこそ那由多の果てだろうとクフェア、君のいる場所がボクの変える場所さ。
それが火の中、水の中、嵐の中だろうとね」
少女は世界の真理のように自信満々にキメ顔で断言する。
少女の言葉も態度も変わらぬ何時もの事なのでクフェアも何も言わない。
言っても変わることは無いことは分かりきっている。
そう変わらないのだ。
どんなに暴虐に曝されようとまるで通り抜ける風のよう。
薄い水色の髪と瞳。
女性よりの中性的容姿。
自身の身体より一回り大きい半袖短パンをベルトで留め腰にバックを掛けたボーイッシュな格好
風の魔女足る少女、シルフィードにピッタリな性格だ。
久し振りにクフェアの元に戻ったシルフィードはクフェアの対面に出現した植物の椅子に座り最近の事をクフェアに話す。
本を見ながら聞いているのか分からないクフェア。
お構い無しに自分がクフェアから離れていた間の事を話すシルフィード。
一方的の構図ではあるがこれが二人の通常である。
「あっ、そうそう。
クフェアのとこに戻る少し前にクフェアを襲おうとしていたバカな連中がいたんだよ」
クフェアはその言葉を聞き二人の間のテーブルの上に植物の花瓶に飾られている淡い赤い花をチラリと見る。
シルフィードが言う自分を狙っていた団体、それはこの淡い赤い花の少年が言っていた仲間だろう。
「そう」
そんな団体がクフェア一筋シルフィードに見つかった。
ならば団体が辿った現実も容易に想像がつく。
「うん。
だから惨たらしく殺してやったよ。
だってボクの大切なクフェアを襲おうとするんだもん。そんなの神様が許そうとそボクが決して赦しはしないよ」
死を起こしたにも関わらずシルフィードに罪悪感は一切無い。
生きるために息を吸うようにただ当たり前の事をした、それだけしかない。
シルフィードにとってクフェアは全てだ。
クフェアの為なら全てを捧げる。
想い・感情・心・精神・命・魂までも全てを。
だから赦しはしない。
クフェアを穢すものは全て。
慈悲もなく
躊躇いもなく
憐れみもなく
救済もなく
死をもって。
狂気と言う名の愛をもって
「ところでさ、ずーと気になっていたんだけどその赤い花どうしたの、確かボクが出る前にはそんな赤い花なんて無かったはずだ、もしかして、もしかしなくても」
「そうよ」
シルフィードは自分の魔法を知っているのでこれがどういう経緯で咲いたのかは分からなくてもこれが何をもって咲いたのかは分かるだろう。
だからクフェアはシルフィードが何を言いたいのかも分かるので先に肯定する。
「ウガーーーーーーーーーーーーーーー!?」
シルフィードはクフェアの肯定に自分の考えの正しさを知り理性の効かない野生の獣様に叫ぶ。
「うるさい」
「ボクの、ボクの居ない間にボクとクフェアの空間に勝手に入りやがって!」
「貴女のじゃない」
「赦すマジ赦すマジ赦すマジ赦すマジ、いったいどこのドイツだその赦すマジヤローはーーー!!」
「そこにある赤い花でしょ」
「ハァ!?ってか大丈夫クフェア!!
何かされてないよね!身体に抱きつかれたり匂いを堪能されたり、如何わしいことされたりしてない!!」
「それは貴女」
「もしそうなら、ボクは、…ボクは………この世界をメチャクチャにしてやる!!」
「やめなさい」
「こうなったらボクで上書きを………」
どさくさに紛れ自分の欲望を堪能しようとしたシルフィードはまたもや植物の蔓に絡めとられ外へとダイブした。
「ねぇ、ホントに大丈夫だった」
「ええ」
「ホントにホントにー」
「ええ」
興奮冷め家に戻ってきたシルフィードは何度も何度もしつこくクフェアの無事を確かめる。
「ホントにホントにホントにホントにホントに」
「しつこい」
何度も何度もしつこく聞くシルフィードにクフェアはピシャット、シャットダウンする。
「だってだって、そりゃあクフェアが強いのは知ってるし万が一が有り得ないことだって分かってるんだけど、ボクはそれでも心配はあるんだよ」
シルフィードとてクフェアが並みの魔女ではない強者なのは理解しているがそれで何も思わず大丈夫だと想いきる程楽観的ではない。
例えクフェアから淡い赤い花の経緯を聞いても。
それにあの連中の事もある。
「クフェアを狙った奴等、ボクからしたら有象無象と変わらないぐらい弱っちかったけど身なりや武器なんかはそこいらの貧弱な人間達と違いちゃんとしてたんだ」
普通の魔女を憎み行動する人間達とは違い明る様に組織めいた人間達。
「もしかしたらあ奴等『ウィルギル』だったのかも」
『ウィルギル』
野良ではなく世界から魔女を根絶やしにすることを目的に行動する魔女狩りの思想団体。
「別に雑魚が何人来ようがクフェアやボクの敵ではないけど彼奴霧人が関わっているなら面倒極まりないし」
朝霧霧人
『ウィルギル』の頂点であり盟主だと言われている人間。
クフェアもシルフィードも姿は一度も見たことはないがその噂は聞いたことがある。
というよりはこの世界で余程隔離された生を行ってなければ全ての者が知っている。
曰く数千の魔女を葬っている。
曰く数千の多種多様な武器を使う。
曰く人間で有りながら万の時を生きる。
曰く魔法が無力とかす。
此だけでも並みの人間を越えるというか最早人間じゃなくないと断言したい人間だ。
数多くある噂どこまでが真実でありどこまでが虚偽かは分からない。
しかし火のない所に煙は立たないように世界中がその名を知ってる事もあり究極に楽観主義者じゃない限り笑い飛ばして言いものではない。
だからこそ魔女にとっては最悪であり魔女を憎む人間にとっては希望の象徴となる。
「そうかもしれないわね」
「でしょ」
「でも終わったことを言ってもしょうがないでしょ」
確かに狙っていた連中を全員葬った時点で今さらどうしようもない事態である。
「う~~ん、それもそっか」
少しの懸念があったシルフィードも直ぐに悩んでいても仕方がない終わったことと切り替え納得する。
些か切り替えが速くはあるがそれがどこ吹く風、明日は明日の風が吹くのシルフィードらしさである。
その後クフェアが植物を大切にしているのは知っているがやっぱり淡い赤い花がクフェアの裸体を見た不届きな少年である以上気にくわないシルフィードへは淡い赤い花を風で目茶苦茶にしようとするが勿論クフェアがそんなことを許すはずもなくまた植物の蔓で絡めとられ外へと投げ捨てられた。