13 ザンツウェルクの里④
こんな長閑な街に似つかわしくない、夜の街で覇を唱えていそうな見た目の女に話しかけられて警戒しない者なんていないだろう。
勿論それは僕も例外ではない。
「何ですか、急に。」
だから、聞いた。警戒心丸出しで。
「あらぁ、そんなに警戒しなくていいんですよぉ?ちょーっと、良い事教えるだけだから。」
警戒して正解だった。これは完全に怪しい奴だ。
この場どうするべきか。
まず浮かぶ第一候補は逃げること。さっきの門やギルドまで逃げれば、なんらかの反抗は可能だろう。
次に浮かぶ第二候補は戦うこと。ただ、僕は未だに非力だし、敵の強さが未知数故にアーチェスだけで撃破できるかの確証もない。故にこれが得策でないことはアーチェスも十二分に理解しているだろう。
アーチェスがうなずいた。アーチェスは自走箪笥になっていて、足をギルドの方に向けていた。
……なるほど、ギルドまで突っ走って助けを求めるというわけだ。確かに本来の用と兼ねられるから良い。
アーチェスが舌打ちをする、アーチェスが全力で走り出す。
それに呼応して僕も走り出す。
「逃げるほどじゃないのよ?でもそうするなら、私にも手段はあるわ。
『色蜂』」
刹那、視界が朧げになる。
そのまま徐々にボーッとしてくる。
それと同時に、血圧が急激に上昇していることを感じた。
心拍数が格段に増えたからだ。
後ろで物音がした。何かが倒れるような。
そちらに意識が割かれると、中々こちらに意識が戻ってきてくれない。
いや、戻るどころか離れていっているような気もする。
視界が暗くなっていって、尋常でない眠気を感じる。
あれ、僕は今何をしてるんだっけ?
次々と物事が形を失う。
「さぁさぁ、ちょっとこちらに来てくださいなぁ。」
留まるべきなのに、身体が動く。
「まぁまぁ、眠っていたらいいのよ。」
僕が力を抜いた刹那、その言葉が染み渡る。僕は深い、深い眠りの世界へ落ちていった。
僕の五体は訴えていた。焼けるような熱と、生命の危機を。
混沌に迷い込んだことに気付いた小動物かのような驚きで目覚めると、視界は炎に染まっていた。
見渡してもアーチェスはいない。つまり私は今一人でこの炎に対抗せねばならない。
前に道はない。それは左右も同じだ。今いる位置や炎の延焼具合が分からない以上、炎を突っ切るのは得策ではない。なにより、少し身体が重く、それをする気にはなれないのだ。
何かないかとまた見渡す。
すると、後ろには僅かに土の道がある。道より炎の隙間と形容したほうが適切であろうようなものだが、多分僕一人位なら通ることができるだろう。
生きるためには、ここを行くしかないだろう。
駆け出す、振る腕を熱がしっかりと撫でている。
足が縺れる、思わず開く目と地に伸ばす手の表面が焼けるような痛みにおそわれる。
なんとか持ちこたえて走る。奥に黒い石畳の大通りを見つける。
微かに誰かの声を感じた。救助でも来たのかと思い立ち止まると、その声はどんどん大きく、近づいてくる。
「ダァ゙、ダァ゙、ズ……ゲ……ムズ……ゴォ……」
それが助けを求める呻きであったと聞き取れるほど迄。
その刹那、その声は一重から二重、三重へとどんどん増えていき、炎のパチパチとした音は呻き声に紛れて聞こえなくなる。
足に圧迫感を覚えたかと思い見ると、黒焦げで足の先や手が消えた人だったようなものが僕の足を掴んでいた。
肌にあたるザラザラとした熱さに、思わず恐怖で足を進ませる。
ボロボロと、何かが落ちていた気がした。
広い道に出ると、それはT字路。左右に道が続き、どちらが近い出口かは炎で良く分からない。
そう思慮したかと思えば、左から酷い轟音と揺れが辺りに轟く。そちらを見れば、元木造の建造物が灰となって地に伏せていた。
あっちに行くのは危険だろう、反対側に進むしかない。
その結論に至り、右に走る。
さっきの音で鼓膜がやられたのだろうか、さっきまで聞こえていた呻きは何一つ聞こえない。
息が苦しい、それでも身体は進む。
さっき足を摑まれた時の感触が残る。それでも身体は進む。
建物に突き当たった。前のめりになっていた身体が止まる。
4階建て程の、立派な石製の建物。それが分かるほど原型を保っているから、頑張れば通りぬけて向こう側の道に行けるかもしれない。
そんな一縷の望みにかけて、煤のついたノブを回し、扉を開けて中へ入る。
立てかけられた数多の槍。槍の傍に何かの束を見つけた。これにも火が迫っている。
いや、今火がついた。
それを見ると、無音のまま僕は壁に打ち付けられ、建物の最後の呻きを聞いた。
そして、そのすべてが闇に帰した。
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