森の魔獣と聖剣 5
Bランク魔獣、ブラッドグリズリー。
充血しているような朱い眼に、まるで血液が結晶化したような爪、そして額に魔紋を持つその魔獣は「血纏い熊」とも言われ恐れられている。
その魔獣は血の匂いを好み、争いで負傷しているところに姿を現す。
基本的には爪で攻撃するのだが爪の結晶は自分や他人の血を取り込んで成長する特性があり、その結晶を使って斬撃を飛ばしたり、身を守ったりして戦う。
そんな魔獣がどうしてこんなところにいるのか分からないが、今考えても仕方がない。
太陽に雲が掛かって昼にも関わらず暗い森の中を俺はひたすら足を動かし、出来る限り急いで進んでいると、ようやく開けたところに出た。
「ここがグレイターウルフ達と戦った場所か。」
ここにたどり着くまでにも魔獣の死体はいくつか見かけたが、ここら一帯は魔獣たちの死体があちこちにあり、血の匂いが充満していた。
その中から一回り体の大きなグレイターウルフの死体の前に立つ。
死体をよく見ると、大きな切り傷の他に何かに噛み千切られたような跡がある。
おそらく切り傷の方は剣でつけられたものだ。
「ならこっちの傷はブラッドグリズリーが付けた傷か・・・」
周りを見ると、血の滴る跡が森の一方に向かっている。そちらにブラッドグリズリーは向かったと考えていいだろう。
俺は再び肉体強化を使い、迷わずそちらへ向かって駆ける。
僕は魔獣の返り血で真っ赤になりながら必死に森を駆けた。
あれはいきなり現れ、僕らが苦労したグレイターウルフをものともせず一瞬で蹴散らした。
ファルシさんが引き付けてくれていたはずだけど、追いかけてきたってことはもう・・・・。いや、そんなはずない。疲れてネガティブになってるだけだ。
それは半ば、自分に言い聞かせているだけだと気づいていたが、それでもと雑念を振り払って少しでも村から離れようと足を動かす。
ブラッドグリズリーに追いつかれたのはあと少しで森を出られるといった時だった。
ダイさんが転んだ時、それを横目で捉えた僕はとっさにブラッドグリズリーの気を引こうと突っ込んで行った。
今思うと、あの場で殺されてもおかしくなかったが、途中で見つけた魔獣をブラッドグリズリーに押し付けたりしながらも、こうしてうまく逃げていられるのは運が良かったといえるだろう。
例え、もう生きて村に帰れないのが分かっていたとしても・・・。
「嫌だなぁ・・・。」
頬を何か冷たいものが流れる。
気が付けばどんよりしていた空からは、まるで僕に同情するかのように雨が降りだしていた。
僕はここまで必死に動かしてきた足が止まる。
途中、魔獣たちから魔力を吸収しながらどうにか体を動かしていたが、それももう限界が来たようだ。
近くに生えている木の幹を背に、崩れ落ちるように座り込む。
来た方向を見ると僕をどう弄ぼうか考えているのか、ゆっくり近づいてくるブラッドグリズリーの姿がある。
近くで改めてみると、本当によくここまで逃げられたなと思う。同時にもう逃げられないなとも。
それだけの迫力がブラッドグリズリーにはあった。
別に自分がしたことを後悔しているわけじゃないし、むしろ自分の力でみんなを助けられたのだから誇りにさえ思っている。
でもやっぱり、死が目前に迫ってくると怖いものは怖い。
「ごめん、父さん。こんな形でしか約束守れなくて。ごめん、兄さん。僕の活躍、伝えられそうにないや。...母さんとメアリを悲しませちゃうな。」
ブラッドグリズリーは二足歩行で立ち上がると、その朱く染まった腕を振り上げる。
ああ・・・。せっかく皆に認められて嬉しかったのに、ここで死んじゃうのか。
「ラストォッ!」
死を覚悟した時、聞こえるはずのない声と、ブラッドグリズリーに向かって一本の剣が飛んできた。
間に合った!
あとちょっとでも遅れたら、取り返しのつかないことになっていたと思うと恐怖を覚えたが、それでも間に合ったことに安心する。
ラストを見つけた時には既にブラッドグリズリーは攻撃態勢に入ろうとしており、咄嗟に投げた剣が、上手く振り上げた手に当たり、攻撃はやめさせられたようだ。
こちらに気をそらしたブラッドグリズリーを警戒しつつ、ラストを背にするように移動する。
ラストは目の前に俺が表れたことが、どうやら信じられないようだ。その顔は驚愕で固まっている。
「兄さん・・・なの?」
「ああ。」
「なんで来ちゃったの?これじゃ兄さんもただじゃ済まないよ。」
「そうかもね。」
俺はブラッドグリズリーを警戒しながらも、出来るだけ安心させられるように余裕を見せ、冗談めかして言う。
しかしラストは焦り、声を荒げる。
「兄さんだけでも逃げてよ!犠牲は・・・僕だけで十分だよ。」
「そんなわけにはいかない!」
「でも、兄さんでもブラッドグリズリーの相手は無理だよ。僕は、兄さんの傷つく所なんて見たくないんだ。」
悲愴感を漂わせるラスト。
その頬は無慈悲に降り注ぐ雨で血が滲んでいる。
確かに、目の前に居る魔獣の威圧は凄まじい。
この場を切り抜けるのは一筋縄ではいかないだろう。
今まで通りなら、だが。
「安心しろ。俺が守るから。」
おれは覚悟を決める。
もう、力を隠さない。これからどうなっても、ここでこの力を使わないなんて選択肢は存在しない。
唸りながらこちらを伺っているブラッドグリズリーを正面に捉えながら、俺は右手を前に出して叫ぶ。
「顕現せよッ、聖剣カリバー!」
その瞬間、暗い空から一筋の光が俺の前に射す。
その光の柱の中には一本の剣がある。
その柄を握りしめ引き抜くと、光の柱は霧散し俺の手に白銀に輝く剣が収まった。
刀身は銀色というより、白色の方が近いだろうか。
鍔には青色の宝石のような物が一つ埋め込まれており、そこから柄にかけて青い線が引かれている。
装飾は最小限で豪華絢爛といった感じではないが、その剣からは人々を圧倒するような何かを感じる。
ブラッドグリズリーはこの剣に気圧されるように、数歩下がった。
「不思議だ・・・さっきまで感じてた威圧感が嘘みたいになくなった。」
むしろ、体の中から力が湧き出て、自信に満ち溢れている。
「これなら、お前も簡単に片づけられそうだ!」
俺はブラッドグリズリーに向かって駆け出した。
ブラッドグリズリーは馬鹿にされたと感じたのか、二足で立ち上がると怒ったように咆哮し、その腕に朱い結晶を纏って振り下ろしてくる。
初めての力の解放でうまくいくか正直不安だったが、大丈夫みたいだ。
肉体強化も切れえてない。軌道をしっかりと目で追えている。
俺は臆することなく、ブラッドグリズリーの振り下ろしを聖剣で切り上げて正面から受ける。
聖剣の攻撃は腕の結晶を砕き、後ろによろめかせた。
驚いてくぐもった声をもらすブラッドグリズリー。
腕が弾かれガラ空きになったブラッドグリズリーの胴に、切り上げていた剣を力いっぱい振り下ろす。
「グギャァ」
その一撃は分厚く硬い毛皮をもろともせず、斬撃は後方の木をも切り裂き、簡単にその命を刈り取った。
力なく倒れるブラッドグリズリーを確認して、俺はスキルを解除すると聖剣は光となって消えていった。
「ラスト!」
俺は呆然としているラストに駆け寄り、血まみれの体をあちこち見た。
血のほとんどは魔獣の返り血みたいだな。この雨で少しずつだけど流れていってる。所々に小さな傷はあるけど、大丈夫みたいだ。
「無事でよかった。」
「兄さん。今の・・・」
「ああ、ちゃんと話すよ。ただ、ブラッドグリズリーを倒したとは言ってもここはまだ危険だ。とりあえず安心できる所まで移動しよう。それに、早く帰ってみんなを安心させないといけないしね。」
俺は座り込んでいるラストに肩を貸して起き上がらせる。
「うん、分かった。」
そうして俺とラストはこの暗い森から出ようと歩き出した。
気づけば雨は段々強くなっていた。




