森の魔獣と聖剣 4
「ラスト大丈夫かなぁ・・・」
少しどんよりし始めた空を見ながら呟く。
俺は今、村の広場に併設されている警備隊の訓練所に居た。
訓練所と言っても広場の一部を柵で囲っているだけの簡素なものだ。
昼休憩で近くの柵に寄りかかって、腰を下ろしていた。
「弟の心配か?」
そんな俺に一緒に訓練に参加していたノスタルが話かけてくる。
ノスタルは今では高身長となり、元々整っていた顔立ちと相まって村一の美男子と言われるようになっている。
気に食わない・・・村の女性から引く手数多のくせしてメアリに付きまといやがって。
「えっ何!怖いから急にそんな目で見んなよ。」
気が付けば俺はノスタルを恨めし気に睨んでいたようだ。
「あぁ、悪い。」
「で、今日ずっとボーっとしてるみたいだけど、ラストの心配か?」
「まあな。」
「でも、おまえはラストを信じて送り出したんだろ?」
「それはそうなんだが・・・」
いざ送り出すと、無事なのかとか迷惑はかけていないか心配事は尽きない。
「お兄ちゃんしてんなぁ・・・」
過剰に心配する俺に呆れるノスタル。
「ナイトお兄ちゃん!」
呼ばれてそちらを振り向くと、片手にお昼ご飯のサンドウィッチが入っている籠を持ってこちらに駆けてくるメアリの姿があった。
クリっとした目に腰まで伸ばした栗色の髪、髪質は俺よりもナイトに近い癖毛だ。
白いワンピースに麦わら帽子を着てこちらに手を振っている。
「おっ、メア・・・」
「メアリちゃん!」
「あっノスタルさんだ!」
え?
俺が反応するより先にノスタルが手を振ってメアリを呼ぶ。
メアリも嬉しそうに駆け寄ってくると、二人で楽しそうに話をする。
「もしかしてナイトのためにご飯持ってきたの?」
「うん!私が作ったんだ。多めに作ったからノスタルさんも食べる?」
「ほんと⁈嬉しいな。」
「ちょ、ちょっと!」
俺を置いてきぼりにしていい雰囲気で話していたので、戸惑いながら会話に入った。
「何?」
少し不機嫌そうにこちらを見るメアリ。
くっ、反抗期か?前はあんなに甘えてきてくれてたのに。
「その・・・お兄ちゃんお腹すいたなぁ。・・・なんて。」
「あ、そうだよね!じゃあ、一緒に食べようか。」
メアリの不機嫌な顔は一瞬で引っ込み、テキパキと準備を始めた。
やっぱり素直でメアリは可愛いな!
「お前、その重度のシスコンはどうにかならないのかよ・・・。」
「うるさい。メアリが可愛いのは事実なんだから俺は間違っていない。」
俺は呆れるノスタルを横目にテキパキ準備するメアリを眺める。
「・・・なあ、ナイト。なんか向こうの方騒がしくないか?」
メアリの姿を微笑ましく見ていると、ノスタルが訝しそうに言う。
言われてそちら見てみると、広場の方で小さな人だかりが出来ていた。
あっちは、門の方か?何かあったのかな。
「・・・ちょっと気になるから行ってくる。」
「待て、俺も行く。ごめんメアリちゃん。ちょっとご飯待ってもらってもいい?」
「う、うん。分かった。」
妙な胸騒ぎがして、俺とノスタルは急いでその人だかりに向かった。
人込みをかき分けて最前列に出ると、そこには全身ボロボロになった十数名の男たちがいた。
服はここまで全力で走ってきたのだろう、たくさんの汗でビショビショに濡れており、体には無数の傷跡が見受けられる。
よく見るとそれらの傷跡は獣によって出来た傷というより木の枝や葉で切ったり、転んで出来た擦り傷で何かから全力で逃げてきたのが伺える。
彼らの中には俺の知っている顔もチラホラいた。
あれは、近所の道具屋で最近働き始めた・・・たしか名前はダイだったっけ?今朝、ラスト達と一緒に森に向かったはずじゃ?
「おい!いったい何があった?」
訓練中だったこともあり、ちょうど近くにいた警備隊の隊長が彼らに駆け寄る。
「た、大変なんす!」
ダイさんはとても慌てた様子で団俺は急いでダイに問い詰めようとする隊長に縋りつくように訴えかける。
「ブラッドグリズリーっす!森にブラッドグリズリーが現れたんす!」
「なんだと⁈どうしてそんなのがあの森に居る!」
「知らないっすよ!」
ダイたちは森で起こった事を早口に語り始めた。
問題になっていた魔獣は予想通りグレイウルフだった事。
しかしそれだけじゃなく、グレイターウルフも居た事。
グレイターウルフを討伐しようとした事。
そして、グレイターウルフを討伐中にブラッドグリズリーが乱入してきた事。
ファルシさんとラストが協力して戦い、グレイターウルフを追い詰め、あと少しで倒せるといったところで血の匂いに誘われたのか、突然ブラッドグリズリーが現れたらしい。
「ブラッドグリズリーが襲ったのは最初グレイターウルフたちだったんで、その間に俺たちはどうにか態勢を立て直せたんす。でも、ブラッドグリズリーは魔獣たちを軽々倒してしまってすぐ俺たちも狙われたんす。」
人の脅威となりうる魔獣や魔族には、冒険者組合が定めた脅威度によってランク付けされており、大きく分けてランクはEランクからSSランクまである。
Eランクは駆け出しの冒険者たちがパーティーを組んで討伐できるレベル。
Dランクはある程度の経験を積んだ冒険者が討伐できるレベルだ。
グレイウルフは単体ではEランクだが、群れだとこのDランクとされている。
そして、そのある程度の経験を積んだ冒険者たちがパーティーを組むことでようやく倒すことが出来るのがCランクの魔獣。
ここにグレイターウルフは入っている。
Cランクは別の指標として一体で村を滅ぼすことが出来るレベルだともされている。
というのも、さっきから「ある程度」と表しているように冒険者の実力を元にした指標だと曖昧さが出てしまうからだ。
駆け出しかそうでないかの差は大きく違うのでCランクまでは冒険者の実力を元にした指標で問題はないのだが、ある程度の経験を積んだ冒険者の実力はピンからキリまである。
よってCランクからはどれだけの被害が出るかといった指標になってくる。
そしていま話に出ているブラッドグリズリーは、地方の町なら一体で滅ぼせるとされているBランクに値する。
今は関係ないが、大きな町を一体で滅ぼせると言われているのがAランク。
国家の脅威となるのがSランク。
そして大陸、ひいては世界の脅威とあるのがSSランクであり、これは今、魔王だけだ。
ランクの中でもB+やB-のように細かい区分けもあるのだが、それはこの際どうでもいい。問題はBランクに値する魔獣がすぐ近くに出現してしまったことだ。
「それで、戦っても勝てるはずもないっすからすぐ逃げようとしたんす。でも、簡単に逃げられそうもなかったんでファルシさんが俺らを逃がすために一人で・・・」
そう言われて一団を見ると、確かにファルシさんの姿が見当たらない。いや・・・ファルシさんの姿だけじゃない。
なぜか、ラストの姿も無い。
俺は顔から血の気が引いていくのを感じた。
俺は急いでダイに問い詰めようと近づく。
「おい!息子は、ラストはどこだ。どうして見当たらない!」
一緒に訓練に参加していた父さんが先にダイさんに詰め寄った。
ダイさんは今にも泣きそうな顔で言う。
「最初は一緒に逃げてたんす。けど、途中でブラッドグリズリーに追い付かれそうになって、そこで・・・慌ててしまって転んだ俺をかばって、一人でブラッドグリズリーを引き付けて村とは反対方向に。」
ダイさんは、両手を地面につけると勢いよく頭を地面に叩きつける。
「俺のせいなんす!俺のせいでラスト君は。」
ダイさんは悔しそうに涙を流しながら謝る。
俺は何を言っているのか分からず呆然としていた。それはたぶん父さんも一緒だろう。
「ナイト・・・」
ノスタルの心配そうな声が聞こえる。
どうしてこうなった・・・・。
ラストを行かせたのが悪かったのか?いや、そもそもBランクの魔獣が出るなんて誰にも予想出来ない。
じゃあ、これはしょうがない事だったのか?それも違う。
そんなことで納得できるわけないだろう。
「行かなきゃ」
俺は一人村の外へ向かおうと歩き出す。
「まて。お前ひとりでどうするつもりだ?」
門への道に団長が立ちふさがる。
「ラストを助けに行きます。」
「気持ちは分かるが、警備隊の隊長としてそれは認められない。ブラッドグリズリーがいるのならここも危険になる可能性が高い。お前の弟もそれを分かっているから、ここから離れるように逃げているんだろう?それをわざわざ刺激する必要はない。」
「それは、ラストを見捨てろってことですか?」
俺は隊長をにらみつけて言うが、淡々とした態度を崩さず言う。
「ああ。非情に思うだろうが、村のことを考えるのならばそれが一番だ。だから、行かせるわけにはいかない。」
そんなこと言われても従えるわけがないだろ。言っている事の正しさは分かる。だからって、それが弟を見捨てる理由になんて出来ない。
俺は前世で家族のことなんて二の次だった。親が離婚しても兄弟と離れ離れになっても、家から人が減ったぐらいにしか思っていなかった。
家族の暖かい空間なんてものは知らなかった。
それをこの世界で知ることが出来たのは父さん、母さん、メアリ、そしてラストのおかげだ。
だから、今度の人生では家族のことを大切にしようと誓ったんだ。なんて言われようと、俺はラストを助けに行く。
「それ以上進むなら、悪いが切ってでも止めさせてもらう。」
隊長は剣を抜いて脅してくるが、俺は歩みを止めない。
「仕方ない。」
隊長は剣を構えて臨戦態勢になる。身体強化を発動し、腰を落として俺を切ろうと詰め寄ってくる。
「隊長!」
父さんが止めに掛かるが、隊長に全く止める気配はない。
絶望した顔で俺を見る父さん。
大丈夫だよ、父さん。
俺は腰に携えていた木剣を抜き、スキルの肉体強化を発動させる。
隊長の切り下しに対して体を横にずらして剣の腹を狙って木剣を振るう。
「なっ⁈」
隊長の持っていた剣はその手を離れ、地面にポトリと落ちる。
あまりの衝撃で震える隊長の手。
身体強化が魔法なのに対して、肉体強化はスキルの一つだ。つまりは上位互換であり、俺の方が力もスピードも優っている。
呆然とする隊長。
周りもその光景を見て言葉を失っている。
まあ、仕方ないよな。今まで出来るだけ力を見せないようにしてきたわけだから。
「ごめんなさい。」
隊長に一言謝り、門の方へ向かう。
「ナイト!」
振り返ると父さんが悔しそうに言う。
「すまない、ラストのこと頼んだぞ!」
俺は父さんを少しでも安心させようと強く頷いた。
再び足を動かそうとすると、不意に何かが飛んできたので少し慌てながらもそれを受け取る。
「ボロボロの剣だけど、木剣よりマシだろ?」
そちらを見るとノスタルが居た。
さっきの隊長とのやり取りの間に訓練所の備品の中にあった剣を取ってきたらしい。
「助かる。」
「おう。」
「メアリのことは頼んだぞ。」
「それはお兄様公認ってことでいいのかい?」
こんな時に茶化すように言う。いや、こんな時だからこそか。
「帰ったらただで済むとは思うなよ?」
俺は苦笑いしながら、いつものようにノスタルに釘をさす。
「ならさっさとラスト連れて帰ってこい!」
「ああ。行ってくる。」
俺は肉体強化が掛かった状態で、全速力で村を出て東の森へ急ぐ。
待ってろ、ラスト。




