8話。『風の洞窟』5。
「プハッ!! ハァ、ハァ……。お、おいっ!! リリル!! 大丈夫かっ!?」
なんだか……。遠くの方で、声が聞こえる。
(ジャンゴ……?)
そうか……。私は、吊り橋から落ちて、洞窟の川に流されて──
「ううっ……」
気がつくと──
私は、洞窟の中を流れる川原の岸辺に、ジャンゴと二人で倒れていた。
洞窟の中のせいか、普通の川の岸辺とは違ってて──なんだか、ツルツルと青白く光る岩肌の上にのっかってるみたいで……。
私の耳もとで、「ハァ……ハァ……」と、息を切らすジャンゴの呼吸する音が聞こえていた。
「ハハ……。着いたぜ? ここが、リリルの行きたがってた『お星様』のある場所だぜ?」
ジャンゴが水に濡れた毛むくじゃらの顔の毛をかき上げて、ゴロンと、青白く光る洞窟の天井を見るようにして──寝転がって仰向けになった。
なんだか、この辺は、『お星様』?の光が強くって──ぜんぶが、青白く光ってる。
私は、まだ、頭がボーッとするんだけど、生きてるみたいだし……吊り橋から落ちる前よりかは、身体に力が入るみたいだった。
(なんでだろ……? 洞窟の光になれて来たのかな──?)
私には、怪我は無いみたいだった。
あんなに高い吊り橋から落ちて、洞窟の川に流されたのに──
(まぶしい……──)
川に流されて、ベショ濡れだったのに──私が着ていた牛みたいな魔物『ズー』の毛皮も、私のお家より大きな鳥の魔物『パピロ』の羽毛も、いつの間にか、乾き始めていた。
人を食べる植物の魔物『ジャンボウツボカズラ』で出来たパトト爺ちゃん特製の私の靴も、川に流されずに──まだ私の足に、しっかりとくっついているみたいだった。
「おいっ!! リリル!! しっかりしろ!! 立てるのか!?」
毛むくじゃらのジャンゴの声がする……。
立て……る、かな。
「ん……、くっ!! うっ……!! ハァ……ハァ……」
なんだか、全身が重い。
さっき、怪我は無いみたいって、想ったけど……。
どうやら、片方の足の膝を川に流されている間に、どこかでぶつけたみたい。
「ジャンゴ……、私、なんか……足が」
どうにか、こうにか、立てたけど……。足が、膝が、痛い……。
「り、リリル……。右足、腫れてるじゃねぇか……」
「うん……。痛い。血は出てないんだけど……」
(ギィーーーン……──)
なんだか、頭の中を振動するような音が、聴こえる。
「ジャンゴ……。なんか、音……──」
「だよな……。ほら、見てみろよ。目の前。リリルの会いたがってた『お星様』だぜ……?」
私は、ここで、ようやく初めて顔を上げた。
目の前には──
──洞窟の天井を遥かに超えて、見たこともないくらい大きな岩……じゃない宝石よりもまぶしい『お星様』が、青白い光を強く放っていた。
「うっ……。まぶし……」
私は、『お星様』をまともに見れずに、手で顔を覆った。
(……──遙かなる星の申し子よ。巫女よ。時は満ちた。光の世界を取り戻すのだ──……)
「え?」
私は、耳を疑った。
「え? ジャンゴ? え……? お星……様──?」
私は、隣に立っているジャンゴを見たけれど、ジャンゴは不思議そうに、私の顔を見つめるだけで──
さっきまで、ギーンって、頭の中で鳴り響いてた振動音が止まって──まぶしかったはずの『お星様』の光が、優しくなったような気がした。
(ブブブブブ……──)
「え?」
急に『お星様』の光が、弱まって来て──洞窟の天井まで届く大きな『お星様』の真ん中に、黒いヒビみたいなのが入って──その隙間から、見たことも無いような真っ黒い『人』みたいな姿をした誰かが、『お星様』の中から出て来た。
「……ふむ。ここが、風の精霊の意識を司る『ヴェネトバルナ』。『星の魔法陣』の書き換えには成功したようだが、意識が弱まっている。失敗したか……」
(怖い……──)
ガタガタ身体が、震えている……。
『お星様』のまぶしい光のせいか、ハッキリとは見えないけれど……。私が、今まで会ったことのある誰とも違う姿をしている。
尖った指先、黒く光る身体、不気味な金色のような目をしている……。
私は、身動きが取れなかった。
「リリル!!」
ジャンゴの叫ぶような大きな声で、「ハッ」とした。
金縛りが解けて私は──私の手をつかむジャンゴと一緒に、一目散に駆け出していた。
「逃げろっ!! リリル!! 川に飛び込むぞっ!!」
「うん!!」
ジャンゴが、私に、そう言ったけど──上手く走れない。
「──……どこへ行くと言うのです?」
ジャンゴと私が、川に飛び込もうとしたら──急に、さっきの黒い『人』みたいなのが、私とジャンゴの目の前に現れた。
「おや……? 動けるのですか? 私を目の前にしても? 珍しい……。いや、風の精霊の加護を受けているのか──? それとも……。ふむ。お嬢さんの方からは、プンプンと魔物臭がしますね……。隣の坊やは、獣人? ですか。こちらも、少々──クンクン──……フフ。臭いますねぇ」
真っ黒い『人』みたいな姿をした誰かが、ツヤツヤと黒光りする身体を揺らしながら、「ククク……」と、笑っている。
「いえね? 我々の住む世界に新たな大陸が生まれたのですよ? その鍵を握る『世界の地図』。我らが創造主『ホーリーホック』が生み出したと言われる……。『星の五大大陸』のどこかにあると聴きましたが、ご存知ないですか?」
丁寧な言葉使いで、話しかけて来るけど、震えが止まらない。
隣に立って私の手を握るジャンゴの手も震えている。
(ドゴオォォォォォーーーーン……──!!)
「グッ!?」
私とジャンゴの後ろから──
物凄い光みたいなのが、飛んできて……。
気がつくと──私とジャンゴの目の前にいた、真っ黒い姿で立っていた誰かが、よろめいて洞窟の『お星様』の前で膝をついて倒れそうになっていた。
「ククク……。風の大陸が随一の剣士、『竜殺しのパトト』ですか? 大当たりですね。やはり、私の目に狂いはなかった。『世界の地図』は、どこです?」
「んなもん! 知らんっ!!」
パトト爺ちゃんだ。
私とジャンゴの目の前に、パトト爺ちゃんがいる。
「フフフ……。知ってますよ? 永遠の時を生きる我らが創造主『ホーリーホック』が、ドワーフの老人に『世界の地図』を託したことを」
「聞こえてなかったか? 魔人はバカが多い。ドワーフの老いぼれなど、世界に五万とおるわっ!!」
パトト爺ちゃんが、そう叫んだ直後──
パトト爺ちゃんが振り上げた小さな斧が、突然、洞窟の岩みたいに巨大化して──
私とジャンゴとパトト爺ちゃんの目の前にいる黒光りしてる恐ろしい『人』めがけて──
「ジャイアントギガントアックス!!」
(ドゴゴオオオォォォーーーン……──!!)
まるで、雷が空から落ちてきたみたいに、物凄い光の柱が、私の目の前に現れて──耳をつんざくような爆発音がして風の洞窟の中が激しく揺れた。
まるで、私とジャンゴの周りの全てが、ぜんぶ吹き飛んだみたいに──
モォモォ……と、洞窟の中に、砂煙が上がる。
だけど、『お星様』の青白い光が、洞窟の中の私たちのいる場所を照らしていた。
「逃げるんじゃ!! リリル!! ジャンゴにしがみついて、川を下れっ!! コヤツは、ワシがここで、倒す!!」