7話。『風の洞窟』4。
(ギィ……。ギィ……──)
吊り橋の上を、私とジャンゴが歩くたび、吊り橋のロープと木の板が軋む音がする──
『お星様』に会いに行くって、私はさっき決心したばかりなんだけど……。
(こ、怖い……──)
『お星様』が遥か下にあるあの青白い光の鎖場へと……続くこの吊り橋を、私は毛むくじゃらのジャンゴに手をつながれて、歩いている。
(ギィ……。ギィ……──)
ギィギィ……と、吊り橋のロープが私とジャンゴが歩くたびに軋む。
私は、ちょっとだけ、私の足もとの遥か下を流れる洞窟の川を、吊り橋の上から見下ろしてみた。
(ゴオオォォ……──)
私の足もとの遥か下を流れる洞窟の川の水が、青紫色に光ってるんだけど、けっこうな勢いで、音を立てながら流れていく……。
「こ、怖いよ……。ジャンゴ……」
「下を見るなっ! こんくらいで、ビビってどーする? 『お星様』は、もっと遥か下だぜ? 引き返すか? リリル?」
「い、いや。行く……」
「なら、前を見てろよ? 心配いらねーって。俺が、リリルの手を引いててやるからさ!」
自信満々に私に向かって言う──毛むくじゃらなジャンゴ。
ジャンゴは、顔中毛むくじゃらだけど、大きな真っ白なギョロっとした目玉と、ジャンゴの大きな口の白い尖った歯が、『お星様』の青白い光に反射してて──何だか私には頼もしく想えた。
──ジャンゴが、ニヤって、私に向かって笑っている。
ジャンゴは、顔中毛むくじゃらだけど、ジャンゴが笑ったのくらいは、私にも分かる。
(ギィ……。ギィ……──)
吊り橋のロープと木の板が、私とジャンゴが歩くたびに軋む。
「なぁ……? リリル? 別に明日でもよくね? って、俺は想うんだけど、なんで『お星様』のところへ、今行くの?」
(ゴオオォォ……──)
私の足もとの遥か下を流れる洞窟の川の水の音が、凄い。
私のドキドキしている心臓の音を掻き消すくらい。
「んー……? なんでだろ? 確かに、ジャンゴが言うように別に明日でも良いよね……? って、私もそう想うんだけど……。明日が私のお誕生日なわけだしさ? けど……──」
「──けど……?」
「んー……。そう言うのって、分からなくない? なんで、ここにジャンゴと私が今二人でいるのとか……? そう言うのって、理由なんて、あるのかな?」
「んー……。言われてみると、そうか……。確かに。なんか、不思議だよな? なんで、俺がリリルと今二人で、ここにいるのか……。んー……。そう言う意味じゃ、不思議だな?」
「ね? 分かんないでしょ?」
(ギィ……。ギィ……──)
(ゴオオォォ……──)
吊り橋の軋む音と、私の足もとの遥か下を流れる洞窟の川の音。
(理由なんて、ないんだ──)
本当に、そうだろうか?
大予言者ホーリーホックの『お星様』のお話にも、理由なんて、ないんだろうか……。
私は、毛むくじゃらなジャンゴに手を引かれて──青白く光る鎖場へと続く吊り橋を渡る。
『世界の地図』だって──私のお気に入りのカーペットだったのに、毛むくじゃらなジャンゴが、ズックズクに濡れた泥んこの灰色のズボンで座って、変なシミができちゃったし……。
酔っぱらったパトト爺ちゃんが、実は大予言者ホーリーホックからもらった大事なものだったーって、急に言うし……。
『世界』は、変わる。
『運命』は、変わる。
なぜか、私の心の中で、そんな言葉が響いた。
(誰──?)
私の心の中に勝手に響いた言葉なのに──なぜか、そんな風に思った。誰……? なんて──
(ビュオオオオォォォ……──!!)
「う、うわっ!?」
「あっ!!」
吊り橋の下の谷底から吹く洞窟の風で、ジャンゴも私も吊り橋の上で、バランスを崩した。
「リリルっ!! 大丈夫かっ!?」
「う、うん……。平気……」
ジャンゴと私は、洞窟の風に吊り橋の上から吹き飛ばされそうになったけど、ジャンゴも、しっかり私の手をつないでくれてたし、なんとか、吊り橋の下の谷に落ちずにすんだ。
「あ、あぶねー。落ちちまうとこだったぜ……」
ジャンゴが、ペタンと吊り橋の上でへたり込んでいる私の手を、ぎゅ……と引いてくれた。
「あ、ありがと……」
ジャンゴにお礼を言って、私は立ち上がったんだけど──
「──え?」
「リリル?」
なんだか、ボンヤリする。
吊り橋の板が、二重に浮いて見える……。
フラフラする……。
「お、おい!? リリル!? だ、大丈夫かっ!? なんか、リリルの目が眠そうって言うか、しんどそうって言うか……」
「う、うん。大丈夫……」
「や、ヤベぇんじゃねぇか? たぶん、洞窟の光のせいだぜ?」
「う……ん……──」
そう──
確か、私は……ジャンゴに、そう返事した気がするんだけど──目が開かな……い。
「リリルーっ!!」
頭がフラフラして──
(ガタン──!!)
吊り橋のロープに、もたれ掛かろうとしたら、私の足が木の板の無いところから飛び出して──
──気がつくと、私は、吊り橋から足を踏み外して──洞窟を流れる川の谷底へと落ちそうになっていた。
(パシ──!!)
ジャンゴが、毛むくじゃらな手を伸ばして、私の手をつかんでいた。
私の身体が、吊り橋から宙吊りになっている。
「リリル!! しっかりしろっ!!」
ジャンゴの声が、遠くの方で聞こえた気がした──
(頭がボーッとする……。私、吊り橋から落ちそうになってるのに。なんか……、怖くない。おかしくなっちゃったのかな……私──)
ジャンゴが毛むくじゃらの手で私の手を、たぶん痛いくらいに力いっぱい握りしめてて──
ジャンゴも吊り橋のロープにつかまって、私を身体ごと吊り橋へと引き上げようとしていた。
「落ちてんじゃねーよ!! リリル!! ま、待って……ろ。い……ま、助けて、や……るから……なっ!!」
(グググ……──)
私の身体が、吊り橋の上へ、ジャンゴに引き上げられていく。
「ハァ……。ハァ……。お、重くなった……な、リリルっ!!」
(ガタン──!! グラン……グラン……──)
なんとか、吊り橋の上へと私の身体を引き上げたジャンゴが、息を切らしている。
「ハァ……。ハァ……。う、動けるか? リリル……? お、俺も、なんだかヤベぇ……。なんか、上手く……力が……、入ら……ねぇ……」
なんだか──
ジャンゴが、そう言ってるんだけど……。
私には、まるで他人事みたいで……。
ジャンゴだって、『お星様』の『洗礼』を受けてるはずなのに……。
私と同じように、ボーッと、するの……かな。
「リリルっ!? リリルーっ!!」
あ、そうか……。ジャンゴは、『洗礼』受けてるから耐性はあっても、長い時間は、いられないのか……な。
(ビュオオオオ……──!!)
(ガタン──!!)
「う、うわっ!?」
ジャンゴの叫び声が、私の耳もとで聞こえて──
もう一度、吹いてきた洞窟のものすごい風が、あり得ないくらい──私とジャンゴの身体を持ち上げた。
「うわぁぁぁぁっ!!」
ジャンゴの叫び声が、洞窟の中に木霊して、私とジャンゴは、まるで飛んでるみたいに──洞窟の谷底に落下した。
(ゴオオオオオオォォォ……──)
ものすごい風の音なのか……、私とジャンゴが風の中を落ちていく音なのか──
キラキラと光る青紫色の洞窟の谷底だけが、ボンヤリとキレイで──私の耳の奥の方までハッキリと、聞こえていた。
(バッシャァァン──!!)