6話。『風の洞窟』3。
「──え? リリル? 帰んないの?」
「え? いやいやいや!! う、うそウソ嘘っ!! か、帰るよ? い、一瞬の気の迷いってヤツ?」
な、なんだか、私……──変だ。
私とジャンゴの目の前に広がるこの『風の洞窟』の中の青紫色の光のせいかな……?
「な、なんかさ? 洞窟の光のせい? ボーッとするんだけど、ジャンゴは何ともないの?」
「俺? んー。そうだな……。なんか、俺が、リリルを洞窟に連れて来たわけだし、しっかりリリルを守らなきゃなーっとは思うけど? ボーッとはしないかな?」
「へ、へー。そ、そうなんだ……」
ジャンゴのくせに、何しれっと、『守る』なんて言っちゃってんだろう。
な、なんか、いつものジャンゴじゃないみたいだし……、なんか調子が狂う。
「あ、そうだ。洞窟の光は、初めて来た者を惑わす──なんて、聞いたこともあるぜ? 俺は、何度も洞窟に遊びに来てるし、『13才の洗礼』も受けてるし」
そう。そうだった。パトト爺ちゃんもそう言ってた。
だから、洞窟に入るのは、子どもだけじゃ危ないんだ──って。
『13才の洗礼』──
──大人になるために、ウミルの村の子どもたちは、13才のお誕生日を迎えると、大人たちに連れられて、この『風の洞窟』に祀られている『お星様』に会いに行く。
だけど、『13才の洗礼』を受けていない子どもたちには、洞窟の中の青紫色の光は、強すぎる。
今の私みたいに、たぶんボーッとしちゃって、怪我したり落っこちたりして、洞窟の中を流れる川に流されちゃうのかもしれない。
だからこそ、ずーっと昔に『13才の洗礼』を受けた大人たちが、一緒について来てくれて守ってくれるんだって思う。
きっと、それが、代々受け継がれて来たウミルの村の習慣で……。
でも、違うところから来た洗礼を受けていない大人たちは、どうなるんだろ?
やっぱり、他のウミルの村の人たちに連れられて、『お星様』に会いに行くのかな?
「ねぇ? ジャンゴ? ジャンゴは、『お星様』の『洗礼』を受けた時……どんなだったの?」
私は、『お星様』へと続く吊り橋の先にある鎖場を見つめながら、ジャンゴにそう言った。
『お星様』からの青白い光が、とってもまぶしい。
吊り橋を渡って鎖場の鎖をロープ代わりにして断崖絶壁の岩肌を降りると──『お星様』のところへたどり着ける。
「え? んー……。そうだな。まあ、座れよ? リリル。 ちょっと話が長くなりそうだし?」
ジャンゴは、握っていた私の手を離して、「よっこらせっと!」って言いながら、洞窟の青紫色に光る岩肌にペタン! とアグラをかいて座った。
ジャンゴが、隣にいる私の座りそうな岩肌をパンパン! と、手ではたいて「キレイになったぜ?」って言ってから、ニヤリと笑った。
「え? う、うん……」
私は、ジャンゴの隣に足の膝を曲げて、小さく丸くうずくまった。
幻想的な洞窟の青紫色の光が、座っている私とジャンゴを照らす。
洞窟の中は、外にいるよりも暖かかった。
「え、えーっとだな。俺って、毛むくじゃらなジャンゴなわけじゃん? だ、だから、初めてウミルの村に来た時から、なんだろう……って、小せぇ時からこの洞窟にはちょくちょく遊びに来てたんだ。まあ、パトトのジジイに放り投げられても何ともない俺だし? 小せぇ時から、毛むくじゃらだったから、フラフラ一人で迷いこんで洞窟の川や谷に落っこちても、何ともなかったってわけさ。あ、パトトのジジイには口止めされてたよ? リリルには危ないから絶対言うなーって」
いや、ジャンゴ、言ってたし。
私は、ジャンゴに小さい時から、『風の洞窟』のお話を聞かされて、すんごく気になっていた。
けれど、私は、小さかったわけだし。パトト爺ちゃんには危ないから行くなって言われてたし。
でも、もう、今なら、明日で13才のお誕生日を迎えるわけだし……。
大丈夫かなって、思ってたんだけど……。
「で? ジャンゴは、13才になる前には、もう『お星様』の洗礼は受けてたってわけ?」
「そ、そーなんだよなー? たぶん、あれが、そーなんだと思うんだけど……」
「どういうことよ?」
「え? んー……。んーとだな。ほら、言い伝えにもあるじゃん? ──智慧ある者には力を。勇気ある者にはさらなる力を。悪しき者は滅びる──みたいな?」
「ふんふん。それで?」
「でさー。よくある感じで、リリルの言う『お星様』? が、しゃべるわけよ。『勇気ある幼き者よ、よく来た』なんてさー」
「え? お、『お星様』!? しゃ、しゃべれるのっ!?」
「あ、しゃべるっつーか、『世界の地図』の時にも感じたんだけどさ? なんか、そう言ってるみたいに感じたー? みたいな?」
なんか、不思議なお話だった。
大予言者ホーリーホックのお話と同じくらい。
毛むくじゃらのジャンゴなのに、私よりも先に……ずっと小さい時には、もう『お星様』に会ってたんだ……。
「で、それから、どうなったの?」
「え? 別に? なんも無いよ?」
「えーっ……──!?」
絶っ対に、何かあるって、期待してたんだけどな……。
何も無いって……。
「私、帰ろっかな……」
「あ、あぁ……。その方が、良いと思うぜ? 危ないしな? 命綱もなけりゃ、鎖を持つ手が滑っちまったら、それで最期だからな。まぁ、俺ならリリル背負って飛び降りるっつーのもアリだと思うけど、あの高さじゃ流石に足が痛ぇよな……。それに、帰る時も大変だ。今度は登んなきゃなんないわけだしな? だから、普通は、大人たち数人がかりで一緒に行くんだよ?」
「ふーん。やっぱ、そうなんだ……。でも、なんで、そうまでして13才になったら、みんな行くの? それに、ジャンゴは、私背負って飛び降りても大丈夫なんだ?」
「ん? ま、まぁな? あぁ、でも、リリルは知らなかったっけ? パトトのジジイからは、なんも聞いてない? 『風の洞窟』の『お星様』は、会いに来たヤツの『隠された力』を引き出してくれるとかって言うぜ? あと、13才って言うのは、たいていのヤツが『穢れ』を知らないから、悪しき者として『お星様』に命を奪われずに済むとか? けど、13才にならないと『隠された力』自体も生まれてないから、『お星様』に会いに行っても仕方がないとかって聞いたぜ?」
「じゃあ、なんで、ジャンゴは小さい時でも『お星様』の『洗礼』を受けれたの?」
「さあな? 俺が、毛むくじゃらで、ジャンゴだからじゃね? それに、あれが『洗礼』だったのかどうかなんて、分かんないし? 『隠された力』かー。『お星様』……俺からちゃんと、引き出してくれたのかなー?」
ジャンゴは、そう言うと──パンパン! って、お尻をはたいてから、スッと立ち上がった。
「さ、帰るか?」
ジャンゴが毛むくじゃらの顔の隙間からチラッと私を見て、座っている私の目の前に──ジャンゴは、毛むくじゃらの自分の手を出して来た。
「う、うん……」
私は、ジャンゴの毛むくじゃらの手につかまって、立ち上がった。
「ジャンゴ? 私……。やっぱり、『お星様』に──会いに行こうかな……?」
「え──? リリル? 行くの? 本当に?」
私って──こんなに、ワガママだったのかな……?