4話。『風の洞窟』1。
「ねぇ、ジャンゴ? なんで、あの時、私のお気に入りのカーペットに座ったの?」
「え?」
満天の星空。
私とジャンゴは、一緒にウミルの村をこっそりと抜け出して──夜の『風の洞窟』を目指して、並んで歩いていた。
とは言っても、けっこう寒い。
私は、パトト爺ちゃんがつかまえた2本角の草ばかり食べる体の大きな魔物『ズー』の毛皮に、お家より大きな鳥の魔物『パピロ』の羽毛を着てるから、まだマシなんだけれど。
相変わらず、毛むくじゃらジャンゴは、毛むくじゃらのまんまで、上半分は裸だ。下半分は泥んこのシミのついたズクズクの灰色のズボンをはいている。
私の住むウミルの村は、大予言者ホーリーホックのお話の中のお星様が、大昔にプルート山脈に落っこちて出来た湖の真ん中にある。
とは言っても、今じゃもう、湖の水は干上がっちゃったのか、パトト爺ちゃんの言うように全部もう地面の下に流れちゃったのか、分からないけど。
とにかく、小さなこのウミルの村は、イシュタール大平原って呼ばれる原っぱの真ん中にある。
それでも、村と言っても、そんなに人がたくさんいるわけじゃない。
せいぜい数十人? いや、百人……? そんなに、いたっけ?
「えーと? えぇーとっ……?」
「なぁ?」
「え?」
「『え?』じゃねぇよっ!? さっきの質問!!」
「あ、ごめん、ごめん!! 忘れてた……。えと……、あ、そうそう! なんで、あの時、私のお気に入りのカーペットに座ったの?」
私から、ジャンゴに質問しておいて、しばらく歩いて別のこと考えてたら、すっかり忘れちゃってたみたい。
っていうか、ジャンゴが、すぐに返事してくれないのが悪いんじゃない?──って想うんだけど……。
「あ、あぁ……? 良いぜ? んーとだな。えーとっ……」
「なによ? 答えられないんじゃない?」
「ち、違うよ! 声っ! そう……。声がしたんだよ……!!」
「声? なにそれ……?」
「んーとだな……」
ジャンゴは、そう言うと──腕組みして、またしばらく、黙り込んでしまった。
「なぁ? 信じる?」
「え? なにを?」
「見えない存在──」
ジャンゴが、そう言うと、私は、なんだかゾッ……とした。
「えー!! やだやだやだ!! 魔物とかよりも、そーゆーのの方が怖いんだって!!」
「へっへっへー……。って、悪い。いや、そーゆー悪い変なもんじゃなくってさー。なんか、こう……。リリルのカーペットに座ってみ? 大丈夫だから……みたいな感じで言われたって言うか、ささやかれたっていうか、安心したっていうか……」
「な、なにそれ!? 誰にっ!? 気持ち悪ーい!!」
「いや、だから、そーゆーのじゃないと想うんだけど、今日はリリルのカーペットに座っても大丈夫だーって、むしろ安心させられたって言うか、なんて言うか……」
「だ、誰によ? 誰かに、あやつられたりしちゃったわけ?」
「いや、そーゆーのとも違うような……」
ジャンゴは、毛むくじゃらの頭をワシャワシャして、珍しく考えこんでしまった。いつもは、考えこむなんてこと、絶対にしないのに。
「んー。ほらっ? パトトのジジイも言ってたじゃん? 『世界の地図』だったっけ? シミが出来ると不思議なことが起こるーって? なんか関係があるんじゃねぇの?」
ジャンゴが、珍しくまともなことを言った。
──ジャンゴと二人、並んで──夜の星空がキレイなイシュタールの大平原を歩いていく。『風の洞窟』へと向かって。
けど、魔物は出ない。
私も魔物は知ってるけど、パトト爺ちゃんがつかまえて来たのや、パトト爺ちゃんから聞いたお話でしか知らない。
だから、本当なら、こんな夜中にイシュタール大平原をジャンゴと歩いているわけだし、普通なら急に暗闇の向こうから魔物が襲って来たりとかしそうなもんだけど──
──私は、生きてる魔物を見たことが無い。
生きてる魔物のなれの果て──『動物』って言われてる生きものになら、毎日のように会ってる。
小さな野ウサギ、キツネ、タヌキ、イノシシ、お猿さんに、鹿に、フクロウに……。
その子たちが、もとが、なんの魔物だったのかは、知らない。
けど、パトト爺ちゃんが言うには、『風の洞窟』のずーっと奥には、大予言者ホーリーホックの言うお話の中の『お星様』が、眠ってて……村の人たちに守られているらしい。
で、お返しに、その『風の洞窟』に眠ってる『お星様』が、このイシュタール大平原や私やジャンゴ……パトト爺ちゃんの住むウミルの村を守ってくれているらしい。
なので、この辺は、魔物が出ない。
それと──『風の洞窟』の『お星様』には不思議な言い伝えがあって……。
──知恵ある者には力を。勇気ある者にはさらなる力を。悪しき者は滅びる──
とかなんとか、パトト爺ちゃんが酔っぱらった時に言ってた気がするんだけど……。
どう言うことだろ……──
「なぁ!? おいっ!! ……って、リリル? 聞いてんのか?」
「え? え? なになになに!? ごめーん! ジャンゴ。 聞いてなかった……。アハハ」
「ちぇ、まったくもう……。だから、──リリルは、大予言者ホーリーホックに会ってるんじゃねぇのか? って話」
「え!? そ、そうなのっ!?」
──ビックリした。
ジャンゴから、思ってもみなかったことを言われて、ビックリする。ジャンゴなのに。毛むくじゃらなのに。
「んー。だからよー。パトトのジジイが、武器の代金の代わりに『世界の地図』を旅人から受け取ったんだろ? その旅人が、大予言者ホーリーホック……って言うんなら」
「──私は、大予言者ホーリーホックに会った……?」
んー……。覚えてない。覚えてないよー!
そんな凄いことなのに、全然っ、覚えてない。
いつのことだったんだろ?
気がつけば、私のお部屋にカーペット……じゃない『世界の地図』があった気がするんだけど……。確かに、パトト爺ちゃんから、もらったような──んー。思い出せない。
歩きながら考えてみても、夜空のお星様は、相変わらずキラキラとキレイで。
少し寒いけど、ジャンゴは相変わらず毛むくじゃらのまんまで──隣を見ると、ジャンゴが鼻をホジホジしながら頭をワシャワシャしている。
「お? そろそろ、『風の洞窟』に着きそうだぜ? 見えてきた」
「えー? 暗くてよく見えないよー? どこぉ?」
ジャンゴは、目が良い。
ジャンゴが、毛むくじゃらなのと、何か関係あるのかも知れない。
けど、そう言うことに関しては、本当ジャンゴは、目も良いし鼻も利くし、とにかく見つけるのが早い。
イシュタールの大平原が広いって言っても、ウミルの村を出て南へ30分も歩けば、プルート山脈の岩壁に彫られた『風の洞窟』へとたどり着く。
ジャンゴとくだらない話とか、さっきまでの『ホーリーホック』や『お星様』のお話をして歩いてたら、アッと言う間だ。
けど、やっぱり、魔物は出なくって。
途中、ジャンゴが「ウサギー!」「キツネー!」「タヌキー!」とか言って、見つけるたんびに指さして喜んでたけど、私には見えなかった。
「ほら、あそこの暗い影っ!! あそこが、『風の洞窟』だぜ? んじゃ、先に行ってるぜっ!!」
「ちょ、ちょっとー!! ま、待ってよー!!?」
ジャンゴが、バカみたいにそう言うと、私を夜のイシュタールの大平原において、ケモノみたいにさっさと走って行ってしまった。
私も、急いで走ってジャンゴを追いかけたけど、暗くてよく見えない。
「ハァ……ハァ……。あそこかな……。もう! ジャンゴのバカっ!!」
なんとか、私が、『風の洞窟』の前まで、息を切らせて走ってたどり着くと──
ジャンゴは、真っ黒な毛むくじゃらな顔で、夜空のお星様と一緒にニタリと笑っていた。