3話。ジャンゴとパトト爺ちゃん。2
「うぃ……。お邪魔しまーす! ひっく! リリルちゃーんのお部屋ー! 良い匂いー!!」
結局……。
パトト爺ちゃんは、そう言って──ノシノシと、私のお部屋に入って来た。
「あ、あぁ……。パ、パトト爺ちゃん? わ、私のお部屋で寝るのっ……!?」
「んあ? あぁ、一緒に寝てやってもかまわんぞ? リリルちゃんもお年頃じゃからのー。遠慮はしておったが? ワハハ!! まだリリルちゃんも、ワシが恋しいかっ!?」
「ち、違ーうっ!! そ、そーじゃなくって!!」
もう、こうなったら、パトト爺ちゃんは、言うことを聞いてくれない。
力もものすごく強いし、酔っぱらってるし、やりたい放題だ。
ご機嫌なのは良いんだけど、もし、ご機嫌をそこねるとこのお家は、めちゃくちゃだ。
私も隠れてるジャンゴも危ない。
けど、パトト爺ちゃんは酔っぱらっても、今まで暴れたりなんてしたことがなかったから、今日だって大丈夫だとは思うんだけど──大丈夫なのかな……?
(ジャンゴが、パトト爺ちゃんに見つかりませんように──!!)
私が、神様にお願いしていると──
パトト爺ちゃんは、何かを見つけたように立ち止まった……。
「お!? 『世界の地図』か? よっこらせっと」
「あー!! 私のお気に入りのカーペット!!」
今日で二回目。
毛むくじゃらジャンゴに続いて、パトト爺ちゃんも、私のお気に入りのカーペットの上にドカッ!……と座った。
ジャンゴが見つからなかったのは良いんだけど、うぅ……。どうして……?
「パトト爺ちゃん!! 私のお気に入りのカーペット!!」
「ワハハ!! まぁ、堅いこと言うな。それに、これは、カーペットじゃねぇ……。『世界の地図』だ」
「──って、え? 『世界の地図』? カーペットじゃなくって? 世界の……地図……?」
私は、お気に入りのカーペットが『世界の地図』って言われてボーッとなった。
──私は、このプルート山脈に囲まれたウミルの村を出たことがない。
村には、子どもだっているけど、私とジャンゴよりみんな年下で、ジャンゴだけ毛むくじゃら。
大人の人たちも、ツルッツル。あ、パトト爺ちゃんだけ、小っちゃいんだけど……なんでかな?
みんな、何も言わないんだけど……。
そうだ。それにしても、ジャンゴもパトト爺ちゃんも「堅いこと言うな」……って。
私のお気に入りなんだから、カーペットでも何でも、私のお気に入りには変わりないじゃない。
でも、『世界の地図』って? だったら、余計に大事にしないといけないじゃない!!
酔っぱらうと、みんな、こうなるの?
ジャンゴも、酔っぱらってたのかな……?
うぅん。いつものジャンゴよりも、どう言うわけか、もっと元気で……ちょっとだけ変だったけど。
「ワッハッハ!! リリルちゃんには、言い忘れとったか!! これは、旅人からもらった『世界の地図』でのー!! うぃ……。ひっく! ん? 何じゃ? このシミ……」
(……あ!! シミ!!)
『世界の地図』の上に出来たジャンゴのシミに、パトト爺ちゃんが気づいた!!
「んー。ひっく! うぃ……。リリルちゃん? これは、世にも珍しい大予言者──『ホーリーホックの地図』とも言われておってなー? この地図に浮かび上がる模様には、不思議なことが起こるんじゃ……」
「な、なんで、パトト爺ちゃんは、そんなことまで知ってるの!?」
「ワハハ!! そりゃあ、この地図をワシにくれたのが、大予言者ホーリーホック本人だからじゃ!!」
「えーっ!!?」
もっと、早く教えてほしかった。
それに、そんな大事ものなら、カーペットになんてしないのに!!
『世界の地図』の上に、井戸のお水とか食べものを落として、シミが出来ちゃったら、大変じゃない!!
って言うか、大予言者ホーリーホックって、いったい何才なの? まだ、生きてるの?
大昔のお話じゃないの?
「パトト爺ちゃん……。どうしよう? シミが出来てるよ? 洗ったりなんかしたら、もっと大変なことが起こるんじゃないの?」
「よくぞ、気づいた!! 洗わなくて良かったな? リリルちゃん!! 洗ったりしたら、世界の終わりじゃ!!」
「えーっ!!!?」
「ワッハッハ!! 洗われて世界が消えるのも世界の運命! 洗わずに世界が守られたのも世界の運命!! 世界も運命も、そんなもんじゃ!!」
パトト爺ちゃんは、思いっきりワッハッハ!!って、笑ってから「消えぬ染料で描かれとるから世界は大丈夫じゃ」とか、「もしも世界地図が破れたら? 破れん、破れん! そんなもん!! 大丈夫じゃ!!」とか言って、ゴロン──と、床に寝転がった……。
(──って、え? ……あっ!!)
「あ……」
「あ……?」
私のベッドの下に隠れてた毛むくじゃらジャンゴと──
──床にゴロンと、寝転がったパトト爺ちゃんの目が合った……。
「こんのっ!! ケダモノがーっ!! ワシの可愛いリリルちゃんのお部屋で何しとるんじゃーっ!!?」
「わひーっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! 何もしてないよー!!」
パトト爺ちゃんは、私のベッドをひっくり返して、素早く窓から逃げようとした毛むくじゃらジャンゴを、一瞬でつかまえて、ジャンゴの両方の足首を片手でクイッてつかんで、そのままお料理にする魔物をさばく時みたいにジャンゴを逆さまの宙吊りにした。
「お前……。13才になったんだってな? 可愛いワシのリリルちゃんは、まだ12才!! 明日のお誕生日で13才じゃっ!! こんな夜遅くに……お前。毛むくじゃらの毛を全部そり落として、ツルッツルにしたあと、お前を皮ごと全部はいでやろうかっ!?」
「ぐひーっ!! や、やめろパトトのジ……い、いや、や、やめろー!! やめてくれっ!! 助けて!! リリル!!」
「ちょ、ちょっと!! パトト爺ちゃん!! やめてっ!!」
「ふんっ!!」
そう言うと──パトト爺ちゃんは、私の二階のお部屋の窓の外へと、毛むくじゃらジャンゴを、ポイッと、投げた。
「ちょ、ちょと!! パトト爺ちゃん!!」
「ふんっ! あいつは、あんなもんじゃ死なん!! 酔いが醒めてしもーたわ……。飲み直しじゃ!! リリル!! もう、寝ろっ!!」
「ひ、ひえぇ……」
そうか……。パトト爺ちゃん。酔っぱらってても、毛むくじゃらジャンゴは、例外だったんだ……。
それから、パトト爺ちゃんは、また──ノシ、ノシ……ズシン、ズシン……──と、重たそうに暖炉のある一階のお部屋へと降りて行った。
けど──
「村の外れの洞窟か……。私も、行ってみたかったな……。ジャンゴと一緒に」
私は、パトト爺ちゃんが、めちゃくちゃにしたお部屋を片付けながら、そんなことを想う。
(お気に入りのカーペット……じゃなかった。『世界の地図』……も無事ね。良かった──)
『世界の地図』には不思議な力があるから、パトト爺ちゃんが暴れた時に、シミが出来たりとか破けたりだとか、しなくて良かったって思う。
(案外、丈夫なのかもね……? 『世界の地図』って……)
夜中だけど、そんな風に想いながらお掃除してたら、だいたい片付いて来た。
それにしても──
村の外れの洞窟は、『風の洞窟』とも言われていて、大昔にこのプルート山脈に大予言者ホーリーホックの言う、お話の中のお星様が落っこちてきて、大きな湖が出来たみたいなんだ。
今は、湖の水も干上がっちゃってるけど、それから何年も経って、私の住むこの場所に人が集まって来て、今のウミルの村が出来たってわけらしい。
それも、パトト爺ちゃんが言うにはだけど、長い時間をかけて湖の水が地面の下に全部流れ落ちて、たくさんの水が通る道が、地面のずーっと下に川みたいにして出来たとか?
そうやって出来た洞窟が、今の『風の洞窟』みたいなんだ。
だから、そんな大昔のお話なのに、大予言者ホーリーホックは、何才なのか? って、思う。
だって、『風の洞窟』が出来る前のお話でしょ? お星様が落ちたのって。
それを、予言したって言うホーリーホックのお話なんだから……。
(うーん。頭が、おかしくなっちゃう。それに、パトト爺ちゃん、大予言者ホーリーホック本人に会ったって言ってたけど、どう言うことなんだろ?)
謎々は、深まるばかり──
そうそう。
『風の洞窟』は、昼間は大人たちの目もあって、危ないからって、特別な日にしか行けない。
それも、子どもから大人になるための『13才のお誕生日』しか行けない決まりになってて……。
それよりも早く洞窟に入った子は、風にさらわれるとか、水におぼれるとか、洞窟に閉じこめられるとか、変なウワサばかり。
でも、本当かな? 確かめたい。
たぶん、子どもが入ると危ないからってことで、大人たちの作った作り話なんじゃないのかなって思うんだけど……。
そう言えば、毛むくじゃらジャンゴも、行ったーとかって、言ってたっけ?
ジャンゴは、一人だから、大人の人たちと行ったのかな?
まあ、私だって、明日になれば行けるんだけど……。
楽しみだけど、夜の『風の洞窟』は、ひと味違うらしい。
これも、パトト爺ちゃんが言ってた。
夜の『風の洞窟』は、昼間よりも危ないらしくって、行けないんだけど──
ホーリーホックのお話の中のお星様が、『風の洞窟』の中にあるたくさんのお水に溶けてて──お水の通り道になってる洞窟の壁が、ツヤツヤと川みたいなお水の光に反射して、ものすごくキレイなんだ──って……。
酔っぱらったパトト爺ちゃんが、言ってた。
だから、ジャンゴは、私に一緒にそれを見に行こうって、言いに来たのかな?
そう想うと──
眠たくはなかったけど、だんだん眠くなって来た。
お部屋も片付いたし。
パトト爺ちゃんも、もう一回、お酒飲んで……酔っぱらって、もう寝ちゃったのかな? お家の中も、なんか、静かだし……。
(ふぅっ……。もう、寝ようっかな?)
私が、パジャマに着替えてウトウトし始めた時──
(コンコン……──)
また、窓から音がして、宙吊りになった毛むくじゃらの真っ黒な顔が、白い目玉をギョロギョロとさせていた。
「へっへー。ジジイは、もう、寝たぜ?」
「ジャ、ジャンゴっ!? き、着替え、み、見てたのっ!!?」
「いやいやいや!! さ、さっき来たばっかりだって!?」
「……本当かな──?」
さっき、パトト爺ちゃんに怒られたばかりなのに、こりずにやって来たジャンゴを、ジーッと、私は、見つめ返した。
「う、嘘じゃねぇよっ!? リリルの着替えなんか、見るもんか……」
「着替え? なんか?」
「あー!! もう!! 大丈夫だから!! 俺を信じろって!!」
そうやって、私は──
二階のお部屋の窓からジャンゴと一緒にスルスルとパトト爺ちゃんの木のお家を滑るようにして地面に降りた。
途中、ジャンゴが変なとこ触ったから、降りると見せかけてジャンゴの足を踏んづけておいた。
ジャンゴと一緒に、一階の暖炉のお部屋をこっそり窓からのぞいたけど、パトト爺ちゃんは、よく眠っているようだった……。